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行商人一行と共に


 下を向いて苦しそうなエミリオのそばに、盗賊から救われた者たちがみな、興奮しながら駆け寄ってきた。


「素晴らしい!」

「すごいな。」

「君は何者。」


 浴びせられる称賛の声に何と答えたらいいのか分からず、声を出すのも辛くて、エミリオはただゆがんだ顔を上げただけだった。


 口を閉じた一行は、一様いちように心配そうな表情になる。


「お前さん、何日もろくに食事をしていないな。さあ、こっちへ。お礼をさせてくれ。」

 主人は手を差し伸べ、エミリオを優しく引っ張り起こした。


 そのままエミリオはほろ馬車の荷台へと誘われた。


 中へ入ると、整然と並ぶいくつもの木箱などに囲まれた。ほとんどが宝飾品で、それらを制作する小売業者へおろす貴金属も扱っているという。それに、岩塩や香辛料。


 主人は、彼を空いている場所に座るよう促すと、脱水症を心配して、まずは丁寧に水を飲ませた。そのあいだに、年上らしい方の若者が食べ物を運んできた。


 パンや干し肉といった携行食の盛り合わせが、弱って力無い青年の手元に置かれた。先ほどの俊敏しゅんびんに戦っていた姿が嘘のようだ。


「ゆっくり食べるといい。少しずつらしながら。さあ、食べなさい。」


 素直にほどこしを受けることにしたエミリオは、ぎこちないながらもパンに手を伸ばした。


「いつもなら比較的安全な大街道をまっすぐ進むんだが、たまたま寄るところができてね。ちょっと本線を外れたら、この様だ。ほんとに助かったよ。」


 主人は彼のそばにいて、明るい声でニコニコと喋りだした。


「それにしても、よくこんな体で・・・。」


 急に深刻な声になった主人のその目は、エミリオのせた顔、それに筋肉が落ちた腕や首まわりを見つめている。


「どこへ行く?」


 エミリオは食べる手を止め、静かに腕を下ろした。

「決めていません・・・とりあえず、南の方へ・・・遠くへ。」


 その妙な返事に、主人はやや困惑した。屈強であることは分かったが、その恰好からは、さすらいの傭兵ようへいというようでもないし、それどころか放ってもおけない雰囲気があった。


「それなら、良ければ一緒に来てくれないか。君を用心棒として雇いたい。」


 用心棒・・・用心棒とは護衛のこと。自分にもそういう存在がいた。近衛兵このえへいという・・・。


 以前は守られる立場だったエミリオは、何だか妙な気持ちになった。だが必要とされていると思うと、正直、少し嬉しかった。そして、そんな気持ちになれたことに驚いた。とにかく、しばらくは生きる意味を感じていられる。


 エミリオは、おどおどと一つうなずいた。


「そうか、ありがたい。」


 主人は旅仲間たちと顔を見合って、嬉しそうに言った。


「じゃあ、横になって休みなさい。まずはその体を治してもらわないと。」


 クッションを手に取った主人は、若い一人に毛布を持ってきてくれるよう頼んだ。


「体力をつければ、君はきっと、もっと強くなれるんだろう。ところで、君はどこで何を ―― 」


「父さん・・・。」と声をかけた色白の青年は、唇に指を当ててみせる。それから持ってきた毛布を広げて、エミリオにかけた。「彼がゆっくり休めない。」


 主人は肩をすくめた。


「そうだ、名前だけきいておこう。俺はマルコ。そして長男のハンスと、次男のニールだ。君は?」


「あ・・・私・・・。」


 エミリオは戸惑いながら少し考えた。偽名ぎめいを使うべきだろうか。だが、すぐには思いつかない。それに、下手に何も言わない方がいいのでは・・・という気もした。


「どうした?」


「いえ・・・その・・・。」


 なんだか気まずい空気で、その場はしばらくシンとなった。


 主人は少し顔を引いて、その美貌びぼうの剣士の頭から足先までいぶかしげに眺める。旅人のようだが外套がいとうも着ず、いやに薄着で、大剣以外の用意がない。これはおかしい。記憶喪失か? そうとも取れるなりをしているし・・・。


「・・・すみません。」

 この一言で済ませたいと思い、エミリオはとりあえず謝った。


 話しはできるし、戦い方も知っている。軽度の健忘けんぼうだろうか・・・。どちらにしろ、事情や境遇といったものは何も答えることができないらしい・・・と、主人は察した。


「ああ、いい。問題ない。じゃあ、何かあだ名で呼ぶとしよう。」


 主人は、この謎めいた青年のことを何と呼ぶかについて、一緒にいるほかの者たちと相談をした。


 その様子をはたから見ながら、エミリオは内心落ち着かないながらも黙って待った。


 間もなく呼び名が決まった。それは一番若いニールがつけてくれた。


「サムエル。」と、主人は笑顔でそれを伝えてきた。「どうだ、ぴったりだろう。背が高くてハンサムで・・・ええっと、戦えたかどうかまでは知らんが、とにかく響きが君の容姿によく似合っていると思わんか。」


 周りにいるほかの者たちも、納得したようにうなずいていた。あだ名というより、もはや普通に個人名のそれに。


 一方、そう命名されたエミリオは面食らった顔をした。その人のことは、とある書物を読んで知っている。


 つまり、サムエルというのは、神話の中の有名人だ。もっと説明すれば、昔、神と人間が共存していたこの大陸に生き、彼は霊能力者で予言もできた。そして指導者となり、その的中率の高さから神の子とまで言われた人物だが、実在したかどうかは曖昧あいまいだ。








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