異様な美青年
モミの木がまばらになり、やがて平原に出て下道を進んでいると、エミリオは複数の人を見かけた。そして幌馬車が一台停まっている。だが、何かおかしかった。いくらか迷ったが気になり、近づいてみれば事態ははっきりした。
刃物を持った男たちと、それで脅されている者たち。幌馬車は弱者のものだろう。それを背にして立たされているように見えた。さらに、その馬車から二人の男が出てきた。
その二人は、真っ直ぐにやってくる若者の姿に気づいたが、気に留めなかった。近くまで来るとは思わなかったからだ。だが、その若者は道を外れることなくそばに来ると、なんと声をかけてきた。
「すまないが・・・。」
そこにいる全員が、呆気にとられたように注目した。
恐れもせずに声をかけてきたのは、ひどくやつれた青年だった。長身で、本来は体格もいいようだが、何日も食べ物を口にしていないような弱々しい有様の、二十代半ばと思しき場違いな若者。
一方そのエミリオは、思わず声をかけたものの、このような集団を相手に、どう会話をすればいいのか分からなかった。それで、思いつくままこう言葉を続けた。
「すまないが、条件付きで、私との勝負に応じてもらいたい。」
脅している方の男たちはいよいよ調子を狂わされ、驚いた顔を見合った。
ただ、その青年は立派な大剣を持っているし、頬がこけて薄汚れていても分かる、ずいぶん綺麗な顔をしている。どちらも金になる。
「どういう意味だ?」と、一人がきいた。
図体のいいその男は、戦闘用のまさかりを握っていた。ほかにもいる人相の悪い仲間の中でも偉そうな態度は、一味の頭だとすぐに分かった。
「私は、この事態を見過ごすことができない。ゆえに・・・彼らに手を出さずに・・・立ち去ってもらいたい。私と・・・勝負をして。」
顔色を変えることなく、エミリオは堂々と答えた。
実際、男の方は、だんだん喋るのも辛そうになってきたその青年に対して、見るからに弱っている相手だ、楽勝だと思った。
「で・・・俺たちが勝ったら?」と、あえて問う一味の頭。
衰弱しているせいで、ほとんど頭が回らない。エミリオは息を吸い込み、吐き出す勢いでひと言声を出した。
「好きに・・・。」
「よし。」
親分は、エミリオと変わらない高身長の一人に歩み寄る。
「傷つけずに、ねじ伏せろ。分かってるな。」
そう耳打ちされた子分は、ニヤっと笑ってうなずいた。
一方、被害者側の主人は心配で落ち着かない様子。助けられた気がしないどころか、このままでは、きっと被害は拡大する。なんてことだ・・・と。
「お、お前さん・・・気持ちはありがたいが・・・。」
のろのろと首を回したエミリオは、どんよりした目でそちらを見た。
短い髪も、鼻の下の細い髭もきっちり整えられた、裕福そうな初老の男性がおろおろしている。そばにはスマートで色白の青年と、その隣に、まだ十代に見えるが、その彼とよく似た少年。どちらも不安そうな、怯えた顔で立っている。そして、少し後ろに子太りの男性と、もう一人、いや二人・・・。
エミリオは無言のまま、その彼らに向かって制止する仕草をしてみせた。そこにいて・・・というように。それから、剣に巻いてある布をほどいていく。その時、宝石が隠れるように鍔の部分に絡めて、上手く結びなおした。
大剣は基本両手で持つため、柄が長く作られている。エミリオは、それをまさしく両手で握り、気を引き締めて構えた。こんな体でなければ片腕でも扱える愛用の剣が・・・重い。
少しふらついた。一歩横へ動いて、足を踏みしめ直した。
頻繁に眩暈がする・・・。エミリオは少し目を閉じ、辛そうなため息をもらした。
具合が悪そうなその様子は、連中をますます油断させた。
自分たちの武器の中から、相手は刃渡りの長い剣を手に取った。
そのあと、勝負はいい加減に始まった。相手は何か口にしたかと思うと、いきなり走り寄って来て剣を振りかざしたのである。
幸い、体に染みついた経験と鍛錬の成果で、自然と反応できた。例え、衰えた無意識の体でも、鍛えた反射神経が勝手に動かしてくれる。素早く襲撃を避けて背後へ。
かわされた相手の男は、この予想外の展開のせいで、一瞬、動きを止めた。すぐに気を取り直して、二度目の攻撃。それを、エミリオは簡単に跳ねのけた。三度、四度・・・無闇やたらな攻撃に出始めた対戦者の剣を、どれも当然のことのように決めさせない。
これには、周りにいるほかの全てが仰天した。
最初から疲れきったような生気の無い顔で、急に、恐ろしくキレのいい動きをする若者。信じられない・・・というより、異様だ。わけが分からない。
男はとうとう疲れきって、息があがっている分、病的に見えたその青年よりもヨレヨレのひどい状態に。ついには、恐れをなして腰を引き始める始末。
とにかく、その本領の強さを知った一味の親分は、いきなり自ら躍りかかった。ほとんど同時に、目配せされた二人がすぐに加わった。
ところが、三人がかりの襲撃もことごとくかわされ、剣をぶつけ合う音が上がったあと、気づけば、親分の胸に大剣の太い切っ先がつきつけられている。
「次は止めぬ。」
そのやつれた美青年は、すわった目をしてそう言った。
とうてい歯が立たない。条件付きも何も、どのみち、この男からは何も取れやしないと理解して、一味は突然逃げ出して行った。
その直後、エミリオはひどい眩暈を起こして、大きくよろめいた。あわてて地面に膝をつき、剣を支えにしてそれに寄りかかった。無理をして少し激しく動いたせいか。だが、そのあいだ体がもってくれたことには、ほっとした。




