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罪悪感と絶望にも


 山へ入れる細道を見つけた。とにかく遠くへ行かなければ・・・という考えが働いた。山脈を越えれば危険を遠ざけられる。


 しばらくは、息が詰まりそうなほどの苦しみだけを抱えて、ただ茫然ぼうぜんと歩き続けた。


 日が暮れて、道から少し外れたところに見つけた岩のくぼみに座りこんだ。ここで夜を明かそう。


 冬でなくても、夜は急に冷えてくる。しかも山の中。何の防寒着もない状態で、寒さに震えた。だが外的なつらいという感情は、自分の中からもはや消え失せてしまったようだった。


 また二人で話そう・・・と、彼は言った。そしたら、どんな話をしていただろう。正体に気づいていたことだろうか。もっとたくさんのことを、伝えたそうにも見えた。


 だが・・・彼は、もう・・・。


 真っ暗な雑木林ぞうきばやしの中で、何度も泣いた。今まで経験のない精神の狂いように、人気の無い場所で構わず嗚咽おえつをもらし、こわれそうになりながら泣いた。


 ふと見上げれば、偶然、木の葉越はごしに輝く一等星が見えた。

 思わぬことに、ほんの少し、奇妙な安らぎを得られた。


 ひどい罪悪感と絶望の中にいても、まだ死ねない・・・と、我に返った。


 それから落ち着いて、目を閉じた。疲労のおかげで、いつの間にか眠ることができた。


 朝日が射してきた頃、エミリオは目を覚ました。


 のろのろと首を回して、辺りを見た。葉が落ちて小枝がき出しになっている、細い木々に囲まれていた。とてもさびしい感じがするところだ・・・。


 昨日の出来事が思い出された。心苦しくて・・・胸が張り裂けそうになる・・・悲惨な・・・。


 目頭がまた熱くなり、目を閉じたエミリオは、ゆっくりと呼吸を整えて気持ちを立て直した。気が確かでいることに、努力をいなければならなかった。


 ここから出ないと・・・と、気合いで立ち上がったエミリオは、まず口にできそうなものを探した。木にっている何か果物を剣先で切り落として食べ、湧き水を見つけて飲んだ。ただ、食べたいという気持ちは全く湧いてこなかった。胃が受けつけない時もあった。それに、自然の恵みからは力をつけられそうにもなかった。だが、とりあえず命はつないだ。


 この何日かは、そうして生き延びた。


 体力が落ち、無気力でふらふらでも、とにかく前へ進んだ。思考力も衰えていたが、意図いとせずとも思い出されることに、時には涙を浮かべ、嗚咽おえつを漏らしながら歩いた。かなり心は病んでいた。


 そんな状態でも、むしろ、その度に奮い立たされた。あの二つの言葉に・・・。


 〝生き抜いてください・・・!〟

 〝主人の死を無駄にしないで!〟


 ずいぶん登ってきて、開けたがけの上に出た。眼下に平原を見渡せた。遠くに湖が見え、その周辺には町もあるだろう。だが、山麓さんろくの森を抜けると、少しれた、枯れ草のような黄色と萌黄もえぎ色の大地がほとんどを占めている。その中に、広い街道かいどうが一本通っている。国を抜けていく大街道だ。そこを行く馬車の動きも見てとれた。


 もうすぐ山脈を越えられる。


 人の往来おうらいが盛んな広い道は避け、国を出るまでは、できるだけ森の小道や山道を進もうと考えた。


 とうげを普通に越えられる道は、やがて大街道だいかいどうの近くの広い道に出る・・・と分かったところで、エミリオは、少し勾配こうばいのきつい斜面の細道を選んだ。


 ただでさえ克己心こっきしんがいるような場所を、万全ではない体で下りていくのは死ぬほど苦労した。実際、ちょっと何か起これば、すぐに死につながる道だ。剣帯が無いので片手が使えないのも問題だった。


 だが、今は恐怖心といったものは無かった。そもそも、頭も心もほとんど空虚な状態でいた。


 そしてふと、我に返る。それは栄養不足のせいもあるだろう。とにかくその繰り返しだった。なのに、ただ必要に応じて手足を出していただけで、ふと気づけば下山に成功していた。


 ふもとの道は切り開かれたものらしかった。モミの木に囲まれていて、木々の間から明るい光が射し、道を照らしている。それだけでも、心は少し救われた。


 山脈を越えたあと、いちおう目指す場所は決めていた。山麓さんろくを見下ろした時に、大きな沼が目についた。その近くに修道院らしきものが建っていたのだ。


 夫人の言葉を思い出したエミリオは、とりあえずそこで、教えられた通りに助けと助言を求めようと思った。無論、詳しい事情は話せないが。


 どう生きて旅をするかは、頭が少しでも働く時に考えた。常に前向きな気持ちでは出来そうになかった。








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