真夜中の侵入者
真夜中、まだ眠れずにいたエミリオは、近づいてくる人の気配にふと気づいた。たつ足音の感じから、夫婦のどちらでもないと分かった。それで様子をうかがっていると、間もなくそうっとドアが開いて、それは姿を現した。
まだ幼い、愛らしい二人の少女。夫婦の子供たちだ。
これまで元気な可愛い声が聞こえていたので、この家に子供がいるのは知っていたが、母親にでも言い聞かせられていたのか、部屋に入ってくることがなかった。
なのになぜ、こんな夜中に・・・そう不思議に思いながら、とりあえず、エミリオは寝ているふりをしていた。
すると、一人が枕元にやってきた。感覚的に分かった。顔をのぞきこまれ、遠慮がちな手つきで掛け布団を握っている。かと思うと、パッと放れた。
エミリオは薄目を開けて、様子を見た。ヘッドボードの横で、小さな人影が動いている。そして、こそこそと喋る声が聞こえた。
「触っちゃ、ダメ。」
そこにあるのは・・・剣だ。壁に立て掛けている大剣。鍔から剣先にかけて、主人が布で保護してくれていたが、もう一人がそれに興味を持ってしまったらしい。
触られると危ないと思い、エミリオは体を起こした。
少女たちは一緒に飛び上がって、少し後ずさりした。驚きと、やや怯えたような顔が、カーテンを引いていない窓から射し込む月明かりで分かった。
「私、ナディア。」
肩の上で切りそろえた茶色の髪の少女が、いくらか気後れしたような声で言った。
「パティ。」
もう一人の、この波打つ赤毛の ―― 暗くて本当の色は違うかもしれないが ―― 少女は妹だ。
エミリオがそれに微笑み返すと、少女たちの緊張した顔がほぐれ、ナディアが妹にほっとした笑みを向けてから、また口を開いた。
「あのね、パパとママが、一つの毛布を半分こして寝てたの。それでね、私たちのをあげちゃったの。だから・・・お兄ちゃんのベッドで一緒に寝てもいい?」
この幼い少女たちは、何も知らない。その原因が、目の前にいるこの男のせいであることを。そればかりでなく、両親が生活のうえでも今そうとう無理をしていることを。
「すまない・・・本当に。」
その囁き声は涙でくぐもっていた。
「どうしたの、お兄ちゃん。どこか痛いの?」
ナディアが気使わしげな声を出した。
「いや、何でも・・・。」
軽く首を振ってみせたエミリオは、ベッドから身を乗り出した。
「さあ・・・。」
そう促されると、ナディアは自力でベッドによじ登ることができたが、背の低いパティは、エミリオが左腕を回して脇を抱え上げてやった。
パティが足を乗り越えて反対側へ行ったので、エミリオが真ん中になった。子供たちの寝床は小さな二段ベッドで、たまに甘えて父親のベッドで眠る時の寝方だと言う。だがエミリオはその主人よりも体格があり、仰向けになるとキツい。それで、エミリオはより幼いパティの方へ体を向けた。
そのパティは、横になってすぐに寝息を漏らし始めた。だがナディアの方は、なかなか寝付けないでいる様子。背すじに、時々もぞもぞと動く感触がする。
慣れない他人が隣にいるのでは落ち着けないのだろうな・・・そう思い、エミリオは二人だけにしてやろうと、体を起こそうとした。その時、ナディアがまた動いて、背中に、額や頬をぴったりと付けてきたのである。
驚いて起き上がるのを止めたエミリオは、ナディアの方へゆっくりと体を動かした。
するとナディアが、びくっと体を引き攣らせた。どうやらこちらが眠っていたものと思いこんでいたらしいと、エミリオは気付いた。
「あ・・・パパと同じだったから。」
ナディアは気恥ずかしそうに顔を上げて言った。
「とてもあったかくて、同じだったの。」
「そうか・・・夜は冷えるから。」
「ううん、違うの。体じゃなくてね、心があったかくなるの。お兄ちゃんの毛布の中も。」
そう言うと落ち着けたナディアは、今度は堂々と体をすり寄せてくる。いつもと同じようにしたいのを、ためらっていたのだと分かった。本当は父親と眠りたいだろうに・・・。
申し訳なさで衝動的に髪を撫でてやりながら、エミリオは、このような幼い子供までも巻き込んでしまった自分を呪い、ますます自責の念にかられた。
少しして、まだ眠れない様子のナディアがまた顔を上げたが、今度は食い入るような瞳をじっと向けたままで、黙っている。
ナディアは、先ほど対面した時のことを思い出していた。体を起こした姿勢で胸の前に垂れ下がっていた、エミリオの琥珀色の長髪を。
「何か?」
エミリオは、月明かりの中で微笑を浮かべた。
「お兄ちゃんの長い髪、綺麗。羨ましいな。」
ナディアはそう言って、自分の髪を指先でいじりながら小さなため息をついた。
その言葉に、エミリオは閃くものを感じた。




