神の筋書き
夫婦の寝室からは、ベッドが無くなっていた。居間のソファーと入れ替えたのである。つまり居間にはベッドが置かれていて、そこには傷の処置を終えた青年が眠っている。
青年のそばにしばらくついていた夫人が、ききたいことがあって、寝室にいる夫のもとへやってきた。
ウィルは眉をひそめた険しい顔で、ソファーにもたれていた。その面上には疲労も濃く表れていた。仕事の疲れ以上に、帰路についてからも心身ともに応える夜だった。気持ちはまだ安心できないせいで、ずっと休まらないでいるが。
ウィルは深いため息をついて顔をあげ、妻を見た。
「彼の様子は・・・。」と、ウィルはきいた。
「時々うなされて・・・でも、意識はまだ。」
夫人は答えながら歩いてきて、同じソファーに座った。
「あなた・・・彼・・・。」
「エミリオ皇子・・・。」と、ウィルはやっと声に出して言った。「大人におなりになってからは、お見かけしたことはなかったが、先代皇后と町においでになっていた頃のお姿は知っている。なにより、フェルミス皇后陛下によく似ていらっしゃる。」
夫婦はしばらく沈黙した。
ウィルが再び口を開いた。
「町で、不穏な噂を何度か聞いたことがある。先代皇后が亡くなって、シャロン皇妃が迎えられた時。そして、エミリオ様が戦場で戦うようになると、ますます心配された。帝位継承の順位が変わってしまうのではないかと。皇太子はエミリオ様ではなくなってしまうのではないかと。」
「でも・・・こんな酷いこと・・・。」
夫人は声を震わせた。理解できなかった。そうだとしても、あのような素晴らしい人が、なぜ抹殺までされなければならないのか。いくつも功績を残した帝国の英雄ではないか。
「ああ、これは大変なことだ。エミリオ様が暗殺されかけたなど・・・。」
世間に知れ渡ったら・・・と、ウィルも考えた。誰も納得などしないだろう。それどころか許し難く、自身も実際に今、憤りさえ覚えている。そうなれば、間違いなく帝国は揺れる。
だが、皇帝一族 ―― あるいは首謀者 ―― は、計画的に第一皇子の暗殺を実行したはず。そして、それは上手くいった・・・と思っているに違いない。
「俺たち下民には理解し難い、想像を絶する闇が皇帝一族にはあるのだろう。」
ウィルは、妻にそう言い聞かせながら、関わってしまった自分はどうすべきか、さらに考えた。
一つだけは、はっきりしていた。エミリオ皇子を生かすこと。
相手が死んだと思いこんでいて、そうはならなかったこの状況は、神の筋書きのようにも思えた。ならばそれに従い、このまま、この事実を隠して王子を逃がす。将来この帝国が、本来の高潔な君主を失うとしても。
「とにかく、何としても皇子を死なせてはならない。それに、俺たちは正体に気づいていないふりをしよう。エミリオ様はきっと、知られたくないだろうから。」




