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戦いを止めたもの



 壮絶な戦いを続けるエミリオとギルベルトのそばには、もはや生きた人間はいなくなっていた。そこでは、めまぐるしい剣の応酬おうしゅうが続いていた。大剣を軽々と片腕で操る、華麗なまでの剣捌けんさばき。ほぼ完璧な身ごなしの中に、ほんのわずかに生じるすきをつく、卓越たくえつした鋭い感覚。その抜群の戦闘能力を誰もが肌で感じ取り、それには戦慄せんりつを覚えるほど。ほかの者たちには、とうてい手出しも太刀打たちうちもできない戦いが繰り広げられているのである。


 なんという強さ! 


 互いに、その言葉をのどに押しとどめていた。力、技、戦闘における見極め、どれにおいてもまさに互角・・・! 特にギルベルトの方では、自身の戦闘能力についてはかなりの自信を持っていた。そう誇れるだけの努力と鍛錬たんれんを、何年もおこたることなく積み重ねてきたのだから。


 なぜだ!


 ギルベルトは揺るぎなく対戦相手の剣を受け止め、胸の内で怒鳴った。


 なぜ、それほどまでに戦うことができる!


 なおも戦いの手を休めない敵の皇子の剣を跳ね返して、攻撃のチャンスを得たギルベルトは、相手の肩口をめがけ、胸中で怒りをほとばしらせながら力強く武器を振り下ろした。


 貴様が相手にしているのは、己の母が愛した国だぞ!


 エミリオは辛うじてそれをかわし、逆に攻撃の白刃はくじんひらめかせた。


 エミリオの目に浮かぶのは、母と共に見てきた貧民街にいる貧しい人々の姿。母を見てさめざめと嬉し涙を流す、そんな彼らの顔だった。


 母上・・・お許しください、私は・・・。


 エミリオは悲痛な声を胸の内で漏らしながらも、精一杯苦悩に耐え、躊躇ためらうことなく力の限り戦っていた。


 カシッ、カキーン、ガッ、ガキッ!


 何度も剣をぶつけ合ううち、ギルベルトはその剣先から伝わってくるものに、はたと気付いた。


 残忍で、凶暴な剣ではない・・・。それを振るう度に、相手を倒さんとする低いうなり声を上げてはいるが、その心の中では、敵とではなく自分自身と闘っているような・・・ともすれば、しかと受け止めきれなくなるほどの威力を持ちながら、何とも悲しい剣に思えた。   


 すると、その仮面のように崩さない厳しい表情に、ふと寂しさが滲んでいるようにも見えてくる・・・。


 だが、余計なことを考えている場合ではない。この男は、間違いなく本物。気の緩みがたちまち命取りとなる。これは戦争なのだ。


 この男を、倒すことだけを考える!


 ガキッ!


 二つの大剣が鈍い音をたてて絡み合い、共に素早く手を引いた刹那せつな、同時に剣を走らせた。


 シュッ!


「うっ・・・!」

「くっ・・・!」 


 互いの剣の切っ先が、相手の腕の装甲の間をかすめていた。


 二人は思わず愛馬を下がらせ、そして、血の滲む自身の腕のかすり傷に目をくれた。


 どちらも肩で息をし、荒い呼吸をつきながら相手を見つめた。兜が重く感じられるようになり、動きが鈍るような気にさえさせた。


 ギルベルトは兜に手をかけ、邪魔だと言わんばかりに頭から取り外した。


 それを見たエミリオも、静かに兜を取った。


 髪を風になびかせて素顔を露にした二人は、どちらも隙を見せることなく、それを邪魔にならない場所まで放り投げた。


 互いにもう幾つもの戦場を踏みながら、これほど死を間近に感じたことなどかつて無かった。いよいよ覚悟を決めねばならぬか・・・共にそう思った。だが、決してあきらめはしない。体力の限界による敗北だけは・・・!


 エミリオは剣を構え直しながら、愛馬の馬首を優しくでた。

「フレイザー、次で決めよう。」


「決着をつけるぞ、リアフォース。」

 ギルベルトはそう愛馬に囁きかけると、剣を構えて猛進をはかり、エミリオ皇子の目の前で力強く振りかぶった・・・!


 ところがどうしたのか、ギルベルトはそれを振り下ろすことなく、そのままるように腕を後ろへ引いたのである。防御ぼうぎょの構えを完璧にとった相手の剣が一瞬 強張こわばり、その表情に、初めて妙な躊躇ためらいがよぎるのを見て取ったからだ。


 エミリオは、凄まじい覇気はきみなぎらせて向かい来るギルベルト皇子を見て、戸惑いもせずに的確な防御の構えをとった。


 その時 ―― !


〝殺シ合ッテハナラヌ・・・。〟


 どこからともなく、声が ―― 。


「なっ・・・。」

 エミリオの面上に、妙な躊躇ためらいがよぎった。


〝我ラノ血ヲ受ケ継イダ者タチヨ・・・。〟


 次の瞬間、エミリオは説明のつかない胸騒むなさわぎに襲われた。そして、無意識のうちに叫んでいたのである。


「下がられよ!」

「なに・・・⁉」


 思わず馬を回したギルベルトは、そのまま素早くリアフォースを後退させた。


 その数秒後のこと。


 突如として不気味な地鳴りが轟いたかと思うと、なんと二人が離れたその場に、地面を切り裂く一本の亀裂きれつが ―― !


 ピシッ・・・ピシッ、ピシピシッ・・・‼

 バキッ、バキバキバキッ・・・‼


「逃げろ!」

「早く下がれ!」


 敵、味方関係なく、あちこちで避難をうながす声が飛び交っていた。


 地震だ・・・!


 ただの地震ではない。ここはだだっ広い広漠こうばくたる原野だというのに、逃げろ、下がれ、と叫んでいる者が多くいるのは、そこに大きな地割れができようとしているからである。


 その間にも、身もすくみ上がる轟音ごうおんと共に、大地が真っ二つに分かれ離れていく。


 ゴゴゴゴッ・・・‼


 馬がおののいたいななきを上げ、歩兵たちは立っていられず、剣を投げ出して地面にいつくばった。激しく揺れながら、グワッ! と口を開けた大地が、おびただしい数の死体を飲み込んでいく。


 ゴッ・・・


 しばらくして・・・揺れは治まった。


 だがそこに、ちょうど国境に沿って数メートルもの距離をへだてる、巨大で深い地割れが出来ていた。


 こんなことが起こりうるのか、神の仕業しわざではなかろうかという驚愕きょうがくのざわめきが起こり、奇異な形で戦いは中断された。誰もが全く信じられないという顔を、また敵も味方も関係なく見交わしている。


 そんな中、エミリオとギルベルトは、はや冷静を取り戻していた。


 二人は、見渡す限り断崖だんがいと化したそのきわまで馬を進め、この場に突然できた高く切り立つ峡谷きょうこくを挟んで、向かい合った。


 この時は共に、一戦士としてではなく、帝国の皇子としてそこに立っていた。


 先に口を開いたのは、エミリオだった。

「休戦を講じるよう提言いたして参る。双方の兵力も、この戦いでいちじるしくおとろえた。これ以上争えば、虎視眈々《こしたんたん》と侵略を目論もくろむ他国への脅威きょういが薄れよう。」


 ギルベルトはうなずき、すぐに答えた。

「そなたの申すことはもっともだ。では、そのように将軍に伝えるとしよう。最終的な決定は、彼に任せる。双方の最高司令官による話し合いを、隔てられたこの場で願いたい。」


「では、総大将を呼んで参る。」


「待たれよ。」

 馬を回そうとしたエミリオ皇子を、ギルベルトは呼び止めて付け加えた。

「こちら側に残されたエルファラムの兵士は、捕虜ほりょとして一時アルバドルへ連行することになろうが、いずれ必ず無事に帰国させる。我らの軍の兵士たちについても、そうされるよう伝えていただきたい。」


「承知いたした。誓ってアルバドルの兵士には危害を加えぬ。」


 二人は同時に、互いの最高司令官のもとへと馬を向けた。


 だがギルベルトは、ふと手綱たづなを引いてリアフォースを立ち止まらせると、肩越しに振り返った。


 ギルベルトは、見えなくなるまでエミリオ皇子の背中に目を向けていた・・・。







      .・.✽.・ E N D ・.✽.・.









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