対決、エミリオとギル
長く頂点に君臨してきた完全無欠のエルファラム帝国軍と 長く屈辱に耐え、どこよりも厳しい訓練に励んでようやく結果を出せる時代を迎えたアルバドル帝国軍。大陸北東部で二大大国と言われるこの両軍が、臆することなく猛然と突き進み、相手の気迫を呑みこまんとする大音声で鬨の声を上げながらぶつかり合った。
両軍が入り乱れもつれ合い、火花を散らす剣戟の音と猛々《たけだけ》しい雄叫びが交錯した。馬の蹄鉄が小石を跳ね飛ばして土を抉り、兵士たちの防具や武器が騒々《そうぞう》しい音をたてる。
あとは己の運と能力がものをいう。勝利をつかむその時まで、生きるか死ぬかの戦いを繰り広げるのみ・・・!
正々堂々たる真っ向勝負は、もはや戦略も秩序もない、血生臭いだけの戦いに移行した。どちらの勢力が勝り、形勢が不利や有利になったかも分からないままに、きりもない戦いが延々と続いた。だが勇ましい雄叫びの中に、けたたましい悲鳴もまたそこらじゅうから沸き起こっている。ヘルクトロイは、殺された兵士たちの死体で徐々に埋め尽くされていくさらに悲惨な荒れ地へと、またその姿を変えていく。
この熾烈な戦いの最中、部下たちに激励を飛ばしながら戦うダニルスの目が、馬の背で豪快に剣を振るうギルベルト皇子の姿を不意にとらえた。
ダニルスは、たちまち馬をそちらへ向けると、鮮やかに敵を斬り捨てながら、まっしぐらにそこを目指した。ダニルスはその瞬間、ある使命感にとらわれたのである。
エミリオ皇子と戦わせてはならない! その前に、何としてもこの手で・・・!
ギルベルトは、背後から迫り来る恐ろしいまでの殺気を感じ取った。あわてて馬首の向きを変えたが、受ける体勢を整えようとしたその時、横合いから、いきなり前に割り込んできた者がいた。
素早く下がると、ギルベルトはその一瞬に起こったことを見た。
まさに襲いかからんとしたダニルスの思いつめた剣を、すんでのところでアラミスが受け止めていたのである。
「この者と戦ってはなりません!この者の相手は私が!」
ギルベルトは、何かに憑かれているかのような敵の形相に目をやり、その男の格とアラミスのとった行動を理解したが、アラミスのその言葉に返事をする間もなく、ギルベルトもまた別の敵を相手にしなければならなかった。
「そこを退け!まさに戦ってはならぬのは、私ではない!」
一撃を阻止されたダニルスは、敵の大将の剣を受け返して怒鳴った。
二人は互いに剣を跳ね除け、何度も近付いては打ち合った。
共に国が誇る凄腕の一流戦士で、強靭な肉体と互角の腕を持ち、同じ威力をぶつけ合う二人だったが、ある時、天はアラミスに味方をした。
ダニルスがあぶみを踏み外し、体勢を崩したのである。
今だとばかりに振りかざしたアラミスの剣が、唸りを上げた!
ガキンッ!
だが、アラミスの一撃は、決まらなかった。
目の前に、琥珀色の長髪を一つに束ねた美貌の男がいたのである。
疾風のごとく現れてダニルスの窮地を救ったエミリオは、すぐに剣を引き、逆にいち早く横殴りの攻撃を仕掛けた。
アラミスも、見事な反射神経でかわしながら馬を下がらせたが、そのあとの目をみはる雷光のような動きについていくことはできなかった。
ガシッ!
ところが、立て続けに振り下ろしたエミリオのその攻撃もまた、決まることはなかった。
突如、それを阻んだ大剣。その武器をがちりと交差させているのは・・・ギルベルト皇子。
ここでついに、二人の英雄は、己の命と母国の平和を賭けた対決の時を迎えた。
「貴様が分からない・・・。」
相手の目を睨みつけて、ギルベルトは唸るように口にした。
「ギルベルト皇子・・・。」
エミリオは胸の苦しみを振り払い、いきなり、渾身の力で相手の剣を押し返した。
その豪腕に、さすがのギルベルトも驚倒した。腕っ節の強い屈強の男たちを力比べで何人も負かし、腕の筋肉も満足に鍛え上げた。なのに、その美しい繊細な顔立ちからは想像もつかない、思わず体勢を崩しそうになったその腕力はどういうわけか。一体、この男は、何ゆえそれほどまで自身を鍛えてきたのか・・・。
そして、対峙した二人の脳裏に、互いの関係が改めて一瞬よぎった。
同じ血が流れている・・・。
「これが運命なら・・・!」
声にせずそう叫んだ二人は、同時に剣を振りかざした。
ガキンッ、カシッ、カキーンッ!
幾度となく馬を回し、互いに一歩も引かず猛然と立ち向かう。
アラミスとダニルスには、もはや手出しは出来なくなった。そして、この彼らの戦いがまた起こることもなかった。両者共に、その皇子同士の戦いに再度割り込もうとしたものの、白刃を交えて睨み合う二人には、近付くことさえできなかった。そこには、神々《こうごう》しくもそら恐ろしい気迫が張り巡らされ、それが、ほかを寄せ付けない一種のバリアとなっているからだ。
そのあと、アラミスとダニルスのもとには、それぞれの敵が次々と押し寄せてきた。
その猛襲に応戦する二人の姿は、皇子たちのそばから、みるみる離れざるを得なくなってしまった。




