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二人目の恩人 ― 盗賊の頭ライデル


「何だ、そりゃあ。」

 ライデルは、低い声でうなるようにきいた。

「鞭か。」


「ああ。」と、ジェラールはうなずいた。


「その坊主ぼうずはいったいどんな犯罪者だ。たいした悪党らしいな。」


「この子は、サガという町の子供だ。その町があるネヴィルスラム王国は、我らとの戦争に破れた。勝利した我々は、その後、かの国の領土とそして・・・この子たちの親を奴隷として奪った。その奴隷狩りが行われた日、当然、子供たちは親を返せと泣きわめいた。それを黙らせるための見せしめに鞭打たれたのが、この子だ。」


「なんてこった。悪党はお前らの方じゃねえか。」


「そうだ。」

 つらそうに目を伏せて、ジェラールはそれを認めた。


「おじさんは違うよ。」

 レッドが不意に言った。


 ライデルは、その少年の目を見つめた。切れ長の三白眼さんぱくがんという冷たい感じもする鋭い瞳だが、その鋭さは善悪を正確に判別できるもので、一点の曇りもなく真っ直ぐだった。ライデルは、その瞳がたたえているものが正義感であることに気づいた。


「この子はしかも、身代わりになって鞭打たれたのだ。初めに一人引きずり出されようとした時に、止めろと言って石を投げつけてきたらしい。結果、その子を助けることになり、この子が代わりに。なぜこれほどになるまで痛めつけられたか、お前なら分かろう。」


「歯向かい続けたんだろう。泣きもわめきもせず、ただじっと歯を食いしばり、相手が手を休めればなおにらみつけて、反抗でもしたんだろう。どこの人間のクズをだかは知らないけどな、違うか? 目を見れば分かる。」


「総督をだ。睨みつけただけじゃないぞ、その男に唾を吐きかけた。」


 あんぐりと口を開けたライデルは、思わずその少年レッドに釘付けになった。それから数秒そのままだったが、やがてまたジェラールを見た。


「正確には最後の最後でだ。さんざん鞭打たれたあとでな。そのため、あげくに殺されかけた。こういう根性のある男は大好きだろう?」


「ガキは大嫌いだ。」


「ただの子供ではない。」


 ライデルは、そのあとはしばらく口をかなかった。ただそのあいだ、胸の中に何かもやもやしたものが湧いてきていた。それが情にほだされかけているのだとも分からないまま、気付けば、「おい。」と、少年を呼んでいたライデル。


「こっちきな。」


 その口調が乱暴だったので、レッドは戸惑ってジェラールの顔をうかがう。


 その不安そうな表情を見ると、ジェラールは「大丈夫だ。」という代わりに微笑み、一つうなずいてみせた。


 おずおずと足を動かしたレッドは、徐々に一味いちみの頭首のそばへにじり寄った。


 すると、その男に荒々しく腕をつかまれ、驚いている間にくるりと背中を向けさせられた。


「こりゃひどいな・・・。」

 みるみる険しくなる顔で、ライデルはつぶやいた。


 子分たちも寄ってきて、まじまじと少年の傷をのぞきこむ。みな顔をしかめて、「ひでえ・・・。」とか、「痛かったろうなあ・・・」とか、「よくもこんなことができるもんだ。」と、口々にささやき始めた。


 レッドは身震いした。彼らの声を背中で聞いていて、その時の恐怖がありありとよみがえってきたせいだ。憎悪ぞうおや悲しみの方がまさっていたこれまでは、不思議と気にすることもなかった。だがよくよく思い出せば、今さらながら体が震えだして、どうにも止まらなくなってしまった。


 ライデルは、少年の腕を握る手に力をこめた。それから、子分のヴァージルに横目を投げて言った。

「おい、あれを持ってこい。」


「どれです?」


「今朝、頂戴ちょうだいしてきた薬箱に決まってるだろ。」


「ああ、へいへいただいま。」


 合点がてんできると、相変わらずの軽い声でそう請け合ったヴァージルは、洞窟の手前に無造作むぞうさに下ろした荷物を取りに向かう。


「包帯も忘れるな。」

 その時、困惑したように振り向いたレッドに、ライデルは不器用に頬を崩してみせた。

「よく効く薬があるんだ。高級の万能薬さ。俺たちもしょっちゅう怪我するんでな、さっき一仕事ついでにいただいたのさ。なあに、心配することはねえ。こう見えても、俺は傷に関してなら詳しいんだ。きっと綺麗に消してやる。こんな忌々《いまいま》しい傷なんぞ。」


 これを聞くと、話はついたとばかりに、ジェラールは腰を上げた。


「では・・・というわけで、さらば。」


「ちょい待ていっ。何が、というわけだっ。俺はまだ —— 」


「おじさんっ。」

 ライデルの言葉を、レッドの涙声がさえぎった。


 この二人のわきを通り過ぎようとしていたジェラールは、レッドの方へ歩み寄ると、少年の頭に優しく手を乗せた。


「今日でお別れだ。強く生きるのだぞ。」


「父ちゃんにも言われた。」


 ジェラールは笑みを返して手をおろし、背中を向けた。


 レッドが再び呼び止めることはなかった。


 だが、ライデルの方はそうはいかない。

「おいこらっ、俺はまだ何とも言ってねえぞっ。」


 ジェラールは立ち止まった。そして、真面目まじめな顔でライデルに向き直った。


「ライデルよ、その子が一人で生きてゆけるようにしてさえくれれば、それでいい。素質はじゅうぶんにある。長くはかかるまい。その後は勝手にいたすがよかろう。」


 どこか事務的な口調でそう言われたライデルは、ムッとなった。


 すると、身を翻したジェラールから、今度は違う声音こわねで聞こえた。


「そうやすやすと、手放しはできぬようになるだろうが。」


 ジェラールはそのまま、ただ無言で見送るだけの男たちの間を通り抜けた。


 やがて思い立ったように走り出したレッドは、洞窟の出入り口に飛びついて身を乗り出した。何か叫びたい衝動にかられた。だが何も出てはこなかった。もうずいぶん離れたところに、荒野の地平線へ向かって真っすぐ馬を走らせている彼の姿が見えた。


 そして隣には、いつの間にかライデルもいた。








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