『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第8回
④ NACHT MUSIK(過去)
痛みである必要があった。サッカーで転んで怪我をしたり、工作中に不慮の事故で指を傷つけたりした幼い子供たちは、当然のように俺たちの年齢なら我慢出来る痛みで泣いた。監督役の教師たちは、彼らを慰める時「痛かったよね」という共感を示す事でそれを果たした。
実際には、彼ら機械生命体に痛覚は必要なかった。体の異変を教える信号も、電脳に刻まれたメインプログラムが生き続ける限り死なないのだから意味はない。だからこそ彼らは、却ってそれを求めたのだろう。彼ら被造物を、完全な種としての独立に導くオーガニック化。痛覚は、有機的器官の信号なのだから。
心の痛みとは、比喩表現なのだろうか?
もしそうでないとしたら、彼ら──ノードに許された痛覚の経験とは、肉体に依存しないそれだけが唯一なのではないだろうか。
痛みに彼らが共感しない事を知っている俺が、彼らから教えられる事もなくどのようにしてそれを知ったのだったか。そのような感覚があるらしい、という概念ではなく、感覚質として体験したのは、いつだっただろう。俺には、他の子供たちのようにエリア以前の記憶がない……思い出せないのではない、ここで誕生した俺に、そのような過去が存在するはずがないのだ。
* * *
人間という種が、同時に人間という社会的存在である事は、少し前の歴史で否定された。俺もまた、自分が社会的存在としての人間である事などと意識した事はなかった。他の子供たちが偽りの過去を”思い出す”ように、人間が社会的存在として繁栄していたという事を遺伝子の記憶で持っている事はなかった。それはノードたちにとって、俺には必要のない情報だったから。
ずっとそのように、監視者というエリアシステムの一部に過ぎなかった俺が本当の意味で”人間”になったのは、佐奈という女の子のお陰だった。彼女の存在を抜きにして、俺は──。
「君の名前は鷹嘴那覇人。我々の作り出したオブザーバーだ」
LEDライトの真っ白な光の中、目が覚めて最初に見たものは、人間とは明らかに異なる複眼たちだった。俺はその時点で、人間という生物の存在も、俺自身がそれである事も、彼らが新実存的高次存在ノードという種族名である事も分かっていたようだった。
俺は生まれながらにして五歳児だったそうだ。現在の十八歳という肉体年齢も、実年齢に直せば十三歳と五年下である。どうやら俺は人間でありながら、厳密には少し違うらしい。
「エリアシステムが確立したとはいえ、新世界を担う基盤を製造した事を考えればこれは常軌を逸した突貫工事だ。構成ネットワーク統合概括母体、エニグマ……混沌として、さぞ醜かろう。被食種を捕獲し、ここで培養するにしても、まだまだ融通が利かぬ事は否めない。那覇人君、君には今後生じるであろう”綻び”を、内部から修正して貰いたい。出来るね?」
複眼が、俺にそう言ってきた。
俺は、そのようにして生まれて間もなく自分の役割を──ノードが自分たちのメインプログラムに名づけた存在理由という意味を知った。
だから、善悪を自分の中で決められる歳になる以前に、それに従った。
* * *
俺が生来持って育った”監視者”という属性は、簡単に言えば商品である子供たちの間に紛れ込んで動く内通者だ。特別な管理の為に鷹嘴那覇人という「本名」は与えられたが、子供たちの中では彼らの名前をノードが剝奪し、代わりに与えたような外国人名でナハト・シュナベルと名乗っていた。
但し、全国のエリアを総括する関東ネオヒューマノへ提出する報告書には、実験的に登用されたオブザーバーという存在はまた別の符丁名で記載された。地霊、英語の発音では「genius」は天才と同語だ。
人頭狩りに依らず、エリア内から発生した生徒=天才児。または、エリアの天才児たちを見えない位置から管理する存在。千里眼に由来する「本名」の名字は生徒全体に張り巡らされた目である事を示し、「Nacht」はドイツ語で夜、裏の貌を示唆する名。
本名鷹嘴那覇人、登録名ナハト・シュナベル、符丁名ゲニウス・ロキ。
どれが本当の自分なのだろう。旧時代の戸籍が新世界連合によって役場から完全に破棄された今、被食種である人間たちの名乗る名前は一切が自称であり、公的なものではなかった。軒先に日々餌を貰いに来る野良猫を、その訪問を受ける家庭ごとに好き勝手な愛称で呼ぶように、名前を複数持つ事は今や「常識的に有り得ない事」ではなくなっていた。
俺に、自分について考えを巡らす必要はなかった。どのような表記であれ、俺を呼ぶ為の発音は「ナハト」、それで十分だった。
俺の関心は、ただ管理対象である生徒たちに向けられれば良かったのだ。
入荷と称してここに連れて来られる被食種の子供たちは、健忘薬により記憶を消されて「養護学校に入学する事となった経緯」という偽りの記憶を与えられる。だがこの仕組みは、相当危ういバランスの上に成り立っている。
ヒトの記憶は曖昧なものだ。忘れる事もあるし、思い出す事もある。ついこの間の出来事を遥か昔のように遠く感じさせる事もあれば、加齢によって様々な事を忘却していっても少年時代の事だけを克明に覚えているという場合もある。そして、ふと思い出す時は何がそのトリガーとなるか分からない。幾ら経歴や過去といったものを含め自己同一性を改竄しようとも、深層意識にまで刻み込まれた事柄を根本から書き換えようというのはそう簡単な事ではない。
ましてや、現時点では被食種の管理育成の為のみに存在する薬物の効能は、ノードの病気を修正するプログラムのように絶対的ではない。あくまでオーガニックな人体の自己再生能力を促進する為のものなので、有効かどうかは投与される人間の体質に依存する。健忘薬の効果が体質的な要因によって立ち消えるという事も、絶対にないとは限らない。
そうなった時、当事者の生徒は、ノード社会となったこの国の本当の現状、自分が何故この施設に居るのかという理由を悟る事となる。そして、悟れば必ずこう考えるだろう。
食い物にされる前に、ここから逃げ出そう、と。
セキュリティには万全の注意を払っているエリアだが、ここで学習した子供たちは知能レベルが常人より遥かに高い。俺が誕生してすぐにここの労働者から言われたように、エリアシステムの成立は突貫工事であり、起こり得る全てのイレギュラーの可能性をシミュレーション出来ているとは言えない。天才児たちがその気になれば、脱出ルートなど幾つかは捻り出してしまうだろう。
そこで、オブザーバーである俺の出番だ。
内部から、子供たちと全く同じ”人間”に彼らを監視させるのだ。教師という名の管理官たちよりも、ずっと彼らに近い立場で。そして何か不審な動きが見られ始めれば、オブザーバーはそれを運営側に逐一密告する。重点的な観察を続け、対応策発動の必要性が認められれば、オブザーバーは問題の生徒を「子供の理由」で誘い出して運営側に引き渡す。
引き渡された生徒は再び記憶を操作されるが、何度もそれが繰り返され、手に負えないようであれば十八歳を迎える前に早期出荷が行われる。施設から姿を消した生徒について他の子供たちに教えられる情報は「里親」や「両親の発見」などというこれまた偽りの情報だけだ。
とことんまでに欺瞞で塗り固められたシステム。
俺は実際に、その有事に対応した事があるのか。
学友の記憶を消す事に加担し、挙句には見殺しにする事までをしたのか。
──肯定。俺は十八歳に、つまり今年になるまで、合計で十二人の生徒たちの記憶改竄を手引きし、そのうち二人を早期出荷に追い込んでいた。思えば惨い事だが、それらを実行した時、俺はまだ自らに宿った良心を──性善説に基づかない言い方をすれば人間性を──発見していなかった。ただ、淡々と自らに付与された存在理由を果たしているつもりだった。
彼らを、同胞であり家族であるとすらも思っていなかった。自分の行っている行為が、「悪い事」だと考えた事すらもなかったのだ。
俺の事を友達だと思っていた誰かのポケットに、小型発信機を忍ばせた。
それが彼らを絶望させた事にすら、仕事を終えた後は無関心だった。