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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第59回

 直後、背後で自分の通って来た棟間を抜け、裏F棟の外壁を大きく突き崩しながらオートフィギュアが姿を現した。焼け焦げ、手酷く損傷したボディは激しい衝撃により大規模に部品を飛び散らせている。最早それが、最初は何の機械であったのかすらも定かではない。

 損壊が一定のレベルにまで達したらしく、オートフィギュアの歩みは現れた当初よりもかなり遅くなっていた。脚部の人工神経(モーターギア)が損傷し、自壊を避ける為に速度制限が掛かっているのかもしれない。意思なき機械の耐久限界を訴える悲鳴である”咆哮”は、今や最高潮(ピーク)に達しようとしていた。

 杞紗は、目の前の輸送用通路ポルタ・ディ・パラディーゾのトンネルへと駆けた。その中間に位置する、上下開閉式の門の手前、門衛の詰め所の前に頭部を叩き潰された二体のノードが倒れている。侵入者が最初に破壊した個体たちらしい。

 計算通りなら、トンネルの暗がりに入った瞬間、オートフィギュアがメインカメラを暗視(ナイト)モードに切り替える一瞬のうちに、敵性個体(エネミーユニット)の捕捉がロストする。その隙を狙い、杞紗は詰め所の中に飛び込んで身を隠した。門の前に少女のホロ映像を投影し直した。戦闘用ボディスーツとアイドル衣装を折衷したような服が、今では絶滅してしまった蛍の如く自ら発光し、猫の耳と尻尾が靡くように揺れる。

 それが相手から捕捉された事を、杞紗は第六感で理解した。

 軍用ロボは、標的を絞った事で淀みのない足取りとなって向かって来る。本来そこに存在しないはずの幻影(イドラ)に向かって。

「ありがとう……フェレス」

 声に出して呟くと、杞紗は門の開閉ボタンを押した。

 今までその瞬間を──目的は一昨年の年末を境に変わったが──、開く時を今か今かと待っていた天国への門ポルタ・ディ・パラディーゾが、ゆっくりと持ち上がって行く。ホロ映像は、軽快な足取りでそれを潜り、自分たちよりも一足早く外へ彷徨い出した。オートフィギュアがそれを追い、シャッターのすぐ下へと至る。

 そのタイミングを狙い澄ましていた。杞紗は立ち上がり、指を振り抜く。

「終わりよ、オートフィギュア!」

 ──カチッ。

 最後の閉めにしてはあまりに呆気ない音が、微かに空気を揺らした。

 一瞬の後、断頭台の(やいば)の如き勢いで門が閉じる。オートフィギュアは、それまで自身がしてきたように頭部を圧し潰され、次いで既に耐久限界を迎えていた胴部から脚部までを順番に粉砕された。爆発が起こり、爆風が閉まり切った門の下部を吹き飛ばして大穴を穿つ。容赦なく叩きつけられた圧力が詰め所のガラス壁をひびで真っ白に染め上げ、やがて滝が雪崩(なだ)れるようにそれは崩れ落ちた。

 杞紗は頭を抱えて机の下に潜り込み、侵入してきた圧力や熱波、ガラス片から身を守る。十数秒間そうしていると、起こった一切は始めと同じく、ふっと掻き消えるように止まった。

(終わった……のかな?)

 そう思った瞬間、脳裏に麗女翔と類の姿が()ぎった。

 二人は大丈夫だったのだろうか? 光村は?

 自分たちの、今までにない程に監視を無視した大立ち回りに対して、事態の収束を確認した職員たちがこちらに向かって来るのではないか、などと考えている余裕はなかった。杞紗は無我夢中で詰め所を飛び出し、まだ燃えているトンネルを元来た方向に引き返す。

 裏F棟から炎上するE棟方面に抜ける通路は、オートフィギュアが突き崩した瓦礫の山で塞がれていた。駐車場を回って行くルートもまた、飛散した瓦礫が山を成している上、随所に炎が立ち昇っていて通れない。

 裏F棟の出入口まで行き、杞紗はまた足が竦んだ。

 この建物の中には、オペレーティングルームが存在する。侵入者が最初に通過しただけで、外周部をオートフィギュアに突き崩されたのみで比較的被害の少ないこの中には職員の大部分が集まっているに違いない。入った瞬間、刺又などを持ったノードに取り囲まれる光景が浮かび、恐怖が込み上げる。

(だけど……)

 彼らも、ここを通らない限り自分に会いに来る事は出来ないのだ。それに遅かれ早かれ、自分たちが真にノードたちと”対決”せねばならない時は来る。恐らくは二十四時間も待たないうちに。

 行かなきゃ、と胸の内で呟くと、杞紗は自らの両頰を張った。

 意を決し、非常用電源のみの薄赤い明暗の中へと足を踏み入れる。


          *   *   *


 コールブランドの残骸を発見した辺りでオイルの焦げた臭いを感じ始めた時、近くから声が響いてきた。

「杞紗ーっ! 杞紗、大丈夫かーっ!?」

 麗女翔の声。ここにノードたちが居る事は分かっているだろうが、辺りを憚る様子は全くない。杞紗は苦笑しながらも、やはり彼はこうでなくては、と少々安心する気持ちになった。わざと、同じくらいの声量で返す。

「麗女翔君、類君ーっ! ここだよーっ!」

「杞紗!?」

 今度は、すぐ近くから声がした。駆け出すと、曲がり角で二人と鉢合わせる。

 ぶつかりそうになり、杞紗は反射的に上履きに急ブレーキを掛けた。が、すぐに気を取り直し、遠慮なく麗女翔の胸に飛び込む。彼はぎょっとしたように体を硬直させたが、やがておずおずとこちらの背に両腕を回してきた。

「触れる……残像(ゴースト)とかじゃないな」

 冗談ともつかないような声で、彼が言った。

幽霊(ゴースト)じゃないよー」

「良かった、ちゃんと生きてる……」類が、ほっと息を()いた。「首尾は? オートフィギュアはどうなったの?」

「上手く行った。もう心配ないよ。……そっちは?」

「こっちもだ。ほら」

 麗女翔が、類の背中を示す。

 そこには、結わえ付けられた光村少年の姿があった。狂乱のうちに自分たちを害しようとしたVTSは取り除かれ、血に塗れた両腕には服の裾を切って作ったらしい即席の包帯が巻かれている。その表情は穏やかで、閉じられた瞼は夢を見ている時のように顫動しているような事もなかった。

 今までずっと眠っていながら、それが穏やかであった事のない光村が、やっと安息を得る事が出来た。その寝顔は年相応に──といっても、知能は大人、肉体年齢は五歳、実年齢は十三歳、精神年齢は〇歳と正確な事は判断が難しいが──あどけなく見え、杞紗は自然に笑みが零れた。

 そのきめ細やかな頰の肌を、人差し指で軽く押してみる。

「ふふ……柔らかい」

「この子も呪縛から解放された。もう心配要らないだろう」

 類は言い、微かに笑みを浮かべた。

一件落着(めでたしめでたし)だ」

「お見事だったよ、天才児君たち」

 矢庭(やにわ)に、廊下の向こうから声が掛けられた。杞紗たち四人以外の何者かによって放たれたその声に、皆が一斉に振り返る。

 大仰に拍手をしながら現れたその姿に、杞紗たちは再び身構えた。麗女翔が、光村を背負った類と杞紗を庇うように前に出る。身を寄せ合うように密集し、杞紗と類はその後ろに立った。

「世が世ならば、君たちは本物の勇者……時代の先駆者になっていただろうに」

 白髭に覆われた仮面を着けた、このエリアでは見た事のない男の個体だった。しかし杞紗たちは、そのノードが何者であるのかがはっきりと分かった。

 数時間前に閲覧したオブザーバーの記録に写真があった。十年前にここを脱出しようとした生徒たちを容赦なく狙撃し、死に追いやった男。グループの管理部門総責任者にして関東ネオヒューマノの元理事長代理、ハミルトンだ。

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