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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第56回

 オートフィギュアは、その進路を学校と”裏”を隔てるフェンスの方へと変えていた。僕と麗女翔は脚力を最大限に振り絞り、障害物の多い倉庫区画を疾駆する。麗女翔が途中で壁に足を付けてパルクール選手の如く走り、回転しながら空中に身を投げ出すように跳んだ。

 エリアの管理教育方針に則った課程(カリキュラム)では、知能の増進以外にもスポーツに力が入れられている。筋肉量、即ち蛋白質の量を増やす事は、ノードがmRNAを媒介に人間の遺伝情報を取り込む際有利に働くらしい。スラム時代は生活機能外でスポーツを行っている人間など見た事がなかったので、”常人”の基準がどれ程のものなのかは分からないが、麗女翔は生徒の誰が見ても身体面では平均以上の能力を有しているといえた。

 僕は地面を真っ直ぐに、麗女翔はそれから百八十度反転した向きになりながら、オートフィギュアの背部を制空圏に捉えた。二人同時に電気棒を突き出し、黒変した装甲に思い切り叩きつける。

「はああああっ!!」

 ──バチバチバチッ! と、目の前に雷が落ちたかのような激しい電撃が、閃光となって散った。そのあまりの目映(まばゆ)さに、網膜に映し出される光景のうち光源でない部分がブラックアウトして見える。それは四方八方に飛び散ったが、当然僕たちの握っている電気棒の持ち手は絶縁体なので、こちらが感電する恐れはない。理性で分かっていて尚、身を引いてしまう事は如何(いかん)ともし難いが。

 オートフィギュアが振り向き、腕を思い切り振り下ろした反動で硬直し、空中で体勢を崩しかけている麗女翔にVTSを振るった。マズい、と思い、僕は両足の撥条(ばね)に力を込める。

 素材と大きさからの目算だが、恐らくオートフィギュアの持つ直剣タイプのVTSの重量は約二百キロ前後。当然(やいば)全体は高熱を帯びており、金属ですら近づければ溶断されてしまう。だが、振り下ろされて加速しきる前の状態であれば、こちらから影響を与えられない事もない。

「麗女翔、バク転だ!」

「無茶言うなよ!?」

「無茶でもやってくれ!」

 僕は跳躍すると、下方から加速で威力を溜めつつ電気棒を振るう。オートフィギュアのVTSを握った右腕部、その関節の辺りへ。

 振り上げてから振り下ろすまでの一瞬、速度がゼロになった瞬間にこちらの渾身の一撃を受けた軍用ロボの腕は、僅かながらベクトルを変えた。それは、距離が加算されるに連れてずれを大きくしていく。

 文字通り間一髪の位置を、VTSが抜けた。熱風を浴びた麗女翔の面皮が一瞬だけ赤黒くなり、触れて切断された髪の毛の蛋白質が蒸発して微かな異臭を放つ。麗女翔は体を丸めきると、両足でオートフィギュアの大きく切り裂かれた胸部装甲を蹴って跳んだ。

 コンクリートに頭からぶつかるのではないか、という僕の懸念は杞憂だった。

 彼はしっかりと受け身を取り、僕の横で体勢を立て直す。

「危なかったじゃないか」

 安堵と共に言うと、彼は額の汗を拭いつつも「まあな」と強がった。

「死ぬ気でやっても大体死なないから」

「死んでただろ」

「それもそうだがな」軽口の応酬の後、麗女翔は表情を引き締めた。

 油断するな、と囁かれ、僕は構えを新たにする。「来るぞ!」

「走れっ!」

 オートフィギュアが二撃目を叩き込み、それが頭上に差し掛かった瞬間、僕たちは足取りを揃えて後方に跳躍回避した。直撃した地面、一瞬前まで僕たちの居た場所に蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が走り、衝撃波が足を掬おうとする。

 僕と麗女翔はそれから逃れるようになるべく遠くに着地すると、敵を誘導しながら駆け出した。

 たちまち、凄まじい追跡劇(チェイス)となった。地響きを上げ、”咆哮”を増々強烈なものにしながら軍用ロボが追って来る。その”咆哮”が軋轢音であり、各部パーツに負荷を掛けてダメージを与えている事は明白だったが、そのように受け取る事が出来ないのが僕たちの本能的(オーガニック)なところだ。

 物陰に隠れ、適度に距離を取ってからまた姿を見せる。十字路を無数に連結させた迷路のような倉庫区画を、僕たちは分散したり合流したりを繰り返しながら駆け回った。体高の違いからオートフィギュアの歩幅は当然こちらよりも遥かに大きく、速度もこちら以上なので、試されるのはパターン化された動作を繰り返す機械を欺く為の知恵だ。

 時折オートフィギュアは、こちらをリーチに捉えてVTSを薙ぎ払う。その度に地面は断裂し、建物は崩壊、随所にあるガスタンクは穴を開けられた上に加熱されて爆発を起こした。

(救いだったのは、飛び道具を封じられた事か……)

 間違っても杞紗の作業を進める建物を、これらと同じ末路を遂げさせる訳には行かない。その点、僕たちが回避する度に何処に被害を転嫁するか分からないAPHE弾を使用不能に出来た事は大きい。

 叶うのであれば、こちらにも飛び道具があると良かった。自動回避プログラムの備わっていないオートフィギュアを追い立てる事は出来ないが、こちらの現在位置を示して誘導する事には大きく働いてくれる。だが、ないもの強請(ねだ)りをしても仕方がない上、スラムで生きるには欠かせなかった射撃の腕も、十年間のエリアでの生活の中でとうに衰えているだろう。

(それでも、被害の拡大は際限がない)

 倉庫区画を抜け、僕たちが最初に入ったE棟の外壁が眼前に現れる。建物の中まで入ってしまっては杞紗が追って来られなくなると思い、駆け込むような事はしなかったが、すぐ傍を通った瞬間オートフィギュアの右腕がその外壁を薙いだ。

 VTSは、コンクリートの外壁も、その中に埋め込まれた鉄筋や配管をも断裂させた。ガス管に触れたのか、壁の一部が派手な炎を上げて爆発し、結合を失った一部はガラガラと崩れ落ちる。悲鳴が上がった、と思った矢先に、建物内に居たらしいノードたちが落下してきた。

 その様があまりにも──人間のように見え、僕は咄嗟に足が竦んだ。

 新たな自立体を捕捉し、敵性個体(エネミーユニット)と認識したオートフィギュアの攻撃は容赦がなかった。

 崩れ落ちてきたノードたちの体が、次々と裁断された。多くはVTSの触れた血液(オイル)が揮発して引火、爆発し、胴体を吹き飛ばされた。彼らは頭部のみになっても、そこにある(コア)に刻まれたメインプログラムが動作している限り死なない。

 彼らに痛覚はないはずだが、義体を破壊され、頭部もじきに同じ結果になる──存在が抹消されるという事に怯えている事はありありと分かった。それ故か、彼らの悲鳴はやけに生々しく僕の耳に響いた。

 首だけで絶叫するノードが、落下の末に地面に叩きつけられて腐った果物の如く潰れた。揺らめく炎を反射するオイルの水溜まりの虹霓が、頭蓋骨から漏れ出した脳漿を彷彿とさせた。

 或いは、地面で足を折り、腕だけで這おうとする個体の上から瓦礫がどっと覆い被さった。しつこいようだがそれで”圧死”は起こらず、中で生き埋めとなったその個体が懸命に脱出しようとしている事に推測が働く。だが、無差別に荒れ狂っているはずのオートフィギュアの脚部が、駄目押しするかのようにその瓦礫の上を通った。ずるり、とコンクリート片が嫌な滑り方をし、その下からオイルがじわじわと滲み出してきた。

 また別の個体は、オートフィギュアの上に落ちて振り飛ばされた。炎上する建物の窓を突き破って落ちた先で、裂けた人工筋肉の中で漏れたオイルに火が移り、内側から燃え上がる。誰が見てもその死因は”焼死”だった。

「助けて……くれ……!」

 白衣を着た研究員のような個体が、腰部から下を失い、恐怖に飽和した声を出しながら僕の足首に縋りつこうとしてきた。内側まで火の通っていない、生焼け肉のような人工筋肉の感触に怖気が込み上げた途端、オートフィギュアがその頭部をぐしゃりと踏み潰す。

「類、危ねえっ!」

 麗女翔が、僕の襟首をぐいと引いて退避させた。電気棒を伸ばし、次には僕を踏み潰すところだったオートフィギュアの足を引かせる。

「離れろ! 本物の焼肉(ステーキ)になっちまう!」

 僕が麗女翔に引き摺られるように離脱した瞬間、崩壊した天井から吊り下がっていた切れた導線が、バチバチと火花を散らして気化した油分(オイル)に触れた。一瞬の後、既に燃え上がっていた炎がE棟の半分を包み込んだ。巻き込まれたノードたちのうち、生き残っていた個体もことごとくが黒変した鉄屑と化す。

「何だよ、助けてくれって……」

 見知らぬ車の並ぶ駐車場まで逃れると、僕は頰をひくつかせた。

「今までそう言ってきた先輩たちを、お前たちは助けなかったじゃないか……今更どの口が、そんな台詞を……!」

 憎むべきノードたちの事だ、決して同情などではない。

 そう思いながらも、僕は心の中で、目の前の光景を地獄だと表白していた。

「オーガニックじゃなかったのが、あいつらにとってせめてもの救いだ」

 麗女翔がそんな事を言ったのもきっと、彼が僕と同じ感想を抱いていたからに違いない。業火に包まれるE棟の中、僕たちを除いて認識していた全ての敵性反応がロストしたオートフィギュアが、再びこちらに向かって進み出そうとしている。その姿は熱気に霞み、陽炎(かげろう)の如く揺れていた。

 ──杞紗はまだか。それとも、僕たちが離れすぎてしまったのか。

 彼女の闘争が孤独なものにならないように、僕と麗女翔はこうして囮を務めているのだ。そう思い、余計な考えを頭から放逐する。僕たちは、既に本来の機能としては使い物にならなくなった電気棒を半ば意地で握り続け、徐々に歩調を上げて接近してくるオートフィギュアを再度誘導しようと試みた。

 そちらに気を取られていた為、僕たち二人のうちいずれも、倉庫区画から一直線に近づいてきた足音に気が付かなかった。

「類君! 麗女翔君!」

 杞紗の声。しかし、足音の主は彼女ではなかった。

 転瞬、ザクッ! という湿った音と共に、体幹を痺れにも似た痛みが走った。

 それはすぐさま激烈な熱さに変わり、僕は体を折った。

「ぐああっ!」

「類─────っ!!」

 すぐ隣に居るはずの麗女翔の叫ぶ声を遥か遠くに聞きながら、僕は最初に痛覚を覚えた部位から何かが滑り抜ける感覚を味わう。腰を背後から刺されたのだ、と分かった時には、既に制服のズボンが血に染まり始めていた。

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