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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第55回

  ㉛ 類


「出来た! シグナルが応答したぞ!」

 僕がデバッグを開始すると、オートフィギュアの外装に梯子を掛けて攀じ登り、頭部に新たなカメラを取り付けていた麗女翔が快哉を叫んだ。見上げると、彼の設置したそのレンズには、起動を示す赤ランプが点灯している。

 麗女翔は梯子から飛び降りると、奥で3DCGモデルを制作している杞紗の横に這って行く。

「そっちはどうだ? 終わりそう?」

「大体は……」

「多少粗くてもいい、機械(あいつ)がターゲットに定めてくれそうなら」

「だけど、オートフィギュアも動く全てを攻撃する訳じゃない。旗とか、風で揺れる木とかまでいちいち狙っていたら戦いにならないもん。ちゃんと敵性個体(エネミーユニット)として認識して貰う為には、ある程度精密じゃなきゃ」

「モーションキャプチャを使えば、もう少し精度が上がるんじゃないか? 何なら俺がモデルになってもいい、他にも何か手伝える事は? 準備して欲しいものとかがあったら、何でも言ってくれ」

「ふふっ……麗女翔君、ほんとに優しい」

 杞紗が、唇に右拳を当てながら微かに笑った。麗女翔は勢い込んでいた自分に気付いたらしくやや赤くなったが、満更でもなさそうな顔になる。イチャついている場合か、と呆れた僕だが、微笑ましいので容喙はしなかった。

 束の間、武器庫に小康が訪れる。

「そういえば、前にもこんな事やったよね?」

 珍しく、杞紗が自分から事務的でない話を始めた。

「麗女翔君が資源回収のトラックに忍び込んだら発車しちゃって、授業中私がホロ投影で類君の隣に麗女翔君が座っているように見せかけたの」

「結局バレて怒られたけどね」

 僕が突っ込むと、麗女翔は「やめてくれ!」と本気で嫌そうに言った。

「あれは黒歴史だった。俺がどうかしていた」

「三人とも共犯扱いになったしね」

「けど、自分で電話して頼んでおいて何だけど、まさか杞紗がほんとに引き受けてくれるとは思わなかった。手間が掛かるし、駄目なものは駄目ってちゃんと言うものかと……」

「一つ前が空きコマだったから、時間は気にしなくて良かったし……それに、そこまで固い事気にしてたら、類君と麗女翔君とは付き合えないもん」

「杞紗……」

 麗女翔が、感激したように彼女の横顔を見つめる。

 僕は少し(からか)いたい気分になって、

「こいつの悪ガキっぷりは規格外だから、そこまで合わせなくていいんだよ」

 さも真面目そうなトーンで言うと、麗女翔がむきになった。

「自己紹介書に『趣味:ハッキング』って書く奴が言うなよな!」

「いや書くか!」

 ノリ突っ込みを返すと、杞紗はくすくすと笑う。

「やっぱり、私もこういう雰囲気の方が好き」

「……そっか」

 僕も麗女翔も、安堵の息を()いた。

「だけど……運営に見つかったら、もうこんな事も出来なくなる」

「大丈夫、何とかなるよ。もし今回の事件で、青葉エリアが終わるんだとしても俺たちは一緒だ。だって、家族なんだからさ」

 麗女翔は僕と杞紗を安心させるように、力強く言い切った。

 と、その時、僕の操作するPCの上に影が差した。ガシャーン、という、重い金属の扉が閉まったかの如き音が響く。状況を把握するより先に、僕は麗女翔と杞紗の腰を下ろしている座標にスライディングした。

「二人とも、もっと奥に!」

 刹那、

「ゼアアアアアアアッ!!」

 オートフィギュアの咆哮──パーツの軋轢音が、鼓膜を破らんばかりに狭い武器庫内に谺した。焼け焦げた上体を傾倒させるようにして、残留した右腕のVTSが振り被られる。踏み出したその脚部が、先程まで僕がデバッグを行っていたPCをプレス機の如く踏み潰した。

「嘘だろ!? もう再起動(リロード)したのかよ……!」

 麗女翔が、杞紗を庇うようにその肩に腕を回す。彼女は作業中のPCを双腕(もろうで)に抱き締め、麗女翔諸共後方に倒れ込んだ。この段階になって、作業を水泡に帰しめる訳には行かないのだ。

「頭上に注意して!」

 僕が叫んだ直後、オートフィギュアの振り上げたVTSが天井を切り裂いた。過熱した瓦礫が、僕たちの直上から雨の如く降り注いでくる。もっと奥に下がらねば、と思った時、オートフィギュアの肩部サブカメラを塞ぐように引っ掛かっていた光村少年の体が滑り落ちてきた。

 ──高度四メートル、頭から落ちれば即死は免れない。

 僕は地面を蹴り、瓦礫の雨の中に身を投じた。両腕を伸ばし、人工筋肉のボディスーツで覆われた光村少年の軽い体を受け止めるや否や素早く身を翻す。コンマ数秒の後、僕と彼の体があった場所に瓦礫が落着した。

 メインカメラからの映像が回復した以上、オートフィギュアが追跡するのは視覚情報となっていた。土煙に僕たちの姿が隠された瞬間、また軋轢音の咆哮が上がる。単なる偶然には過ぎないのだが、僕にはそれが、視界を奪われたオートフィギュアが苛立っているかのように感じられた。

 天井までの高さよりも高い体高を備えたオートフィギュアが身を起こし、武器庫は崩壊した。僕が気絶した光村少年を抱えたまま周囲を見回していると、

「類、こっちだ!」

 麗女翔の声が叫び、奥に彼と杞紗のシルエットが見えた。

 僕は彼らを追い、奥の崩れた箇所から脱出する。崩れ落ちた武器庫から出ると、その向こうに並ぶ倉庫の一つの入口で、麗女翔が手招きしていた。

「早く!」

 僕が滑り込むと、麗女翔が素早く入口を閉める。オートフィギュアが土煙の中を出ないうちに視覚を逃れたので、一時的に向こうからの追跡は回避出来ていた。

「類、杞紗がCGを完成させるまで、俺たちで囮をやろう」

 麗女翔は、武器庫を出る際に拾っていたらしい電気棒の一本を手渡してきた。自らも同じ武器を構え、有無を言わせぬ足取りで再び出て行こうとする。PCを開き直していた杞紗が、「えっ?」と声を上げた。

「危なすぎるよ。二人にもしもの事があったら、私……!」

「杞紗、よく聴いてくれ」

 彼の真摯な眼差しに、杞紗のみならず僕も言葉を呑み込んだ。

「今、作戦の(かなめ)は杞紗なんだ。君のCGが無事に完成するかどうかに、俺たちだけじゃない、生徒たち皆の命が懸かっている。だから俺と類の役目は、それを全力で支える事しかない」

「麗女翔君……」

「類も、やれるだろう?」

 僕は歯を食い縛り、電気棒を握りつつ顎を引く。迷ったのは数瞬だけだった。

 抱えていた光村少年を、ゆっくりと床の上に下ろす。

「分かった」

「類君も……」

 杞紗は尚も逡巡している様子だったが、次の瞬間地響きが轟いた。僕たちを見失ったオートフィギュアが移動を開始している。恐らくは、最悪な方向へと。

 彼女はやがて、「類君、麗女翔君」と僕たちをそれぞれ呼んだ。

「お願い、出来る?」

「OK、頼まれたぜ! 行くぞ類!」「ああ!」

 僕と麗女翔は視線を交わすと、倉庫の入口を開けた。三、二、一で飛び出し、軌道を変更した軍用ロボへと一直線に肉薄していく。

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