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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第5回


          *   *   *


 校門の前に駐車されたメルセデスから、糊の利いたブラックスーツに身を包み、健康的に日焼けしたスポーツ選手のような顔の男が降りてくる。その精悍な顔立ちは一見した限りでは人間だが、彼もまたヴェルカナと同様、人面マスクを被ったエクセリオンだ。

 堂々と正門から訪問してきた訳だが、生徒たちの居る教室からこちらは見えないようになっている。見えたとしても、教育委員会や地域福祉課などからやって来た客人だと思われるに違いない。

「やあ、皆さんお揃いで」

「この度は遥々お越し下さり、恐悦至極に存じます、マツリハ会長」

 経営総責任者、コールブランドが恭しく会長に挨拶する。ヴェルカナも、出揃った職員たちがお辞儀をするのに倣って頭を下げた。直接お目に掛かるのは、工場での初期学習を終えてロールアウトされた時以来だ。

「そう固くならなくていいよ。今回の視察は私も興味がある事でね、(おおやけ)の仕事とはいえ楽しみたいんだ」

 会長は微笑み、二体のSPと共にこちらに歩いて来る。コールブランドが彼らを案内する為に進み出、他の皆は道を空ける。

 ヴェルカナも同僚たちに従い、脇に避けようとした。が、周囲をきょろきょろと見回していた会長の視線は、驚いた事に自分の頭上で止まった。

「やあ、久しぶりだねロズブローク君」

「は、はい」咄嗟に返事をしようとし、閊える。「ヴェルカナ・ロズブロークです」

「また会えて嬉しいよ。今じゃ培人学部主任研究員だそうだね」

 遅まきながらおめでとう、と言われ、ヴェルカナは返答に窮する。自分は現在でも薬学部のつもりだが、教育者として培人学部でも仕事をするうちに気付けばそちらでの活動が主になっていた。

 会長が未だに自分の顔と名前を一致させて覚え、その上直接言葉を交わした事のある者として把握している事に驚いたが、よくよく考えれば二種類の職業適性が最高評価となった自分は過去にないイレギュラーな個体だ。自らが直接助言を与えた個体としても、ヴェルカナは印象深い人物なのかもしれない。

 その上、あのようなデータを報告に上げたとあれば──。

 ヴェルカナがそう思った時、

「早速だが、まず君から学会に通知された一件について改めて聴かせて欲しい」

 会長はまさにその件を口に出した。今回の視察の目的にそちらは含まれていなかったので、同僚たちは彼が何を言っているのか分からない、といった様子で視線を泳がせ、相互に囁きを交わし始めた。

「薬学部の研究報告……ですよね? 培人学ではなく」

「『無意識同調(イド・シンクロナイズ)による有機器官の並列化に伴う擬似ゲノムコンパイラ及び種痘性ナノマシン併用療法』」

 会長は、すらすらと口に出した。

 ヴェルカナは再び面食らう。学術研究に携わる者ではないこの会長が、人間時代からの悪習ともいえる論文特有の長ったらしい題名を暗唱した事だけでも、驚くべき事だ。余程こちらの報告を読み込んで来たらしい。

 会長はグループのCEOにありがちな、「良きに計らえ」というように現場に一切を丸投げするような性格ではない。むしろ積極的に各方面の現場を訪れ、好奇心旺盛ともいえる程に知識を吸収する。それでも、極めて専門的かつ閉鎖的な学会のアトモスフィア、平たく言えば滲み漂う程の「素人は黙っていて下さい」感に抗って詳細にまで踏み込んだのなら、それだけヴェルカナの報告がエクセリオン社会全体でセンセーショナルなものだったという事だ。

「我々を(いまし)める機械的生命(ヴィタ・マキニカリス)、その制約からの解放に、グループは君の成果を被食種に用いる案を挙げている。旧時代の終わりと共に意義を喪失した、人間電脳化研究の再考を含めてね」

「………?」

 何の話だろう、とヴェルカナは首を捻った。学会へ報告したデータは、自らの研究の一部に過ぎない。事が事だけに、極めて繊細に扱わねば自分の理想とは全く反対の方面に転用されかねないからだ。

 だからこそ自分は、データを分割した上で、研究成果が完成形になるまで見つからない場所に()()という方法を採ったのだ。

 グループの経営陣の間で、話題の大きさ故に流言が独り歩きしているのではないだろうか。新方式のワクチンが開発される度に、荒唐無稽な解釈から生じた的外れな懸念が、本人たちにとっては大真面目で流布するように。

「私としても、総括を任されたエリアシステムに関わる問題になら方策を示さねばならない。企業倫理や社会的責任については、こう見えても何より優先させているからね。検討すべき事は検討し……」

 会長が歩き出したので、ヴェルカナは慌てて前に出る。ごく自然な流れで案内役を持って行かれた為、コールブランドが不満そうな顔になった。ヴェルカナと会長が門から十分に離れた頃、彼が出迎えに集まった職員たちに、解散してそれぞれ持ち場に戻るよう告げている声が聞こえてきた。

「あ、検討っていうのは、『本当は何もしないよ』って意味じゃないからね」

「会長は、その……」言葉を選びつつ、尋ねてみる。「当エリアの環境が、そういった可能性に対応出来るかの是非をご覧になりたいと?」

「ああ。勿論、君の研究の進捗状況を(けみ)する必要もね」

「人間電脳化研究……私には、そのような意図など微塵もありませんでした」

「そうかい? これはこれで、エリアの将来に有意義なテーマなのだがね」

 そこまで言うと、会長は不意に足を止めた。

「どうされましたか?」

「ロズブローク君、ちょっと耳を貸してくれないか」

 彼は声を潜め、ヴェルカナの耳元で囁いてくる。

「全国のエリアで、ここ数年商品(プロダクト)の質が全体的に向上している。平均知能レベルが高くなっているらしいんだ。それはまあ、大いに結構な事なのだがね……それが我々エクセリオンを凌駕するようであれば由々しき事態だ。AR以前に時代を巻き戻す事にもなりかねない。

 再び”監視者(オブザーバー)”の導入も視野に入れ、議論を進めねばならなくなった。十年程前にこの青葉エリアで試験が行われ、結局お蔵入りとなったアイデアだ。コールブランド君たちの中じゃ、地雷(タブー)になっているようだけれども」

「オブザーバー……ですか?」

 そろそろ、目まぐるしく新情報を追加してくる会長の話に着いて行けなくなりそうだった。頭を捻っていると、彼は苦笑し、「すまないすまない」と謝った。

「君には、まずそこからだったね。……ロズブローク君、君はここに勤めて何年になるといったっけ?」

「十年、ですが」

「だとすると、ぎりぎりのところでナハト・インシデントについては未経験という事になるのか」

 会長は腕を組み、やや苦しそうな表情を作った。

「オブザーバーの登用をもう一度検討するには、この事件を避けては通れない。あまりに衝撃的で、皆が記憶から葬り去ってしまいたいと考えている。我々の脳では、忘れるなどという事は出来ないのにね。しかし、ナハト・インシデントは我々エリア管理に携わる者にとっては痛恨の出来事であったからこそ、なかった事にしてはいけない。得た教訓を、どのように今後に生かすかだ」

「是非ご教示下さい、会長」

 ヴェルカナは、人工の表情筋を引き締めながら問うた。

「そのナハト・インシデントとは、一体どのような事件だったのですか?」

 会長は刹那、その渋く整った顔に影を落とした。

「十年前のまさにこの時期、君がエリアに配属される前年度の事だ。天才的な知能を獲得した生徒たちが”間違い”を起こす事のないよう、イレギュラー措置としてエリア内で分娩、彼らの内部に潜入させた”こちら側”の被食種の少年が居た。彼の登録名はナハト・シュナベル、本名は鷹嘴(タカハシ)那覇人(ナハト)。オブザーバーとして、特別に与えられた名前だ。その彼が反抗し、エクセリオンに死傷者が、商品(プロダクト)に脱走者が出た。結果として、エクセリオンと被食種は畢竟相容れない存在である事が証明されたのだ。それがエリア運営に関する過去最大の不祥事──ナハト・インシデントだ」

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