『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第47回
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翌日、最後の検査があった。
いつものように機械に繋がれた状態でリザ先生と会話をする事のみならず、抜き打ち的な主題統覚検査もあり、俺の心理状態がいつもより入念に調べられるのだな、と思ったが、この理由は先生が明かしてくれた。
「上は承認したよ。君の脳を、あの光村少年に移植する事をね」
つまり、俺が真に再登用に値するか否かを確かめる為の最終テストだった。
「体格差っていう都合上困難な手術になりそうだけど、容量拡張方式で行くから。大船に乗ったつもりでね」
「先生が、俺を執刀してくれるんですか?」
「残念だけど、それは出来ない。でも、なるべく腕のいいドクターに受けられるように話はつけておいた。開頭手術の術式プログラムに誤作動はないと思うけど、私は祈っているから」
「それでオブザーバー鷹嘴那覇人は死に、俺は八剱光村として生まれ変わる」
「そういう事。君はID的に、屠殺順番は最後になっている。商品が全部処理されたら、君はエリア内に戻って真っ直ぐ手術室に行くように。血液型は同じだし、その他条件もクリア。脳移植でそこまで厳密に意識する事はないみたいだけど、HLAも一致。摘出と移植で、丸一日あれば拡張方式でも十分でしょう」
リザ先生の言葉を聴きながら、俺はHLAに関する知識を反芻する。
移植に際して、近しい型でないと拒絶反応を起こす白血球の型。別人で一致する確率が数万分の一であるそれが、先生が気安く口にする程「移植を行いたい二者間で奇跡的に一致」するはずがなかった。
「先生。光村は、俺とサナの子供なんですよね?」
これくらいは、口にしても構わないだろうと思った。
リザ先生も、それを否定はしなかった。
「知ってたの?」
「何となく分かりましたよ。俺は、あなた方エクセリオンの作り出した最高傑作。そして佐奈は、女子生徒の中でいちばん知能指数が高く優秀だ」
「脳が君と入れ替えられたら、それも意味がなくなるって事?」
「それもいいでしょう。別に遺伝子も、両親の形質が混ざり合って子供になる訳じゃないんだ。それに、あなた方は俺で満足でしたでしょうから。……って、自分で言うと自画自賛みたいで嫌ですね」
「君は誇っていいよ、自分自身を」
「だけど、まさか自分の子供が新しい自分になるなんてね。しかもサナとの」
「君は、彼女が好きだったんでしょう?」
「……さあ、よく分かりません。要注意人物として意識はしていましたが」
「君もおかしな子だね」
先生は言い、検査に戻る。ロールシャッハの結果と嘘発見器の記録を照合し、いつも通りバイタルサインの全ての項目をチェックしてPCに記録した。
俺がある事ない事を言っている間、嘘を吐いているという反応はバイタルサインには表れなかった。原始的な機械を騙す方法の実践も、この一年間でとっくに慣れてしまった。
「先生は、エクセリオンらしくありませんね」
俺は呟く。これは正直な気持ちだった。
「そう思う?」
「ええ。幾らエクセリオンが高次の存在だといっても、共同体の維持には時にオーガニックである事よりも優先せねばならないものがあるでしょう? 極論を言えば、合理だけで出来た新世界は、最重要要素以外要らないはずなのに。先生は、合理よりも感情に従っています。だから、コストと実益が釣り合わない俺の手術も上に了承させた。本当に、俺の育ての親みたいだ」
俺が言うと、リザ先生はふっと溜め息を吐いた。
「君には、何となく親近感を感じるんだよね。社会全体のパーツの一部でさ、使用期限があって。しかも君の感覚は被食種と少しずれている」
「エクセリオンは皆同じです。わざわざ、人間の俺を選ばなくても」
「……那覇人君」
彼女のトーンが、そこでやや変化を見せた。
「私さ、ずっと前に言った事があったよね。死を恐れるのは、オーガニックな生命体だからこそだって。生命の意義を理解するには寿命が短すぎるから、私たちは使用期限が来て工場送りになるのを簡単に受容してしまう。私たちエクセリオンがオーガニックに程遠いのは、そういうところなんだって」
「ええ」
「私が、実は死ぬのが怖い、って言ったらどうする?」
先生は、全く変わらない表情と口調で言ってきた。予想だにしなかった言葉に、俺は面食らう。既に検査は終わっているにも拘わらず、俺はそれがこちらを動揺させる為の試問の一環なのではないか、と思った。
「先生にも怖い事があるんですか?」
「そりゃあ、ね。エクセリオンはあまりにも、人間に似すぎたんだ。感情を持ち、人格を持ち、自己同一性を持ち、独自のコミュニティを持ち、でも体の構造はまるっきり違う。有機物か無機物かってレベルで違っている。どれだけ人工筋肉やら人工皮膚やらでガワを作っても、所詮は鋼鉄で出来た骨格とプログラムの集合体だ。本当に最初の頃は、核を破壊してはいけない、とか都合のいいプログラムも色々考えられたみたいだけどさ、それなら恐怖なんて感情も設計しなくて良かったんじゃないかな。全てが正解か誤解かで判別出来る、昔の人工知能のいいところだけを残して私たちが種として独立出来ているなら、そんな都合のいい話はない。だけど私は、そんなのは人間の上位種っては呼ばないと思う。死や恐怖も含めて、新世界連合は人間を吸収したんだから」
「完璧に近づく程完璧じゃなくなるなんて、おかしな話ですね」
無自覚のうちに、揶揄するような色が台詞に混ざってしまった。
「私たちと被食種は、ほんの少しの差異のせいで対等には居られないんだ。旧時代の決定的な相違点プログラムは削除されたのにね。だけど、君は違う。最もエクセリオンに近い人間だ。だから私は、こんな気持ちになったのかもしれないね。本当にその気持ちに従っていたら、私も自分の身空を嘆いていたのかな」
「共感ですか、それ?」
「さあ。……まあ、そんな話はどうでもいいの。死ぬな、那覇人君。今思ってるのはそれだけ。機械的な原理は抜きでね」
リザ先生の言葉を自分なりに噛み砕くうちに、俺は何となく彼女の思想が分かったような気がした。
全体を救う為に、少数を犠牲にする事を選ぶ思想の持ち主は居る。自己と他者、理屈と感情、規定と倫理、機能体と共同体、個人と全体。あらゆる相反する物事について、どちらをどれ程の割合で優先させるかはノードの人格によって個体差が生じるという。
この、あくまで機械的生命の規約に則った差分の中で、リザ先生は俺一人の為に何かを切り捨てる事を選ぶ主義者なのだ。流動性知能の将来について、途方もない伸び代を持った光村という”人的資源”や或いはエリアシステムの将来性そのものが、ここでは後回しにされた。
やはり、彼らの信じる機械的生命は完璧ではない。ノードの社会構造の中から、それを維持するのに隘路となりかねない個体を生み出した。だがそれは、ある意味では変異ともいえる。
──きっと、心はとっくにオーガニックなのかもしれない。
ちらりと、俺はそのような事を考えた。
感情の面では人間に最も近く、恐らくそれを自覚しているノードと、ノードに最も近く、自分は人間だと信じ続ける俺。俺が、今でも自分を一パーツだと思い続けていたのなら、彼女とは分かり合えていたのかもしれない。
そう思ったが、それでも俺はどうしようもない程に人間だった。そして、真に人間として生きる為ならば、リザ先生が向けてくるものが”愛情”だったとしても、俺はそれを否定せねばならない。
(さようなら、先生。俺は死にませんよ)
心の中で彼女に語り掛けながら、俺は再び脱力した。




