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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第46回


          *   *   *


 学校でのパーティーが終わった後、佐奈の提案で、俺たち最上級学年(フィフティーンス)のみで”街”に出て二次会をしよう、という事になった。予餞会では皆から祝福を受けて送り出される側だが、今度は学年内で最後の交流を行い互いの健闘を祈り合おう、という趣旨だ。

 普段であれば門限を過ぎての外出は禁じられているが、佐奈は最後くらいはいいでしょう、とリザ先生に訴えた。青養の制服を着た生徒たちがアルコールを飲めない事は”街”の人たちも知っているからごまかしようがないし、近所迷惑にならないように羽目を外しすぎないようにするから、と言ったが、先生はなかなか煮え切らない様子だった。

 無論、その裏に「監視強化中のサナ・エヴァンスが同学年の生徒たちのみを一箇所に集めるのは、何かエリアへの挑戦を企てている為ではないか」という勘繰りがある事は明らかだった。それについては俺が、先生だけに分かるような符丁で「大丈夫です」と伝達した。

『サナの監視は依然継続中です。彼女が商品(プロダクト)たちに啓発や教唆を行うような事があれば、俺が直ちに先生に通報します』

 オブザーバーである俺が佐奈の側に着いているとは微塵も思っていないリザ先生に対して、この説得は効果覿面だった。

 俺たちはこうして、佐奈の先導に従って施設を出たのだった。


 佐奈と俺は、夜間はほぼ無人となるオフィス街の裏手、”街”を演出する為にのみ造られた建造物群のうち、テナント募集の看板が立てられた倉庫のような一戸に皆を招き入れた。

 オフィス街の方に来た為、「穴場」のような店に案内されるのかと思い込んでいた生徒たちは皆酒の味を知らないながらも雰囲気のみで酔ったようになっていたが、ここまで辿り着いてさすがに何か様子がおかしいと気付いたようだった。

 俺たちは「どうか動揺しないで欲しい」と前置きした上で、全てを説明すべく口を開いた。

「聴いて欲しいんだ。この()()()()()──禁猟区(ゲーム・エリア)の真実を」

 俺と佐奈が交互に説明する間、皆は最初「一体何の冗談なのか」「ドッキリではないか」などと真面(まとも)に取り合おうとしなかった。

 機能自立型人工知能の存在に、それらが引き起こしたAR事件──”審判の日(ジャッジメント・デイ)”の到来、人間を培養するエリアシステムの成立、自分たちが信じていた過去が、世界の歴史としても個人の経歴としても真っ赤な嘘だった事。全てが、十年以上に渡って保持してきた”常識”に凝り固まった思考では理解の範疇を超えた事柄であったに違いない。それに、この程度の虚構(ものがたり)の創作や筋の通し方、それを記憶しておく事など、エリアで知能を天才レベルにまで高められた皆にとっては初歩的で、「出来ない事」ではなかった。

 しかし、俺が皆の前で(こうべ)を垂れ、オブザーバーの存在と自分がそうであった事を口にした辺りから、戸惑いながらも半ば面白がるように聞いていた皆の空気ががらりと変わった。

「おい、ちょっと待てナハト……不謹慎すぎて笑えねえぞ、それは」

 リオンが、凍りついた笑みのままでそう言った。

 だが、俺が具体的に監視強化と健忘薬の再投与によって記憶を消した者たちの名前に言及すると、遂にその中の一人が震える声で発言した。

「待って、私……その事を思い出した」

「思い出したって、お前……」

 その生徒を皮切りに、複数人がはっと目を見開いた。生徒たちに動揺の(ざわ)めきが伝播する中、リオンが「それじゃあ」と手を挙げた。

「アレクシとシドレーは? 実の両親が見つかった、とかいう理由で突然学校から居なくなったあいつらは」

「俺が、早期出荷にゴーサインを出したからだ」

「嘘だろ? 死んだのかよ、あいつら? 収穫肉(ギャザリング)とやらにされて……」

「そうだ。……俺のせいだ」

「ふ……ふざ」

 一人が、血相を変えて進み出てきた。怯えに飽和していたその空気を振り捨て、満腔に怒りを湛えながら怒鳴った。

「ふざけるなよ! 裏切りにも程がある!」

「最初からエリア側だったなんて言うなよ、俺たちは本気で、お前の事を友達だと思っていたんだ。お前もそれに応じた。お前のやった事は誰が何と言おうが友情への裏切りなんだ!」

 別の一人もそれに続く。それに、他の皆も便乗した。

「先輩たちの事も見殺しにしたのか!?」

「最初から全部知っていたのに?」

「嘘でしょ……こんなの、酷すぎるよ!」

「皆食われたっていうのか? ノードとやらの食糧として?」

「何でもっと早く言ってくれなかったんだよ、ナハト!?」

 裏切り者。見殺し。人非人。全て、事実だ。事実を告げないまま、先輩たちがどうなるか知った上で何年間も放置し続けていたのだから。それどころか、一昨日まではむしろ出荷が円滑に進むよう手引きすらしていたのだから。

 既に進路が決定していた同期生たちの顔は、夢が破れた絶望と怒り、自分たちが今まで家畜として生きていたという驚愕、そしてあと一週間で人生が終わるという恐怖に満ち満ちていた。

 オブザーバーについて言及した時から、説明は全て俺が引き受けていた。事実を知りながら止めようとしなかったとして、たった独りで戦い続けてきた彼女までが糾弾される事は避けたかった。俺のそんな気持ちを受け取ってか、彼女はぐっと唇を噛み締めたまま何も容喙しなかった。

 俺が反論しなかったのは、自らを正当化するつもりはないからだった。これは、俺が甘んじて受けねばならない罰なのだから。

「何で俺たちに夢を見せたんだよ……俺たちの人生何だったんだよ!?」

「知らない方が、幸せだったのに」

「嫌だ……死ぬなんて嫌だよ……っ!」

 段々と、俺に対する怨嗟や糾弾の声は、虚無的な絶望感へと成分を変化させていった。最早声も涙も出ないようになった生徒たちは、やがて誰からともなく緘黙(かんもく)し、魂が抜けてしまったかの如くそこに立ち尽くした。

「もう、放っておいてくれ。どうせ死ぬなら、不愉快な思いはしたくない」

 リオンが言い、きびすを返した。彼に続き、一人、また一人と建物から出て行こうとする。佐奈が、分かってはいたが耐え難いというような表情で、俺の手をそっと握ってきた。

 俺も同じ気持ちだったが、俺はそれを抱え込まなければならなかった。

 皆の混沌とした感情を受け止めた上で、彼らを救わねばならない。

「謝っても許されない事だとは、分かっている」

 俺は、再び口を開いた。

「俺がノードに作られた存在で、人間ならざるオブザーバーで、人でなしだって事も知っている。俺を信じてくれとは言わない、けど、佐奈が皆を助けたいって思っている事は本当だ」

「那覇人、それはあなたも」

 佐奈が言いかけたが、俺は遮るように続けた。

「皆で、ここを脱出する。佐奈はその為に、十年間ずっと独りで抗い続けてきた。オブザーバーとして皆を見ていた俺とは違う、皆の事を大切に想っていたから、抱え込むしかなかったんだ。ノードたちが、俺を差し向ける事がないように……自分のバイタルすら、感情すらも欺いて」

 ふと、入口の扉を開けようとしていた女子生徒が振り向いた。彼女に釣られたように、他の生徒たちも足を止める。

「俺は佐奈にとって、最大の敵であったはずなんだ。それでも彼女は、こんな俺すらも家族だって言ってくれた。俺に、生まれる前に忘れていた人間らしさを取り戻させてくれた。あの時、オブザーバーとしての俺は──ゲニウス・ロキは死んだ。だからこれは俺の言葉じゃない、彼女の言葉だ」

「那覇人……」

 佐奈は潤んだ目で俺を見上げると、数秒の後ごしごしと袖で目尻を擦り、皆の方を真っ直ぐに見ながら言った。

「私は、皆とこの先も生きていたい。もう、私が皆を救うんだ、なんて偉そうな事は言えない。皆の言う通り、本当の事を分かっていながら先輩たちを助けるのを諦めたのは、否定しようがないんだから。私は、救世主(メサイア)なんかじゃない……でも、だからもう諦めない」

 いつの間にか、皆の視線は佐奈に集中していた。

「私は何年も掛けて、ここのシステムを再起不能にする為の仕掛けを進めてきた。最後には那覇人の助けも借りる事になったけど、それが彼の罠じゃないって事はデータが証明しているわ。是非、皆にも自分の目で確かめてみて欲しい。彼を庇おうとする訳じゃないけど、この作戦プランは那覇人の協力がなかったら組み上げる事が出来なかった。

 一週間後、輸送用通路ポルタ・ディ・パラディーゾが私たちの為に開かれる時、計画を決行する。天国(あのよ)への門だったあの扉が、自由の楽園って意味での天国への門ポルタ・ディ・パラディーゾに変わる。脱出した後の事は分からない。今日本がどうなっているのかすらも分からないから……でも、皆が生きたいって思っているなら、一週間後に屠殺される運命は変えられる」

「だけど、外に出てもそこはノードの社会だ」

 誰かがそう呟いた。

 佐奈の静かながら切実な言葉に、同級生たちの顔に浮かんでいた怒気は段々和らいでいったように思われた。だが、代わりに表れ始めたのは、彼ら自身を押し潰してしまいそうな程の不安だった。

「俺たち被食種が人間として生きられる場所なんて、もう何処にも残っていないんだろう? 未来を失った……いや、未来なんて元々なかった俺たちに、絶望以外の何が残されているっていうんだよ?」

「生きてさえいれば、きっと何とかなるよ」

 佐奈は、きっぱりと言い切った。

「ノードに捕まるまで、私たちはそうして生きてきた。スラムでも、”群れ(バンド)”に所属して、その日その日を摘むように。『その日を摘む(カルペ・ディエム)』って、いちばん人間らしい生き方じゃないかな? 今までの私たちは、その選択肢すらも与えて貰えなかったんだから。人生の終わりの日を、勝手に決められて」

「それは……」

「だけど、その未来を掴むには皆が居なきゃ駄目なの。だから」

「俺たちは、それでも……」

 誰かが声を上げかけた時、「待って」と言ったのは、俺が記憶を操作した事を打ち明けた男子生徒の一人だった。

「思い出したよ。俺が記憶を取り戻して、一人で脱出計画を立てていた時の事。あの後、ナハトと仲良くなって計画の事を打ち明けて、彼も賛成してくれた。だけど、ある日彼に誘われて学校の裏に行ったら、捕まって記憶を弄られた」

 皆、驚いたように彼に目を向けた。俺は、何を言われるのかと緊張しながら半ば身構えるような姿勢になってしまう。

 しかし、彼が続けて放ったのは怒号でも糾弾でもなかった。

「その時の計画も、外に出た後の事なんて何も考えていなかったと思う」

「………!」

 俺は、不意を突かれた気がした。

 恐る恐る彼の顔を見る。そこに浮かんでいたのは、諦念ではなかった。

「本当はあの時も、自分が乗っているのが泥船だって分かっていた。だけど、泥船が必ず沈むと決まっている訳じゃないって、理屈じゃなく信じていたんだ。あの時のナハトは、それを許してくれなかったけど──」

 彼は歩み寄って来ると、俺と佐奈の肩に手を置いた。

「今なら、許してくれるんだろ?」

「ルノー……」俺は、胸郭の中で心臓が大きく打つのを感じた。

「どうせいつか死ぬんだったら、せめて生きているように生きたい。だから俺は、二人を信じる」

 途端、俺の緊張の糸がぷつりと切れた。

 思いがけない安堵と正体不明の確信が、固まった心を融解させていく。俺たちなら大丈夫だ、という、根拠のない確信。唐突に萌芽したそれを、俺は佐奈のように、論理ではなく信じてみようと思った。

 俺が理屈だけで動く機械的な人間でない事を、そこで皆が知ったようだった。立ち去りかけていた生徒たちが、一人ずつ戻って俺たちの周りに集まって来る。

(皆を、絶対に生きてここから出すんだ)

 最大の課題(プロブレム)が解決された事を悟った時、俺の中でその決意は不動のものとなった。

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