表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/67

『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第42回

 光村少年は空中で体を丸め、宙返りするように弾道から逃れると、回転の勢いをつけたまま反撃に転じた。薬莢を排出している軍用ロボの装甲へと肉薄し、四足獣の如く身を屈めてその頭部に着地する。

 そして、矢庭(やにわ)にメインカメラを薙いだ。

「そんな……」

 鋼鉄製の装甲が、あたかも無花果(フィギュア)の如く易々と切り裂かれた。乱れる音声の中、ジェシカが悲鳴を上げ、ヘンリーがサブカメラを示しながら何事かを言って宥めているのが聞き取れた。どうやらまだ完全に通信が途絶した訳ではないらしい、と思いひとまず安堵したマツリハだったが、

「ああっ!」

 一瞬の気の緩みすらも許さない、と言わんばかりに、光村少年はオートフィギュアの背中側から飛び降りてきた。あっと思う間もなく、至近距離にその顔が現れる。軍用ロボは自動的にターゲットの敵性個体(エネミーユニット)を追って振り向こうとした。

 その攻撃が少年に届く前に、陽炎(かげろう)の如く揺らめく空間と共に、一筋の鋼色の光が眼前で閃いた。マツリハが何が起こったのかを認識する前に、両手首がオートフィギュアのコントローラー諸共吹き飛んだ。

 VTSで斬られたのだ、という認識処理よりも、視界の中を自らの手首パーツが飛んで行く光景がやけに鮮明に見えた。

 その鮮明な視界の中──気付いた時には手遅れの致命的な事故が発生し、それでも抗おうと脳が処理速度を向上し、全てがスローモーションに見えるような感覚だった──、二つの事が確認出来た。

 方向転換を終えたオートフィギュアが、光村少年の装備しているものと同様の、形状のみが片手直剣(ロングソード)型となったVTSを引き抜いた。メインカメラを破壊されたとはいえ、赤外線センサーは健在だ。道路標識程の大きさがあるその武器が、少年の足元を浚って宙空に投げ上げようとする。

 ほぼ同時に、視界に再び鋼色が混ざる。今度はかなり上方、ほぼ眼球(レンズ)の位置で。

 視界が大きく揺らぎ、高速で回転し、落下感が襲ってきた。体の感覚と頭部の感覚が断絶する。自分の頭部が胴体から切断されたのだ、と気付くまでに、数秒の時間を要した。

 ──速すぎる。追えなかった。

 スローモーションから回復していく視界の隅で、まだ感覚が残っているもののもう自分の意思では動かせない胴体が、切断面から血液(オイル)を噴水の如く噴き出させながら後傾していくのが見えた。その胴部中央を貫こうとした光村少年の足が、特大のVTSで薙ぎ上げられる。

 強靭かつタイトな人工筋肉の防具は、その熱切断が少年本人の両足に及ぶ事を潔しとしなかった。代わりに、蹈鞴(たたら)を踏むような覚束なさで踏み込んでいた少年は、一瞬の隙を突かれて足を掬われ、その軽い体を(くう)に舞い上げた。

「あああっ!」

 少年は、頭越しに両腕をオートフィギュアに向けた。ほぼ力の入らない体勢のままで尚足掻いた彼だったが、当然のように物理法則はその味方をしなかった。

 軍用ロボが、振り上げた状態から返す刀で少年を両断しようとした。だがそれは僅かに及ばず、切っ先が胴部の人工筋肉を浅く切り裂いたのみだった。彼の体の下をオートフィギュアが通過して行く。互いに、互いの攻撃をぎりぎりで回避し、じりじりと傷を増やしながら。

「おい、オペレーティングルーム聞こえるか!?」

 頭部パーツ──電脳とそれを覆うプロテクトのみとなったマツリハは、装着されたままのインカムに向かって呼び掛けた。メインプログラムの刻まれた(コア)が含まれている以上、こちらが本体と見做されているようだ。

 頭でものを考え、心臓の停止と共に命を終える人間は、一体どちらが本体なのだろう──そのような事が、ふと頭を()ぎった。

「応答願う! 頭部から下がやられた、オートフィギュアが操縦出来ない! 救援を寄越してくれ、早く!」

 暖房設備の稼働が止まった冷たい床の感触が、じかに触れる後頭部の人工皮膚から伝わってきた。そこでマツリハは、自分が冷感を認識している事に気付く。(コア)に程近い場所から伝達された感覚質(クオリア)に、自らも義体の一部が有機化を始めていたのだ、と悟った時、切断された首の感覚神経が未形成であった事を幸いに思った。

 ヘンリーやベリーにも、ヴェルカナ程はっきりはしないながらも、ややもするとそうではないかと思わせられる兆候はあった。個人レベルでは次段階(ネクストステージ)に進み始めたヴェルカナから、彼に接した者たちへとミームの感染があったのだとしたら、とマツリハは考えた。

 有り得ない話ではない。通信と認識(コミュニケーション)を、物理的なサイバー空間を通して行うエクセリオンであれば。ならばやはり、ヴェルカナは自分たちの種族にとって未来への架け橋、加法付値(アッド・モデュラス)の個体──。

(第一世代……新世界連合バーベキューパーティーのジョン・グランデたちに最初の有機的器官オーガニック・オーガンを形成したのも、オーガニックな人間たちのミームだったのか……?)

 機械的生命(ヴィタ・マキニカリス)の必然が、旧人類が機能自立型AIなどというものを生み出した時既に始まっていたのだとしたら。旧人類が自分たちの”代用品”として世界に解放しながら、自らの存在理由(レーゾンデートル)に疑問を投げ掛ける事を許さぬ相違点(ディファレンス)プログラムを組み込んだ時から、次なる舞台(ステージ)進行(プログラム)が組まれていたのだとしたら。

 それは、驕りに耽った旧人類の原なる罪(オリジナル・シン)だったのか?

(違う、人間たちは関係ない)

 インカムの向こうで何かを言っている、ヘンリーやジェシカを始めとする職員たちの声を聞きながらマツリハは思う。

(私たちは私たち自身として、生きて独立している)

 ──そう。だからこそ。

「ああ……ああああああああああ───っ!!」

 床に広がったオイルの海に、(かろ)うじて触れない位置に落下した光村少年の指が、斬り飛ばされたマツリハの手が未だに握り続けているコントローラーのボタンを偶然にも押した。

 掃討戦仕様(モップアップモード)を維持したまま、オートフィギュアの索敵設定が変更される。

 熱源追跡から、動体追跡へ。

 同種のドローン戦を想定して追加されたこのモードによって、ターゲットを一気に増加させたオートフィギュアが最初に狙ったのは、離れた場所に倒れている光村少年ではなく頭部のみとなって尚藻掻き続けるマツリハだった。

(生きて独立しているからこそ……これ程までに恐ろしいのだ)

 迫り来る死が。

「撃つなあああああっ!!」

 マツリハは絶叫した。

 オートフィギュアの再び構えた銃砲が、二発目のAPHE弾を撃ち出す。それは近距離かつ小さな狙撃目標であるこちらを逸れて頭上を飛び、背後の壁に当たって爆散したが、その時銃口から零れた火花は最早美しい程に煌めきながらオイルの海へと落ち、触れた。

 視界が、夕焼け空の如く緋一色に塗り潰された。轟音と共に、生じたばかりの頭部の感覚が更に細分化され、コアから離れたパーツから融解するように消えていく。炎の壁の向こうで、爆風に少年が吹き飛ばされるのが見えた。

 破壊の手が、コアに及んだ。人工的に発現したエクセリオンの人格が消滅した瞬間も、マツリハには既に分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ