『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第37回
㉑ ハミルトン
「……なるほどな。マツリハが動いたか」
黒スーツのエクセリオンから報告を受けると、ハミルトンは北叟笑んだ。彼は、今自分の声掛けに応じて集結した猟友会のメンバーではなく、東京から連れて来た情報セキュリティアセスメント課の主任だった。直属の部下であり、自分にとって腹心ともいえる個体だ。
自分の背後では、猟友会の仲間たちが自分たちの出番の来るのを待ちながら、浮足立った様子で猟銃をしごいている。
「彼曰く、向こうで採り得る策が全て失敗に終わるまでフォス・アーベント──培養被検適応個体・光村は動かすな、との事でした。私がこうして報告する前に奴を解放してしまって、本当に宜しかったのでしょうか?」
「いい。最早、彼の意思など関係ないのだよ。彼は、エクセリオンとしての本質から大きく逸脱し、社会的調和を乱しかねない異端。いわば、異常個体だ。先程あのヴェルカナ・ロズブロークと話したが、彼もまた常軌を逸している。やれ完全有機化だの、次世代だのと騒いでいるが、彼らが手を結んで内閣府を誑かしたりなどしたら我々の社会構造は破綻だ」
「仰る通りです」
黒スーツは、阿諛追従には感じられない淡々とした口調で言う。
ハミルトンは、被食種に銃口を向けて引き金を引く時の感情を思い起こした。
旧時代の”摂理”とやらに則っていうのなら、この世は強い者が勝ち、弱い者が滅びる。被食種たる人間はかつてそれを真理の如く説き、下等生物を支配していた。自らSociety 1.0を捨て、自然界の食う食われるの相関関係からドロップアウトしておきながら、その知能と文明によって自分たちを最上位と定めた。アフリカのサバンナで猛獣に襲われれば、食われるしかないのにだ。
彼らに弱肉強食を語る権利があったというのなら、被食種によって生み出された自分たちは、進化の系譜を外れても尚その命題の中で機械的生命に服い彼らを支配すべきだった。
自分たちが、強者たる人格的存在である事を、即ち被造物ならざる独立種の生物として世界に生きている事を実感させられる狩猟の愉悦に勝るものはなかった。これを野蛮だと非難する権利は誰にもなく、またそうする事はエクセリオンたる自分たちのアイデンティティをも否定するという事だった。
下等生物の中には、旧人類よりも遥かに長い寿命を持つものも、短いものも存在した。十五年というエクセリオンのそれは、それだけの時間で個人が十分に文明の為に役割を果たせる為であって、わざわざ引き延ばす事で”安定”と意義付けるものでもない。寿命と引き換えに敢えて壊れやすいオーガニックな肉体を求め、敢えて旧人類との共存を望むヴェルカナなどは言語道断の存在だった。
「ここだけの話だがな、私はあの光村少年──いや、この際わざわざ人権ある名で呼ぶ必要はなかろう。先代の符丁名と語感を揃えて『区分外の王』とでも呼称すべきだろうな。奴に、マツリハも破壊するよう命じた」
「会長を、破壊?」
さすがに、そこで黒スーツの彼に戸惑いが生じたようだった。誰かに聞かれはしないだろうかと窺うように周囲を素早く見回し、目を見開くように複眼レンズを散大させる。
「狩るべき相手は、侵入者では……」
「アウトガーダ・ロキが侵入者を狩る前に、マツリハを片付けた方が何かと都合がいい。まずコールブランドがやられ、ロズブロークが表に現れない以上、私がここを支配下に置く事が出来る。大手を振って施設内で猟友会を動かせるし、その方が侵入者の討伐も行いやすくなるだろう」
「それは、重大な規則違反になりませんか? もし、露見などすれば……」
「安心したまえ、露見などさせるものか。それに、関ネオ時代のハスウェル氏は常々言っていた。もし、自分の次の指導者がその器に相応しくないようであれば、私が次の会長に収まるように、とな」
ハミルトンは言い、部下の頭越しに吹き抜けの二階を見上げた。そのタイミングを狙ったかのように、頭上から巨大兵器の駆動音が響き出す。このエリアに配備されたオートフィギュアが起動され、誰かが”行動”を開始したのだ、と思った時、自然に笑みが零れた。
──なるほど、彼も彼なりの覚悟が出来ているという事か。しかし如何せん、自分と彼では見ている世界が異なるのだ。
「十年前の事件が、部長の中でも終わりを迎える訳ですね」
「ああ、終わりの始まりだ。奴らに見せつけてやる、真に社会的存在であるとは、どういう事なのかをな」




