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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第23回

  ⑪ ベリー


 ベリーが侵入者騒動の発生を知らせる業務用ホログラムメールを受信してから二時間程が経過した頃、施設には怪しげなエクセリオンの一団が現れ始めていた。マツリハのように正面から来るのでも、侵入者が通ったと思われる「輸送用通路ポルタ・ディ・パラディーゾ」からでもなく、”街”からわざわざ裏の駐車場に大回りして来た。

 彼らはオフロードワゴンを駆り、無骨な猟銃を担いでいた。身に着けているものはトレンチコートと鹿撃ち帽(ハンチング)禁猟区(ゲーム・エリア)にあるまじき狩猟(ゲーム)の態勢に、吹き抜けの上の渡り廊下で様子を窺っていたベリーはマスク上の眉を潜める。

「やあやあ、よく来てくれた。去年の入荷の時以来か?」

「ああ、久しぶりだな。でも、急に呼び出すなんてどういう料簡だ? IDなんかねえけど、『魔弾の射手(フライシュッツ)』の旦那の名前出したら通されたぜ」

「やっぱ、俺らが居ちゃマズいんじゃねえかなあ」

「その点は心配要らない、俺の本業は管理部門だ。マツリハの今回の訪問意図は分かっている、俺たちはそれを利用するんだ。人工発芽(ジャーミネーション)の産物たる被食種第二号が、食う以外の目的で使えるかどうか」

 ──猟友会(バイキング)

 彼らの生け捕りにした商品(プロダクト)の子供たちをエリアに連れて来るのは、グループの許諾を得た専門の業者たちだ。職業適性の外で、狩りという行為そのものに悦楽を見(いだ)すハンターたちがここに居る……えもいわれぬ「嫌な予感」が込み上げてくる。

 その中で、ベリーは猟友会(バイキング)の頭領と思しきエクセリオンと話している一個体を見て思わず声を上げかけた。あの白髭は、昨日会長よりも一足先にこのエリアを訪れていたハミルトンではないか。

 彼が趣味で猟友会(バイキング)に参加し、狩肉(ジビエ)の卸売りも行っている事は知っていた。ハンターたちに対して馴れ馴れしい事には肯けるが、という事は彼がここに猟友会(バイキング)を招き入れたのだろうか?

「『魔弾の射手(フライシュッツ)』さんよ、あんたは一体会社員なのか科学者なのか、それとも猟師なのか分からねえな」

「根っこは同じようなものさ、俺たちエクセリオンの社会を動かす土台っていうとこではな」

「だから、実地テストか? 被食種を猟犬(ハウンドドッグ)に?」

「面白いものが見られるぞ。楽しみだろう、被食種(アンダードッグ)による人頭狩り(マンハンティング)は?」

 白髭は、ベリーの居る位置からでもはっきりと分かる程、人工皮膚のマスクとは思えない程の獰猛な笑みを浮かべた。ベリーは(しば)し見ていたが、やがてざわざわという背筋の粟立ちを感じた。オーガニックな生理現象ではない、副機能(オプション)だ。

 ポケットからHMEを取り出し、リアルタイム通話モードにする。コールは五回以上続き、やっと止まった。

「あ、もしもし!? ベリーです、先生、ヤバいですよ。あの白髭、騒動に乗じて何か始めるつもりです。猟友会(バイキング)が集まって……先生?」

『お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか、もしくは電源が……』

 こればかりは旧時代と変わらない、機械的な電子音声が鼓膜(マイクロフォン)を打つ。コールが止まったのはヴェルカナが応答したのではなく、先程まで何度も聞いたこのメッセージが流れる為だったらしい。

「何やっているんだよ、先生……」

 尊敬する彼に対する独り言が、時間経過と共に無意識に毒()くようなものになってしまう。

 生徒たちにも確認を取った事だが、ヴェルカナは今日の午前中から忽然と行方を晦ましている。侵入者の行動は、輸送用通路の通過時点でエクセリオンの破壊にまで及んでおり、エリアに対して明確な害意を持った者である事は明らかだ。ヴェルカナはまさか、奴の手に掛かってしまったのではないか──そのような抑え難い不安が、ベリーの心を苛立たせていた。

 経営陣は、この騒動への対応は裏だけの沙汰として済ませ、殊更(ことさら)に生徒たちに防犯警報を発令したりはしないという方針だった。不要の混乱を招きかねないし、処理を誤れば彼らに施設の本質を知らせてしまう事に繋がるだろう。しかし、一方で侵入者がエリアシステムを破壊する目的で現れたのなら、避難しない生徒たちの前に姿を見せて真実を喧伝してしまう可能性もある。

 ヴェルカナ先生は、上層部のこのような考え方を容認するだろうか?

 ふと、ベリーはそのような考えを()ぎらせた。

 自分は、あの白髭のように敢えて旧人類を嘲弄し、序列(シリアル)を思い知らせるように暴力的な接し方はしない。むしろどちらかといえば、親しみすら抱いている。とはいえその気持ちは、白髭が昨日()しくも適切な例を出したが、旧時代の動物喫茶(アニマルカフェ)の客や展示施設の飼育員のようなものだ。彼らに自分たち新人類(エクセリオン)と同等の権利を、と、保護団体のような事を声高に叫ぼうとは思わない。

 他方、ヴェルカナは彼らを人種の一種として受け止めている。姿も言葉も自分たちと変わる事なく、特にここで英才教育(グローアップ)を施されている子供たちは知能もエクセリオンと遜色ないレベルなので誤解してしまっているようだが、ベリーはそのような彼の価値観を”誤解”で済ませたくはなかった。

 ヴェルカナは、自分たちが被食種の命を喰らっているという事を意識し、感謝(レッツ・イート)の気持ちを込めて彼らの肉に相対している。一方で、自らのそのような行為に矛盾に近しい嫌悪感を感じている事も分かる。ベリーは、今のエクセリオンと旧人類の食物連鎖的な関係を仕方のないものだとして割り切っているので、恐らくこの先もヴェルカナと分かり合える事はないように思う。

 けれど、それでも自分にとってヴェルカナの”筋”の通し方は尊敬すべきものであり、彼の元で学べる事は光栄な事だった。彼は謙虚でありながら、ここぞという時には我を通そうとする。昨日も白髭と火花を散らしそうになっていた事がある、今日も警報を発令するの発令しないのなどという事で、上層部と一悶着起こしているかもしれない。

(先生、いい個体(ひと)なんだけど頑固なんだよな……)

 リアルタイム通話が繋がらないというのなら仕方がない。ベリーはHMEをメールモードに戻し、猟友会(バイキング)出現の旨を吹き込むと、入力された文面に誤変換などがない事を確認してから送信する。

 出来るだけの事はしたのだ、この上で彼が出てこないのであれば仕方がない。

 直接探しに行くか。ベリーは思い、物音を立てないようにその場から立ち去ろうとした。

 その瞬間通話モードに着信があり、驚いて躓き、フェンスに腰の辺りを(したた)かに打ちつけてしまった。無論痛覚はないが、反射的に「痛てっ」と言ってしまう。悪態をつく時に「畜生」と言うのと同じようなものだ。

「はい、こちら培人学部」

 応答すると、相手は詰めていた息を吐き出すような声を出した。

『ああ、ベリー君良かった! 今、何処に居るんだい?』

「ヘンリーさん?」

 オペレーターのヘンリーだった。同じ工場出身で一つ先輩の彼は、普段から生徒たちのバイタルデータを届ける際などに、同郷の(よしみ)などと言ってよくベリーに絡んでくる。しかし、今の彼の声からは普段の陽気で軽薄な感じは薄れ、回線越しでも伝わる程に向こうの空気が張り詰めているのが感じられる。

 ベリーは、思わず居住まいを正した。

『ヴェルカナ先生はそこに居る? 連絡しなきゃいけない事があるんだけど、HMEが繋がらなくてさ』

「やっぱり、ヘンリーさんも?」身を乗り出しつつ言う。「僕の方も、同じような感じなんですよ。探していますが、手掛かりもなくて。生徒たちに聞いたら、補講にも出ていないんですって」

『そうか……参ったな』

「何か、新しい動きがありましたか?」

『………』

 ヘンリーは数瞬の緘黙(かんもく)を経、やがて(おもむ)ろに言った。

『いいかな、ベリー君。落ち着いて聴いてくれ。コールブランドさんが、侵入者に破壊された。今、現場に警備隊が向かっているよ』

 ベリーは、視界が急速に狭窄を起こしたように思った。常に一定の速度で血液(オイル)が流れている自分にも、旧人類が使っていた「血の気が引く」という慣用句(イディオム)の意味が分かったような気がする。

『オペレーティングルームには来るな。君は引き続き、ヴェルカナ先生を探す事に専念して欲しい。ここから先は、培人学部主任研究員の彼に懸かっている』

 ヘンリーの声が、やけに遠くから聞こえるような気がした。全身を駆け巡るオイルが下半身の方に沈殿してしまったかのような、頭がふらふらするような、それでいて体が重いような感覚。

 それを純然たる”恐怖心”なのだと理解するまで、数分を要した。

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