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『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第18回

  ⑧ NACHT MUSIK(現在)


 裏F棟の主な監視設備を無効化すると、私は十年前の記憶に従って廊下を歩き始めた。私のエリア時代からここに居るノードたちは、新たな監視者(オブザーバー)が未だに保存されているとすれば、その存在は隠しているだろう。管理教育システムに、それを適用される側である被食種を組み込み、挙句手綱を握りきれず反逆された。メディア上で見れば立派な不祥事(スキャンダル)だ。

 あのような結果ではあったが、私たちは確かに支配者たちに一矢報いたのだ。そう思えば多少は溜飲が下がるかと思われたが、それで払われた犠牲が帳消しになる訳でもない。

 自身の”復讐”を成功と決定づける条件は、私の中で二つ設定されていた。

 一つ目は、ここのエリアシステムを再起不能にする事。

 二つ目は、地霊(ゲニウス・ロキ)・鷹嘴那覇人に取って代わるはずだった二代目オブザーバー、光村を救出する事。あの事件という失敗から、エリアは恐らくもうオブザーバーを登用してはいないだろう。だとすれば、私がここに居た頃には既に生み出されていた光村は、まだ覚醒させられずに”保存”されているはずだ。

 その場合、彼が既に食われているという可能性については考えていた。だが、このエリアの目的はノードが機械的生命(ヴィタ・マキニカリス)から解放される新時代が到来するまで旧人類の遺伝子を保存し、知能を育成してノードのそれを育む材料とする事。流動性知能が未熟な彼を、”処分”と称して収穫肉(ギャザリング)にする必要はない。

 それでは、ただ殺処分されたという可能性は? これもまた、(つら)い事ではあるがしっかりと検討していた。一度目のオブザーバー登用の際にノードたちが把握したであろう事だが、人間の生殖細胞を培養しながらも人為的に成長を促進し、ナノマシンを内部器官に使用した彼ら──培養被検適応個体は、完全有機化(フルオーガナイズ)に至るノードの段階的進化の過程に非常に近しい部分があるのだ。

 有機的器官オーガニック・オーガンの自動生成が、どのようなメカニズムで起こっているのか。法則性はあるのか。どのように調整すれば、ノードは自分たちを次段階(ネクストステージ)に進める手順が獲得出来るのか。覚醒プロセスを無制限に延期し、培養を続けられる二代目のオブザーバーは、まさに貴重な生きた標本(サンプル)だ。資本も相当投資したのだから、そう易々と手放すには惜しいはずだ。

 絶対に助けてやる、と心に決めた。何故なら、彼は私の──……

「……っ!」

 また一際(ひときわ)強い激痛が癌腫の如く脇腹に走り、私は考えるのを()した。今はまだ、重すぎる感情──否、感傷を持ち込むべき時宜ではない。

 私は各棟の制御盤を窓口に、どのように各部屋や設備にネットワークが張られているのかを調べていた。一つ目のノルマを達成するにはエニグマを押さえる必要があったが、システム全てがこちらの手に堕ちれば、逆説的な言い方にはなるが管理者たちは怖いものなしになる。攻撃者である私に対して、総力を挙げて反撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば、生徒たちの解放と自らの脱出で手一杯になり、光村を探し出す余裕はなくなる。

 先に、二つ目のノルマを完遂せねばならなかった。このようにして捜索し、封鎖された隠し部屋でも見つかればこちらのものだ、と私は思った。

「貴様か、侵入者は!」

 と、背後から怒声が浴びせられた。

 振り向くと同時に、頰を掠めて銃弾が飛ぶ。いきなり実弾か、と少々驚いたが、やはり一発目はマニュアル通りの威嚇射撃だった。

 身構えつつ相手の顔を見ると、それは見覚えのある人物だった。

「エミリオ・コールブランド、経営総責任者が自らか」

 私たちが起こした事件の三年前に製造された、私のエリア時代の記憶では比較的新しい方に属するノード。前経営者が使用期限を過ぎ、工場行き(ロールバック)になってから新品同然でやって来た彼ももうあと二年で同じように交換になるのか、と思うと、時の流れの無常さ、無情さが身に染みて分かる。

 ──十五年。旧時代、最高で百歳を超えた日本人の平均寿命からすれば、あまりに短い彼らの寿命(スパン)。しかし、それも偶発的な要因さえあれば幾らでも短縮される。例えば、彼らよりも残された時間が少なく、最早失うものの何もない被食種に遭遇してしまう、など。

 私はコートの内側に右手を潜ませ、嗤笑した。

商品(プロダクト)じゃないんだし、そう死に急ぐ事もなかろうに」

「動くな! 威嚇はもう済んだ、妙な素振りを見せたら即座に撃つぞ!」

 コールブランドは、銃床を肩に密着させる構えで油断なくこちらを狙っている。その、軍や警察とは異なる独特のポーズに、私は嗤笑が苦笑に変化する。

「やれやれ、不審者相手に猟銃かよ。そういうとこ、ちゃんと文明に着いて来ていないよな」

 私は呟き、両手を挙げつつ頭を振ってフードを払った。顔を見せた瞬間、コールブランドの全身が細かく顫動し始めた。

「き、貴様は……」

「歳の割にスラム生活で大分老けたし汚れちまったけど、やっぱ面影はあるか? お前がすぐにぴんと来てくれて嬉しいよ。()()()()が、一生徒の顔をそこまで細かく見ているとは思わなかった」

「いや、確かに貴様は……そうか、わざわざ舞い戻って来たと……」

「そうだ、戻ってきたんだよ。けりを付ける為に」

 言いながら、また胸の奥に鈍痛が走った。それは、拒絶反応によりギシギシと軋む全身を這うように私を苛み、オーガニックな何かを腐らせていく。脱走の際、死んでいった仲間たちの顔が浮かび、挙げた両手に力が込もる。

 機関手(ジンギスカン)から、バチッと火花が散った。

「それは、ここに居る千人近い被食種どもを救うという事か? 既に多くの同胞を死に追いやっておきながら……思い上がりも甚だしい」

生憎(あいにく)様だな、それくらいの自覚は私にもあるさ。今更救世主(メサイア)を気取るつもりはないよ。……どちらかというと、裏切り者(イスカリオテ)を名乗るべきかな」

「来るな!」

 コールブランドがやたらと声を上げるのは、あからさまな虚勢だった。私は両手を挙げたまま、摺り足で彼に接近する。彼は怯えたように震えたまま、私が近づいた分数歩後退(ずさ)った。照準は既に定まっていない。

「私は聖痕(スティグマ)なんて持っていないし、救うべき人間は多くを救い損ねた。だから」

 皆までは言わなかった。そこまでを口にするや否や、私は姿勢を低くして飛び掛かる。肉食獣が獲物に奇襲を掛ける時のように、半ば跳躍に近しい一歩で素早く距離を詰める。

 制空圏に入った瞬間、反射的にコールブランドが引き金を引いてきた。が、銃口の位置と銃弾の軌道からしてこの低姿勢では当たらない。

 ──やはり、彼は二年後の使用期限を迎える事はない。

 今ここで、私に破壊されるのだから。

接続開始(コネクト・オン)

 擦れ違いざまにバールを抜き、左腕を伸ばして機関手(ジンギスカン)で彼の肩に触れつつ、耳元(マイクロフォン)に囁き掛ける。コールブランドは、はっと瞳孔(アパーチャー)を散大させた。

 メインプロシージャ、全エイリアスのトレース完了。挙動方針、観察並びにデバッグ開始。

 彼はこちらの機関手(ジンギスカン)に気付いたらしい。自分のメインプログラムに対して、今何が行われているのかを。覚悟を決めたように金属頭蓋を(よろ)っていた人面マスクをかなぐり捨て、猟銃の砲身を私の頭に振り下ろしてきた。

 私は、殊更(ことさら)に労わるつもりがなくても本能的に動きに制限を掛けてしまう体を半ば反射だけで動かしていた。左耳の真上で暴発が起こり、体幹を(つんざ)くかのような破裂音ががんがんと頭蓋骨の中で(こだま)する。

 比喩ではない痛みを覚え、顔を顰めながらも私はバールを振り上げた。砲身の頭への直撃を避け、弾くように思い切り跳ね上げる。バキッという音がし、コールブランドの左手があらぬ方向に曲がった。人工筋肉の破片と、(ひしゃ)げたネジが血液(オイル)に混ざって降り注ぐ。

 落下した猟銃を蹴り飛ばすと、同様に足も封じようとバールを低位置で振るう。しかし、その先端が彼の足に引っ掛かった時、彼は爪先で私の顎窩を思い切り蹴り上げてきた。

 ──急所。強打されれば、脳震盪を起こす可能性もある。

「貴様……調子に乗るのも大概にしろよ」

 コールブランドが、恫喝するような声を上げた。肩口から頸動脈の辺りを踏みつけられる。元の肉体と義体パーツの接続箇所を攻撃され、激痛が脳天を貫く。その痛みが、飛びかけた意識を(かろ)うじて繋ぎ留めてくれた。

「外の奴らは破壊出来ても、私が居る限りたかが連続殺人鬼の被食種に、ここをいいようにはさせない」

「……分かってるよ、そんな事」

 体内から込み上げた金臭い味を吐き出し、血飛沫(しぶき)を飛ばしながらも私は叫んだ。

「だけどね、こっちにだって意地があんだよ!!」

 頭越しにバールを薙ぐ。コールブランドの腰の辺りから火花が散り、彼が身を引いた一瞬で床を蹴る。膝の撥条(ばね)だけで立ち上がると、再び迫り来るコールブランドを正面から捉え、体を開く。こちらも直線軌道で向かって行き、機関手(ジンギスカン)で彼の義体(ボディ)中央に正拳突きを入れる。

 弾性のある人工筋肉を纏わないこちらの腕が、彼の胴部を穿った瞬間に大きな反応が届いた。

 掌握完了(コンプリーテッド)。見えた──彼らの「存在理由(レーゾンデートル)」。

「『開け』!」

 叫ぶと同時に、全身をしならせてバールを振るった。

 コールブランドの(コア)を覆っていたプロテクトが解除され、開きつつある隙間に当たった鉄が、腕に確かな震動を伝えてくる。それはやがてコアを通り抜け、無機質な光を放つ廊下の天井へと昇っていく。

 遠心力に任せて体の前後を百八十度回転すると、これから起こるであろう事を予期して背中を丸め、衝撃を殺す姿勢に入った。

 零れ出した血液(オイル)に火花が触れたのか、私の背後で倒れ込んだノードは爆発音と共に炎を上げ始めた。震動が、軋む体とびしびしと共鳴する。私は殊更(ことさら)に振り返り、敵の最期を看取りはしなかった。

 エリア在籍中に娯楽の一環として観た旧時代の特撮でも、悪者は倒されると爆発していたな、という事をぼんやり思い出していた。

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