『禁猟区 聖痕なきメサイア』 第10回
⑤ 類
一昨日、二〇九九年の十二月。今から一年と二ヶ月半前の事だ。
昼休みの後、先生たちの言う僕たち「悪ガキ三人組」が午後の授業の準備の為に一旦お開きになってからだった。多くの授業を一緒に履修している麗女翔と杞紗が視聴覚室に行き、僕は運動着に着替える為部屋に戻っていた。
「おーい、ルイ!」
扉がけたたましくノックされ、こちらの返事も待たずに麗女翔が外から開けた。すぐに出るつもりで鍵を掛けていなかったのも悪かったが、インナーだけになっていた現場にいきなり踏み込まれ、僕は悲鳴を上げてしまった。
「うわあっ!?」
「何だよ、情けない声出して。男同士じゃねえか」
麗女翔は遠慮なく入って来ると、僕が抗議する暇も与えず「頼みたい事があるんだけど」と言ってきた。
「キサは?」
「先に行って貰った。忘れ物したから、取りに戻るって言って」
彼は、SDカードを取り出してこちらに渡してきた。
「何これ?」
「ちょっとしたおふざけ。ヴェルカナ先生のPCのデータをコピーした」
麗女翔はどっかりとベッドに腰を下ろし、事もなげに言った。あまりにもあっさりと言われたので、僕は一度「ふうん」と相槌を打ってから、数秒間のラグを経て「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いつの間にそんな事を? バレたらめっちゃ怒られるよ?」
「バレるだろうけど、まあ何とかなるだろ。どうせ悪童で通ってるんだし。それに俺さ、怒られてもやりたいんだ。今年は奮発して……」
「クリスマス?」僕はぴんと来る。
「ああ。キサにプレゼントがしたいんだ」
「それなら去年までも、三人で交換会やってただろ。街でも遊んだし……キサと二人きりになりたいなら、僕はどうとでも都合がつけられるから問題ないって毎年言ってるのに」
「それはだな、去年までの俺が初心すぎたのがいけなかった。今年こそはちゃんと本気なんだよ。だから、ここまでは念入りに準備したんだ。大変だったんだぞ、授業前の短時間で仕込むの。傍受は周波数特性が把握出来れば大抵何とかなるけど、ハッキングって思ったよりムズいのな。お前、やっぱ凄いよ」
反応に困る褒め方をされ、僕は眉間を揉む。
「何をどうしたらクリスマスサプライズからハッキングに繋がるんだよ……卒業して外に出ても、犯罪に走って逮捕されたりしないでよ?」
「大丈夫、その時は上手くやるさ」
「やる気満々じゃないか!」
僕がツッコミを入れると、麗女翔は「まあ冗談はさておき」と咳払いをした。ベッドから腰を上げ、姿勢を正すと、いつになく真面目な調子で「頼む、ルイ」と合掌してきた。
「買いたいものがあるんだ。外から、インターネットで」
「街での買い物じゃ駄目なの? それか、ヴェルカナ先生に言えばネットショップで注文して貰えると思うけど」
「ここからアクセス出来る買い物サイトの品揃えなんて、たかが知れてる。まあ、そりゃそうだよな。カタログはこっちで見られるようになっているんだし、指定外の薬とか危険物とか……それこそ未成年者の健全な育成に悪影響を与えるようなグッズとかは、扱える訳がない」
「レナート、確認だけど、本当にキサへのプレゼントを買うんだよね?」
「ああ、いや悪かった、いかがわしいグッズっていうのはものの喩えであって……分かるだろ? 俺の顔が冗談言っているように見えるか?」
麗女翔は柏手を打った。
「キサの実家が東京にあって、浅草の銘菓なんだよ。あいつ、ばあちゃんが日本人の四半混血で、米連上陸以前からの由緒正しい家柄なんだ。仙台に越してきた事も、ここに入学する事になった経緯も、よっぽどトラウマなのか相変わらず聞けないでいるけど……だけど、店は今でも続いているみたいでさ。前々から、そこのお菓子がもう一回食べたいって言ってた」
「なるほどね、ローカル品は確かに買えないか」
「だけど、先生たちは県外から派遣されている人も居る訳だし、備品とか教材とか入れるのに同じサイト使っている訳じゃないし。上の使っているシステムにアクセスしたいんだけど、その為に必要なデータがこの中に入っているかも」
僕は、そこで麗女翔の「頼み事」の内容に思い至った。彼は、自力でハッキングして入手したヴェルカナ先生の端末データを用い、職員用のコンピューターをもまたハッキングするつもりなのだ。
「それを、僕にしてくれと?」
杞紗に対する麗女翔の純粋な想いについては、僕も重々承知している。今回の一件が、いつも彼の仕掛ける悪戯のような興味本位や不純な動機でない事は明らかだ。僕は強く断る事は出来なくなったが、それでもまだ揺らいでいた。
「さすがにヤバいんじゃないかなあ……ヴェルカナ先生までなら規則違反で許してくれそうだけど、学校のシステムまで行くとれっきとした法律違反だ。内々で済まなかったら、裁判所に動かれる事にもなりかねないよ」
「それは分かってる。だから、バレるリスクがいちばん少ない方法を採れるのが、お前しか居ないと思ったんだ」
彼は「この通りだ」と頭を下げた。
「あいつの喜ぶ顔が見たいんだよ。もし正直に言って、ヴェルカナ先生が特別な対応をしてくれるとしても……俺、あいつに本気だって伝えたい。それに、女の子に渡すクリスマスプレゼントの為に学校のシステムを使いたい、なんて……恥ずかしくて言える訳ねえよ……」
「………」
彼の目が泳いだ。合わせた掌の陰で、その頰が微かに赤らんでいる。
僕は、少し気分が高揚してきた。陽性の性格で、一見チャラそうにも感じられる麗女翔の一途なところは僕も好きだし、共感を持っている。それに、彼が杞紗の為にそこまで頑張っているという事が嬉しかった。
確かに随分と長い間、彼と杞紗の間には進展がなかった。去年まで僕がお膳立てに徹しようとしても、彼は煮え切らない態度で遠慮してしまっていた。ここで麗女翔が大きく出たいというなら、今年こそ僕が親友として彼に手を貸すチャンスなのかもしれない。
僕は妬んだり嫉んだりする事なく、二人を応援していた。
「分かった、今夜にでもやってみるよ」
「本当か! ありがとうルイ、恩に着るぜ!」
彼はぱっと顔を輝かせ、今にも「我が友よ」などと言い出しそうに舞い上がりながら僕に飛びついてきた。やや気恥ずかしくなり、若干早口で付け加えた。
「如何せん今までやってきたハッキングとはレベチだ、上手くやれるかどうかは分からないけど」
「スーパーハッカーだろ、ルイ?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ」