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第三章 椚(くぬぎ)の数(かぞ)え衆

 (くぬぎ)衆三人は地元に戻った後、希望と野望の全てをぶつけて火縄術を大きく進歩させた。

その結果として『ドングリ弾』が完成する、今までの丸い弾よりも威力、飛距離、精度が倍ほども違う弾。きっかけは前述したとおり『島原の乱』における偶然だが(くぬぎ)衆はそれを少しづつ研究し改善し更なる高みへと引き上げた。

 そしてもう一つの結果として『次世代の(くぬぎ)衆の育成』がある。もともと彼ら(くぬぎ)衆は里の子供達にも火縄術を仕込んでいた、だが研究心と『ドングリ弾』への期待感がいささか暴走をした。出来上がったのは(ろく)を含む『(くぬぎ)(かぞ)え衆』だ、彼らは年の順に名をつけられ徹底的に火縄術と狙撃術を仕込まれた。(ろく)はその里で(ろく)番目に生まれ、技を仕込まれた人物という意味だ。

彼らは世が世なら最強の戦士として世に知れ渡った事だろう、世が世なら…

 だがその後、世の中に戦が訪れる事はなかった。

 そしてある年、平戸を飢饉が襲った。

飢饉は人間だけに影響を及ぼすものではない、その地域に生きる全ての生物に影響を与えるのだ。激減する獣たち、(くぬぎ)の里のドングリすら実を成さない過酷な年だった。(くぬぎ)衆がこれまで丹念に鍛えあげた火縄術も、狩るべき獲物がいなくなってしまい意味を失ってしまった。

 この時期、まるで機会を得たとばかりに平戸近辺で女衒(ぜげん)が暗躍を始める。彼らは丸山で働く女を買い付けるために方々に足を運び、そしてある時、(くぬぎ)の里を訪れた。女衒(ぜげん)は里の女性たちを細かく検分し、たった一人だけ買い付けたいと言った。

 『(なな)』、それが彼女の名前だ、(かぞ)字が名付けられている、彼女は『(かぞ)え衆』の一人、そして(ろく)の次に育てられた戦士なのだ。

 里の長たちもこれには驚いた、まだ仕草や表情に幼さの残る(なな)女衒(ぜげん)が欲するとは夢にも思わなかったのだ。(なな)はこの年、十五歳。目鼻立ちはしっかりし、体は順当に成長してはいるが他の『(かぞ)え衆』より火縄術が遅れている。

 この辺りが(くぬぎ)衆の思考の限界だった、物事をあまりにも火縄術を中心に考えすぎており一般的な美観と言うものが大きく欠如しているのだ。(くぬぎ)衆の観点からすると(なな)の長い四肢が邪魔をして射撃姿勢がまとまらない、大きな瞳から発する視線は獲物に殺意を悟らせる、そして人より高い鼻すじが照準を鈍らせる等など。

 しかしそれこそが女衒(ぜげん)が探す女だった。

(かぞ)え衆』は全員共通して骨格がしっかりしている。これは偶然ではなく猟師を生業とし、幼少の頃より肉食が多かったためだ、そんな中でそれが極端に現れたのが(なな)(くぬぎ)衆は火縄術の優劣で人の出来、不出来を決めたがる傾向が強い。そういう合理的にも見える非合理的な価値観が彼らの眼を曇らせていた。とはいえ『(くぬぎ)(かぞ)え』である、『(かぞ)え』の中ではその能力がやや落ちると言えど、それが合戦の場になれば火縄隊の腕利きになるほどの技量はある。

こういった背景の中で女衒(ぜげん)(くぬぎ)衆の交渉は始まった…かに見えた。しかし現実は時として冷酷である、飢えた集団を抱えた(くぬぎ)衆は餓死よりも(なな)の身売りを選んだ。なにしろ女衒(ぜげん)(なな)を買い付けるために提示した額は、(くぬぎ)衆が一年ほどは食いつなぐ事が出来る額なのだ。

(くぬぎ)衆がうわさで聞いていた買い付け額よりずいぶんと高値がついたのは、(なな)にそれだけの器量があったからだ。

 (なな)は結局、女衒(ぜげん)へと売り飛ばされてしまい、そのおかげで(くぬぎ)衆は餓死者を出すことなく飢饉を乗り切った。

結果からみるとこの手段は決して悪くはない、ただ『(かぞ)え』の間ではやりようのないある種の感情がこびりついた。

その頃、成長期を迎えていた(ろく)は特にその意識が強く現れる。(ひえ)(あわ)が喉を通る度にそれがまるで(なな)の体を切り刻んだ肉片のような錯覚に(さいな)まれた。自分の命を支えてくれているのは(なな)が犠牲になったからだという気持ちが色濃く意識を支配する。

 今まで家族のように共に育てられていた人間が一人いなくなったのだ、そして(ろく)の次が(はち)になった事で喪失感に拍車をかける。『(かぞ)え』という育て方が裏目に出た。残った『(かぞ)え』は常に(なな)という人間を、数字を、意識しそれに支配される。

 飢饉が終わり、獲物の数も増え始めた頃、(ろく)(なな)を連れ戻すため里を飛び出した。

 まったく銭をもたない(ろく)にとって長崎までの道中は厳しかった、途中で雉を撃って飢えをしのぎ一歩づつ先へ進んでいく。宿に泊まる事も出来ないので夜通し歩いて昼に寝た。

しかし、過酷な道中よりも(なな)に会いたい一心が(まさ)り、ほどなく長崎へと到着する。

土埃と汗や泥にまみれた(ろく)の姿は火縄銃がなければ、乞食と見分けがつかないほど汚れていた。

 でんでらりゅうば でてくるばってん

 丸山に入るとこんな唄がそこかしこから(ろく)の耳に届く、ひやかしの町人が歌ってたり、店先から顔を出した遊女が歌っていたりと音色や(みん)暗に歌い手の気分が相乗し、いろんな雰囲気を感じさせる。もともとは遊女が客の気を引くための単純な唄のはずだったが長崎弁の独特な抑揚が聞き手、歌い手の感情を刺激した。

 そして(ろく)は赤く塗られた遊女屋の格子、その先に驚くほど綺麗になった(なな)を見つける。

(ろく)は思わず格子にかぶりつき、勢いのある声で(なな)を呼んだ。

(なな)(なな)!」


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