”あること”の話 1
16歳になった私は、ずっと続けている領地の視察に加えて、街で”あること”を始めた。
「お、ティールの嬢ちゃんか。今日はなにを?」
こつこつと足音を響かせ、道を歩いていると、顔見知りのおじさんに声をかけられた。
ティールというのは偽名であり、街ではそう名乗っている。万一アティルと名乗って、そこから貴族だとわかってしまえば、おそらく畏まってしまってまともに実際の領地の様子などわからないだろう。
八百屋をしている彼は、話が好きなので色々な人の情報を持っている。私はよく、彼の話に付き合って領民の欲しがっているもの――例えば広くて平らな道、上下水道などのインフラ――を把握し、できる範囲で公共事業として整備を進めたりしていた。
「新しい仕事が見つかったから、街の外れのお屋敷にいくの」
なにか新しい情報はあるだろうか。そう思って今から行くところの話題を振ってみる。
「へえ、あそこはエルフの夫婦が住んでるって聞いたけど、本当なのかい?」
さすが情報通だ。まあ、エルフは珍しいので噂になっていてもおかしくないが、男女2人であることを既に知っているとは。
だが、夫婦というのは少し違う。
「……ちょっと違うけど大体合ってるよ」
「え、ちょ、ちょっと違うってどういうことか教えてくれよ嬢ちゃん!」
彼らは夫婦ではなく兄妹なのだ。そして私の雇い主でもある。
そう、”あること”とは、お仕事である。
短時間で高収入なお仕事、これだけ聞くと存在しないか完全に違法な仕事のどちらかのようだが、実際に違法ではなく存在する。基本的に金持ちの道楽や、慈善事業のような意味合いが強いのだ、と斡旋してくれた業者に聞いた。
条件が条件なだけに、抽選で斡旋先を決めるため、なかなか仕事を受けることのできる機会は無いそうだが、今回は運良く仕事を斡旋してもらえた。
「今度値引いてくれたときに教えてあげる」
少し笑ってそう言い、その場を後にすると「そんな殺生な……嬢ちゃんたまにしか野菜買ってかないじゃないか!……俺はいつまで待たなくちゃいけねえんだ!」と悔しそうな声が聞こえてきた。だって、食欲は特にないし。たまに買うのだって、野菜ではなく果物だ。ちなみに、彼の店は野菜より果物の方が売れ行きが良い。彼の目利きは本物だからだ。
彼がそれに気付くまで、教えることは出来なさそうである。顧客のことを考えて商売をするのも大切だ。
道中様々な人に声をかけられた。最近特に気になることはないか、と聞くと、
「あるわけないじゃないの。これまでも不満なんてありゃしなかったけど、最近は特に便利で過ごしやすくなったよ。この前話した道のことだってそうさね。あれ、領主様が整備してくだすったのでしょう。なーんで領主様が、あたしたちが困ってるってわかったのかは知らないけど、ありがたいことだよ。荷車が引きやすくなったって息子も言ってたしねぇ」
と街で日用品を作って売っている彼女は早口でそう言ってくれた。
良かった。これで人の通りがもっと良くなるだろうし、これまでより経済が回るだろう。もしかしたら新しい職業が生まれるかもしれない。
住宅街に住んでいる小さな子たちは、
「こんどね、りょうしゅさまのためにおまつりをしようって、ママたちが言ってたよ。すいどう?がとおってうれしいんだって」
「おみずがね、そのままのめるぐらいきれいだってよろこんでたよ」
「りょうしゅさまってすごいんだぜ、ティーねえちゃん」
と言ってくれた。これまで上下水道が通っていなかったところにも整備を進め、疫病もあまり発生しなくなったという。これで彼らが疫病によって親を亡くすことは無くなっただろう。私のような人を減らすために、これだけは利益がすぐに出なくても進めたかった。結果が出ているようで何よりだ。
寄り道をしながら、とうとう街外れのお屋敷についた。お屋敷、といっても我が家のもはや城というような屋敷とは違い、広い平屋の一軒家である。
「失礼します」
がちゃりと戸を開けると、
「あらぁ、貴女がティールさん?」
「はい」
金色の髪に翠眼の、美しいひとがいた。尖った耳はエルフの証であり、彼らは人よりもずっとずっと長く生きる。ウィード・カレナリエルと名乗った彼女は、私を客間に案内した。道すがら、エルフは家名を名前の前に言うということを教えてくれた。ということは、カレナリエルが名前でウィードが名字だ。
この国の人々――つまり私達――は、名前を先に、家名を後に名乗っている。なんだか前世のわたしが生きていた国と似た風習だ。エルフの始祖には私のような者がいたのかもしれない。まあ、これは推測に過ぎないが。
「ようこそ我が家へ、私はウィード・ラエガノアです」
待っていましたよ、と言ったのは、カレナリエルと同じ金色の髪に翠眼をもつ、エルフ姉弟の弟だ。ここまでは情報どおり。一体、彼らは私に何を求めるのだろう。
「さて、仕事の内容なのですが、貴女には私達の子供代わりになっていただきたいと思っています」
はて? どういうことだろう。
「最近父上達が煩くてですね、早く身を固めろと言うんですよ。私達、エルフなのに」
ねぇ〜
と2人で首を傾け、困ったようにそう言った。
エルフであることとそれに、なんの関係が……?と思ったが、声には出さなかった。
「しかも私達姉弟ですし……相手もなかなか見つからないのですよ。同族はみんなばらばらに散らばって住んでいますし」
……もしかして
「だから、取り敢えず子供がいたらどんな感じなのか知りたくて、貴女を雇ったわけです」
それは、実際に人を使った人形遊びのようなもの、なのではないか。
そもそも、「子供がいたらどんな感じなのか」を理解する前に、相手を見つけるのが先ではないのか。
根本的なところで何かが間違っている気がする。そんなことを思ったが、やはり声には出さなかった。
「そういうわけで、週に2回、私達の元でウィード家の子供として生活してほしいのです」
まあ、私は別に、お金が貰えるならそれでいいのだが。
「わかりました」
「では、私達のことは父上、母上と呼んでくださいね」
「はい、父上、母上」
こうして、私の奇妙なお仕事生活は幕を開けた。
本編が始まりました。既に1話を投稿してから1ヶ月が過ぎてようやく本編です。これから溺愛街道まっしぐらになります。……なる予定なのですが、寄り道をする可能性が高いです。10話あたりからそんな感じに持っていけるかな、と予想しております。
ところで、今日は3月3日、ひな祭りです。皆さんはちらし寿司とか桜餅とか食べたのでしょうか。桜餅美味しいですよね。私は長命寺も道明寺も両方好きです。
この、ひな祭りなどの各行事はこの作品にたまに出てきます。由来が思いついたものや、季節に関連するものは出す予定です。