過去の話 後編
アティル(主人公)の過去のお話の続きです。前編より更に残酷な描写や精神的に辛い描写があります。読むのが辛い方は、ページ下部にざっくりまとめたものがありますのでそちらをご覧ください。
「アティル、少し良いか」
「何でしょうお父様」
ある日、お父様は私を呼び出した。何か書類に不備があったのだろうか。
「……お前はどうして、ここにいるんだ」
どういうことだろう。もしかして、もう追い出されてしまうのだろうか。不安を感じて私はお父様を見つめた。そして彼は口を開いた。
「最近私は、私自身を探偵に調査してもらっていた。数年前からの記憶がところどころ抜けていて、特に夜にあったことは一切覚えていなくてな。不甲斐ないことだが最近になって気がついたんだ。それまではおかしいとさえ思わなかった」
まさか
「すまなかったアティル。私はお前を虐待していたのだな。しかも、普段はそのことを記憶ごと消して生活していた」
なんで、気づいてしまったの
「お前が領地の仕事をするのだって、本当はおかしいことなんだ。貴族の令嬢が、こんな幼い頃から、複雑な計算や難しい文章を読めることだって普通はありえない」
それは、私はわたしだから、できるのなんて当たり前で
「それなのに、お前はまるで大人のように、大人であろうとするようにすべてをこなし、私のことも赦し、受け入れ続けてきた」
だって
「すまなかった。許してくれとは言わない。私のしたことは許されることではない。それはぐらいは分かっている。……アティル、お前には権利がある。この家を出て、自由に暮らすこともできるし、私にこれまでの行いを償わせることもできる。アティル、お前は何がしたい?」
なに、なにって、そんな権利なんて、私には
「大丈夫だアティル。私はお前の権利を最大限尊重したいと思っている。……もっとも、私のことなど信じられるわけもないだろうが」
違うのです、お父様。私は罰を、罰を受けなくてはならないのです。そのためにきっとお父様まで利用してしまった
「お、おと、うさま、私は、わたし、は、この家を、でなければいけないの、ですか。お父様は、そう望んでいますか」
ああ、これではただの質問だ。質問に質問で返してはいけないのに。
「ッ私は!……お前も、私の家族だと思っている! だから、出ていって欲しくはない。……だが、私はそれを強制することなど出来はしないのだ。お前がそう望むなら、私はそれを尊重する。それだけなんだ。……それしか、私には出来ることなど無い」
お父様は優しかった。狂った上で尚、私をしっかりと愛してくれていた。家族だと、そう思ってくれていた。
私はそれだけで嬉しかった。ただ、彼の心を守ることができなかった自分を責めた。
「私は、ここに居たいです。お仕事も続けたい」
それでなにか、誰かの助けになるのなら。かあさまやお母様の代わりに、私が背負えるものがあるのなら。
「わかった。改めて、すまなかったアティル。……そして、ありがとう」
お父様との話が終わった後、私の生活は少し変わった。
朝起きて、少しの朝食を食べ、仕事をし、街に出て領地の様子を把握し、勉強をして、少しの夕食を食べ、眠る。
相変わらず食欲は戻らず、貧相な体のままだったが、少しは子供らしい生活になっていっていたと思う。
これまで勉強なんてしてこなかったので、貴族の仕来りやこの国の歴史、地理などをこのとき初めて知った。
ここはタルジア帝国の、中央からみると北西あたりに位置するラシック領。中央というのは帝都、つまりこの国の首都である。
これまで領地の経営をしていたので当たり前といえば当たり前だったのだが、私はこの地の領主一家に引き取られていたことも改めて認識した。
貴族というものについても教えてもらった。この国は前世で言うところの立憲君主制であり、皇族が君主を努めている。身分は皇族、領地持ちの貴族、領地は持たない貴族、それに平民の4種類で、奴隷制度は無く、各身分の間にかなり流動性があるらしい。なにか偉大な功績を残した平民が、その後貴族になり領地を持つこともあったそうだ。
貴族は平民より身分が上であり、そのために平民よりも沢山の責任が発生する。領民が他領でなにか重大な犯罪――例えばテロのような行為や大量殺人など――をした場合には、領主の責任も問われることがあるそうだ。
また、貴族には社交の場があり、各貴族の屋敷や学校、あるいは中央にある帝城で定期的にパーティーが開かれるらしい。そこで各貴族は、自領の益になりそうな事業や商品、研究などを探して支援や買取などを行うそうだ。
また、この国にはいくつか大きな学校――学園があり、カリキュラムが貴族と平民とでは大幅に違うため、通う学園も別れている。大体寮があり、姉のテディアは全寮制の貴族学校に通っていた。
私も本来は学園に通うはずだったのだが、わたしのお陰で学力に問題は無く、今から家庭教師をつけるだけで十分間に合うと言われたので学校には行かなかった。他のところでも稀にそういうことはあるらしい。
魔法の勉強もした。存在自体は2歳のころに知っていたが、本格的な使い方や仕組みはまるで知らなかったのでその時基礎から教えてもらった。
そしてやはり、魔法に使われている言語は日本語だった。魔法によって括弧や等号を使って数式のように組み合わされているのもあれば、古い言葉のような難解な文章になっているものもあった。
魔物というのもいるらしい。魔物とは魔生物の略で、普通の獣と違って、魔法を使い自我を持たない。自我を持ち、且つ魔法を使うものは魔獣といい、人間も分類的にはそちらに入るそうだ。また、普通に魔法を使わない獣、すなわち動物もいる。
ただ、お母様が教えてくれた、”妖精さん”という存在には全く触れず、不思議だと感じたことを覚えている。
メイドも付けられた。ビネットという名前の10歳の女の子だ。
お父様はわざわざ、私と同い年のメイドを探してくれたらしい。
彼女は私の境遇を――細部はぼかされていたようだが――知らされていて、いつも張り切って仕事をしてくれていた。「おじょうさまにもんくを言うやつや、いじめようとするやつはわたしがたおします!」と言ってくれたのもビネットだ。風邪をひいてしまったときも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
今でも専属のメイドとして頼りにしている彼女とは、その時に初めて接点ができた。主従の関係ではあったが、ときには友達のように接してくれて、私はやっと”普通の子供”を身に着けることができた。
忙しくなった日々をこなすうちに、月日は流れ、
私は16歳になった。
お父様が正気に戻り、アティルの生活が少しまともになり、この世界の常識を学び、メイドのビネットをつけられ、月日が流れて16歳になった、というお話でした。
後々設定をまとめたものを投稿する予定ですので、こんな説明じゃあ良くわからないよ、という方はそちらをお読みください。
次回から本編に入ります。入る予定です。