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過去の話 中編

アティル(主人公)の過去のお話の続きです。前編より更に残酷な描写や精神的に辛い描写があります。読むのが辛い方は、ページ下部にざっくりまとめたものがありますのでそちらをご覧ください。

 

 そして、その時はきた。


「ばいばい、アティル」

「またね、ルティア」


 私は孤児院を後にし、貴族のヴィレス・ラシック様に引き取られた。どうやら貴族の養子になったらしい。兄に別れを告げるのはさみしくて辛いが、きっと彼は幸せになるだろう。なぜかそんな予感がした。

 随分あっさりした別れだったと思う。あまり時間をかけるとやっぱり兄と離れたくないと思ってしまうだろうから、わざとそうした。きっとまた会えると、そう思っていないと辛かったのだ。



 それから、私の新しい生活が始まった。


 ヴィレス様は私に、


「ヴィレス様、ではなくお母様と呼んでちょうだい。貴女は私の娘なのだから」


 と優しく微笑んだ。新しいきょうだいもできた。


「アティル、よろしくね」


 義理の姉のテディアだ。


「アティル、私のことはお父様と呼んでくれると嬉しい」


 すこし照れたように言ったのはお父様。


 3人ともとても優しかった。本当の家族のように接してくれて、私は再び幸せを感じるようになった。


 いつだったか、こっそり1人で隣の領に行ったとき、小さな男の子を助けたことがあった。そこでおそらく、私は初めて自分の魔法を無意識に使った。

 帰ったらお母様もお父様も姉も、すごく心配していてひどく叱られた。叱られるのも久しぶりで、怒られているというのに少し嬉しくなったことをまだ覚えている。


 姉とはよく走り回って遊んだ。2つ上なのに私と遊んでくれるのが嬉しくて、楽しかった。


 お父様は寡黙で、あまり自分から喋ることはなかったが、質問するとなんでも答えてくれていた。

「アティルは将来何にでもなれるな」とよく言ってくれていて、それがすごく(あたた)かかった。


 お母様にはよく”妖精さん”のお話をしてもらった。


「妖精さんは恥ずかしがり屋さんだから、普段私達には見えないのよ。でも、見えないだけで()ぐ側にはいるの。いざとなったらきっと、あなた達を助けてくれるわ」


 とお母様は言っていた。私達姉妹はそれを聞いて、


「じゃあおかあさま、ようせいさんはここにもいるの?」

「ようせいさんはおなかすかないの?」


 とお母様を質問攻めにしていた。にこにこ微笑みながら紡がれる、お母様の答えを聞くのもとても楽しかった。こんな時間が永遠に続けばいいと思った。



 でも、幸せには限りがあるのだ。



 引き取られてから5年ほど経ち、お母様は死んでしまった。

 普通の風邪だったらしい。それが運悪く悪化して、肺まで病んでしまい、それが決定打だったそうだ。治療の甲斐もなく、お母様は死んだ。


 また、私は何もできなかった。

 今度は姉の心さえ守ることができなかった。

 罪悪感に苛まれ、私はテディアを悲しませないためだけに生きていた。


 お母様が死んでまもなく、お母様を愛していたお父様は、当然のように狂った。


 そして、私への折檻が始まった。


 テディアには見られてはいけないと思って、わざわざ地下室の一室にお父様を誘導した。

 姉もお父様も優しい。だからきっと、実の父親のこんな姿は見たくないだろうし、見せたくないだろうと思った。


 叩かれることに対して、特に忌避感はなかった。もちろん痛いし苦しい。でも、かあさまもお母様もきっともっともっと痛くて苦しかったはずだ。叩いているお父様だってそうだ。私もそうだったから、きっと苦しくて心が引きちぎれるように痛いのだと思った。むしろ、心の痛みと体の痛みが釣り合って、安堵さえした。

 それに、お父様が狂ったのは私の力の所為だったのではないか。この声が、お父様を狂わせたのではないか、と思っていた。だから、当然の報いであり、受けなければならない罰なのだと思った。


 きっと、私がもっとなにかできていれば、かあさまもお母様も死んでしまうことはなかっただろう。

 だから私は罰を受けなくてはならないのだ。

 誰も助けられなかった罰を、この身に。


 お父様はよく、

「ッこのッ、お前が来なければッ、こんなことにはならなかったのにッ!」

 と言いながら鞭を振るっていた。愛する妻を突然失った、その悲しみは痛いほど理解った。だから、彼に恨みなどない。私ができることなど、それしかなかったのだから。


 また、私は幸運にも折檻に耐えることができた。

 振るわれた鞭が体を傷つけるたび、痕が残るだろうと思っていたのに。それが、()()()()のだ。


 罰が終わり、翌朝目覚めると、まるで何事もなかったかのように私の体は傷一つない状態だった。

 この体は一体何なのだろうとその時初めて明確に自分を憎んだ。


 そのうちお父様は、昼になると私に謝罪するようになった。


「すまない、お前を、ああ、私はなんということを、許してくれ、私は、私は」

「大じょうぶですよお父さま。お父さまは何もしていません。きっとわるいゆめを見たのです。ほら、あとなんてのこっていないでしょう?」


 私はそう言って微笑み、お父様の心がこれ以上壊れないようにと願った。私にできることはそれくらいだった。


 しばらくして、私は生活する場所を離れの塔に変えた。お父様の仕事を手伝うためと、エスカレートする彼の行動をテディアに見せたくなかったからだ。


 朝起きて、少しの朝食を食べ、仕事をし、お父様のうわ言のような謝罪の言葉を聞き、そして宥め、街に出て領地の様子を把握し、また仕事をして、少しの夕食を食べ、折檻を受け、眠る。


 最も効率的になるように、私は日々を回していた。


 食事はあまりしなくなった。罪の意識が私を(さいな)み、食欲は失せてしまったから。


 睡眠は深く、夢も見ないですとんと眠りに落ちていた。悪夢も見ることができない自分に苛ついた。


 仕事の量は徐々に増えていった。少しずつ良くなっていく街の様子を見ることで、ほんの少しだけ救われたような気がした。(いま)だに救われたがっている、そんな自分に嫌気が差した。


 昼間の視察は、領民に意識されないように下町の娘の格好をして(おこな)っていた。

 元々平民だったおかげで、貴族の使う言葉より(なま)りが入った彼らの言葉もすんなり使えた。

 彼らの要望を聞いて、それらをお父様に報告し、わたしの記憶も使いながら領地経営のやり方を学んだ。そうやって仕事をすることで、罪悪感を消そうとしていたのだと思う。


 折檻は段々と苛烈になっていたが、それすら私の体は痕跡も残さず消してしまった。せめて傷が残ればいいのに。そこからかあさまやお母様の罹った病に同じように罹って、死んでしまえたらいいのに。と、何度も思った。


 この頃になると、テディアとの接点はほぼ無くなっていた。彼女が学校に行っていたのもあるが、愛する姉に今の自分を見られたくなかったからだ。意図的に関わり合いを避けていた。




 そんな日々を繰り返し、更に5年が経過した。


アティルが貴族のラシック家に引き取られ、2年ぐらい幸せに暮らした後、お母様が死んでしまって、お父様が狂い……という内容でした。後編に続きます。


前回の後書きにも書きましたが、後々設定をまとめたものを投稿する予定ですので、こんな説明じゃあ良くわからないよ、という方はそちらをお読みください。

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