始まりの話
明るい。
やけに高く、青い青い空の下を涼しい風が吹き抜けていく。
何だここは。
背中にごつごつとした感触がする、ここは木の上だろうか。上体を起こすと沢山の木が視界に写った。ちちち、と何かの鳴き声がする。
木の葉が風に揺れ、波のようなざわめきを起こした。木漏れ日がまだらに白い体を照らしている。
いや、そもそもわたしは誰だ。
確かわたしは、机に向かって本を、参考書を読んでいた。明日はテストだからと友達の遊びの誘いも断って。なかなか思い出せない公式を思い出そうと四苦八苦していた。数学の問題をといていたのだ。そこで……そこで?
そこでわたしは死んだ?
ぐらりと体が傾いで、なんだどうしたと思っているうちにみるみる床が迫ってきて、そこでわたしは、わたしの意識は途絶えたのだ。
なのに何故、今わたしは生きている?
いや、わたしは生きているのか?
これは、死ぬ前に見る、なんと言ったのだったか、走馬灯というやつなのではないか? でもそれにしてはあまりにリアルだ。ひどく生々しく現実的だ。
この土と草の匂いも、頬を撫でる風の感触も、眩しい陽の光も、夢と言うには些か輪郭がはっきりしすぎている。
では、これは現実なのだ。そして私は生きているのだ。ならばさっきのは前世の記憶だ。では、それではここは、そうか。
わたしは、異世界とやらにいるのではなかったか?
徐々に記憶が蘇る。
ここは異世界だ。魔法もある。何より”妖精さん”がいる。私は生きていて、わたしは死んでいた。姉がいる。四つ上の可愛らしい姉が、そうだ。
二人で苺を採りに来たのだ。きっと甘くて美味しいと私が言って、それならと姉も一緒についてきた。そして、少しつまみ食いをしたあと、物足りなかった私はかくれんぼをしようと言って、この木の上に登った。きっと姉には見つけづらいだろうと思って。
そのまま見つけられるのを待ち、木漏れ日から覗く暖かい日差しにうとうとと微睡む内に、記憶と現実が綯い交ぜになって……
……ああ、そうだ。わたしは、私の名前は、
「アティル! 見つけた!」
そう、私の名前はアティル。
焦げ茶の髪と金の瞳を持ち、年齢は八歳で、妖精さんが見える。前世の記憶を持っていて、そのためか精神年齢が肉体年齢と少しズレているため、大人には「随分ませてるね」と良く言われていたのだった。
そして、
あまりにも見つけられなくて置いていかれたのかと思った。でもちゃんと待っててくれたのね、そう言ってふわりと笑う彼女は、私の姉のテディアだ。私より暗い茶色の髪と、深い青の目。私の、大事な姉だ。
「どうしたの?」
反応が鈍い私を、姉は少し不思議そうに見ている。
「なんでもないよ、おねえちゃん。」
じゃあ、こんどはおねえちゃんがかくれて、とかくれんぼの続きをせがんでみる。
わかった!と言って元気に走っていく姉の後ろ姿を見ながら、私は前世の記憶と現世の記憶を整理しなおしていた。
初めての投稿なので誤字脱字には気をつけましたが、何かありましたらコメントなどでお知らせください。