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通じるもの

 温泉都市スパ・タウンブルー・ヘヴン。

 フィリップスの体調を見ながらの移動のため、強行軍を避けて途中で一泊を挟んだこともあり、到着は出発の翌日の午前となった。

 駅舎を出たところで、ステファンが出迎えを探して石畳の通りを見回す。


「アルシア様にお知らせはしているんですが、それらしい馬車は来ていないみたいですね」


 引率責任者らしく、難しい顔になったステファンを差し置き、ラインハルトが「歩いてもたいした距離じゃないだろ」と言ってフィリップスに手を差し出した。


「お辛いようでしたら、背負いますよ」

「それだと、暴漢に襲われたときに邪魔になるんじゃないか」

「なるほど。じゃあ抱っこで」


 両手を前に突き出し、抱っこの手つきになっているラインハルトを、フィリップスはしらっとした空気で黙殺して石畳を歩き出す。

 駅舎周りの建物は、この地の特産品である「蜂蜜石」がふんだんに使われており、町並み全体が甘い蜂蜜色に染まっていた。

 

「方角合ってます? 道を知らないひとが先頭だと大変なことになりますよ」


 トランクを抱えたジュディが、ぱたぱたと小走りでその隣に追いつく。


「先生が先頭になるか?」

「お任せください。地図はしっかり読み込んで頭に入れてきました」


 大船に乗ったつもりで、とジュディが胸に手をあてて言ったところで、ステファンが大股で近づき背後から声をかけた。


「早速、逆方向です。そちらからですと、遠回りになります。もし街を見ながらということでしたら、建築中の寺院とこの都市の目玉である温泉施設、観光客向けのホテル街を通過しましょう。目指すのは最近完成した貴族向けのテラスハウスです。アルシア様も、領主館を出て現在はそこにお住まいとのことです」


 嫌味のない実直な物言いで間違いを指摘されて、ジュディは言い訳せず「はい」と元気に返事をした。

 その横でフィリップスが「地図、頭のどこにしまいこんだんだよ」とおかしそうに笑い、ジュディは自分の頭の適当なところを指さして「このへんですかね?」とすっとぼけてみせる。

 ステファンは人の動きや馬車の動きを注意深く見ながら「行きましょう」と一行に声をかけて、少し前を歩き出した。


「風が気持ちいいですね~。温泉ってどんな感じなんでしょう。私も入って良いんでしょうか。食べ物も楽しみにしてきたんですよ」


 ジュディが思いつくままに喋ると、並んで歩くフィリップスが「あのさぁ」とからかう口調で言う。


「俺だよ、隣。ガウェインじゃないから、そういう脈絡ない会話にどう相槌打てば良いのかわからないな」


 言われたジュディは、つまらないと言われたのだと理解して「すみません」と反射的に謝ってしまう。


「私、友達がいなくて。こういうとき楽しい会話ができないんですね」

「べつに、常に刺激的で実になる会話をしろと言っているわけじゃない。俺はただ、ガウェインもここに来たかっただろうなって意味で言っただけだよ。先生との、そういうしょうもない会話に生きがいを感じそうだろ、あいつ」


 ガウェイン様がですか? とジュディは首を傾げそうになったが、しょうもない会話云々はともかく、ここに来たかっただろうという言葉には同意だった。


(今までの話しぶりからして、ガウェイン様はアルシア様のことを慕ってらっしゃるはず。そして、フィリップス様も。表情がとても柔らかいわ) 


 傷つき、不安定になった姿を見た後だけに、もう大丈夫とはまだ言えないが、久しぶりに穏やかな表情をしているのを見ると、それだけで来て良かったと思う。


 そのとき、「そこのー!」と、遠くから女性の声が追いかけてきた。


 まさか知り合いもいない場所で、自分が呼び止められるとは思っていないジュディは足を止めない。

 だが、いち早くステファンが立ち止まり、ジュディは「うぐっ」とその背に鼻からぶつかった。


「ステファンさん、どうしました」


 鼻を手でおさえ、うっすら涙の滲んだ顔でジュディが見上げると、ステファンは辺りに注意深く視線を向けていた。

 すぐに、何かを見つけてハッとした表情となる。

 それがあまりに見事に「ハッ」としていたので、至近距離で目撃したジュディは硬直してしまった。

 絶対に、その視線の先に何かとんでもないものを見つけたのだ、と。


「迎えに来たわよー!」


 大変に愛想の良い、魅惑のハスキーボイス。

 ジュディが振り返ると、そこにはぶんぶんと手を振りながら走ってくる緋色スカーレットのドレスの女性の姿があった。

 光の下で、肩に流された金髪がきらめく。

 顔立ちは、まさしく目の覚めるような美女。

 その美貌は年齢を感じさせず、涼しく切れ上がった目元や、すんなりとした鼻梁はジュディのよく知る人物と面影が近い。

 フィリップスとジュディが並び、その両脇をラインハルトとステファンが固めて油断なく待ち構えるところへ、美女は颯爽と近づいてきた。


「馬車で出てきたのだけど、途中の道で産気づいている妊婦さんを見つけたの。それで、馬車に乗せて一番近くの病院に行ってもらったのよ。そこならベッドがあるから、安心して産めるでしょう?」


 ちょうど大きい馬車に乗ってきたから、運びやすかったのよ、と至ってなんでもない様子で言い添える。


(どういう状況? 馬車から窓の外を見て、産気づいた妊婦さんに気づいたの? それで領主の奥様が飛び出してきたら……すごいびっくりする!)


 びっくりしながらも、ジュディはハキハキと答えた。


「はい! お外じゃなくて、ベッドで産める方が良いと思います!」


 あら、といった様子で相手が片眉を跳ね上げる。


「ガウェインの婚約者のジュディさんよね? よろしくどうぞ。待ってたわ。ごめんなさいね、テラスハウスまで歩くことになるけど。健康に良いから」


「はい! 歩きます! 歩くのも走るのも大好きです!」


 ぐずぐずしていたら「冴えない嫁」認定を受けてしまう、との危機感からジュディは即座に返事をする。 

 婚約者の母、つまり姑になる相手・アルシアはにこやかに笑って言った。


「そうなの!? 私も好きなの。じゃあ、一緒によーいどんで走ってみる?」

「わかりました! 走ります!」


 もはや緊張しすぎて何を言われているかもわからぬまま、ジュディはやはりハキハキと返事をした。

 アルシアは「あらそう」と楽しげに言ってから「スタートどこにする?」とスカートを持ち上げてパンプスのつま先で石畳の割れ目に触れた。「このへんかな?」と呟く。

 そのときになって、それまで黙っていたステファンが「走ります、じゃないですよ」とややきつめの口調で苦言を呈した。


「お初お目にかかります、アルシア様。ジュディ嬢をお連れしました。何卒よろしくお願いします」


 そして、完全に走るつもりになってスカートの裾を持ち上げていたアルシアを見つめ、ごく小さな声で呟いた。

 なんだかわかった気がする、と。

 声が聞こえたジュディは、顔を上げて「何がです?」と聞いたが、ステファンは首を振るのみで、明確な返答を避けた。


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