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義兄弟の交わり

 国内最大有力紙「パブリッシュ」をはじめ、各紙がいっせいにフィリップス王子の華々しい()()()()()()()を煽り立てた。


 麗しの貴公子が、薔薇の咲き誇る季節に花の広間にて招待客たちの前に、成長した凛々しい姿で現れた、と。


 執務机に積み上げた新聞を黙々と読みながら、ガウェインはその事実を確認する。

 取り替えではなく、はじめからフィリップスが()で、あの場は「デビューの場面」だったことにされているようだ。


 フィリップスは、それまでいくつかの行事に顔を出してはいたものの、絵姿や写真等は出回っていない。王妃に嫌われ、国王にもかえりみられることなく、王宮内では孤立していて婚約者も定まっていなかった。当然にして、王侯貴族の強力な後ろ盾を持たない。それを、うまく利用された形だ。


 公の場で王妃に歯向かったガウェインに関しては、差し当たり判断保留とみなされているらしい。王宮内での行動には別段支障もなく、表面上は大きく変わりない。つまり、用もないのに近寄ってくる者はいない、いつも通りだ。静かなのは、今だけかもしれないが。

 これまで側にいた者たちも、引き抜かれたり逃げ出すこともなく、粛々と業務をこなしている。


「閣下、読み終わった新聞は片付けてもよろしいですか」

「ん。あとで読み直すかもしれない。分類して保管しておいてくれ」


 身の回りの細々とした事務作業は、ヴァランタンという異国から来た青年が担っている。漆黒の癖っ毛に、琥珀色の瞳で年の頃はガウェインよりいくつか下。ステファンのように腕っぷしが強いわけではないが、書類整理には抜群に力を発揮する。


 もう一人、やたらと背の高い茶髪の青年、ラインハルトがガウェインの執務室に常駐していた。こちらも外国由来の血筋で、元軍人。恵まれた体格で腕も立つので、もっぱらガウェインの護衛の位置づけである。「本気でやりあえば閣下には負ける」とは本人の弁だが「盾は多い方が良い」とガウェインは重用していた。


 主要メンバーとして、普段ならここにステファンもいるのだが、現在は侯爵邸で留守番のため、王宮には顔を見せていない。

 生粋の国内貴族を近くに置いていないのは、こだわりではなく自然とそうなった結果である。

 十年前はもっと人の出入りもあったのだが、娘や孫を婚約者にすすめた結果、ガウェインにけんもほろろにあしらわれ、近づかなくなった者も多いのだ。

 現在のこの状況は、一言でガウェインにとって「快適」である。


 読み終えた新聞を目の前からさらったヴァランタンが、未読の山から一紙を抜いてガウェインの正面に置く。


「『デイブレイク』です。ゴシップ三流紙ですが、本件に関しては着眼点の異なる記者がいるようです」


 説明を添えられ、ガウェインは見出しに目を落とす。


“王宮内乱の幕開け!? フィリップス王子は取り替えられた子(チェンジリング)の衝撃!!”


 無言で、ガウェインはその記事の文面を追った。

 ほぼ正確に、夜会での一幕が書かれている。タブロイドらしく、正しくスキャンダラスで、醜聞を煽り立てる過剰な文章ではあったが、およそその場にいなければ書けない内容であった。


「……圧力をかける者が見逃したか、うまくやり過ごして出し抜いたか。影響力は弱いとはいえ、よく書いたな」


「『ジュール侯爵が王妃へ宣戦布告か!?』の部分は笑いましたね。閣下、反逆者ですよ」


 笑ったと言う割に、ぴくりとも表情を変えないヴァランタンが、冷めきった口調で呟いた。


「『二代目フローリー公、王妃と熱烈な交歓をする』とか、事実をおおいに捻じ曲げられるよりはよほど潔いな。さすがにクソセンス過ぎるだろ『パブリッシュ』の記者は。どんな検閲が入れば、あそこまで正確性を欠いた表現になるんだ」


 同じく、冷え冷えとした声で答えながら、ガウェインは「デイブレイク」を机に戻した。考え込むように見つめてから、再び手にする。

 そのとき、ラインハルトが「ブラックモア子爵がおいでですよ」と声をかけに来た。

 訪ねて来たら通して良い、と事前に申し伝えていたこともあり、その後ろからは笑顔のアルフォンスが姿を見せる。


「どーもー、陣中見舞い来たよ。義弟のしけた面を見てみたくて……ん?」


 さばさばと明るい口調でガウェインをからかいつつ、その手にしている「デイブレイク」を見つけて、目を瞬く。


「それ、えっちな絵とか連載小説の新聞だよね。閣下も読むのか~。そっかぁ。私も、知識としてはそういうものもあると知っているけどね。というか新聞は最低でも三紙以上目を通すようにしているからそれもまあ、購読しているんだけど」


 聞いてもいない話をされたガウェインは、ちらりとヴァランタンに目を向けた。


「これまでのは」

「処分してますね。保管場所も無限ではないので」


 確認してから、ガウェインはすっとアルフォンスに視線を戻す。


「過去のが手元にあるのであれば、お貸し願えますか。大変興味がある」

「えっ、あ、うん、そうなんだ……。気に入った日の分しか無いけど、わかった。他ならぬ閣下の頼みとあれば、ありったけ持ってくるよ、任せて」


 どん、と頼もしく胸を叩いて請け負ってから、アルフォンスは執務机ににじりより、身を乗り出して囁いた。


「ジュディとはその……、何かこう、えっちな絵と文章で欲求を満たさなきゃいけない事態になっているとか。いやそれとも閣下にとってえっちな絵は別腹なのか」


「彼女との関係は、極めて順調です。すべて満たされておりますので、ご心配なく」


 ものすごく何かを聞きたい様子のアルフォンスをすげなくあしらってから、ふと思い出したことがあって、ガウェインは語調をやわらげた。


「ジュディには少々用事を頼むことになりまして、数日王都を離れることと思います。護衛もつけますが、ご心配かと思いますので日程その他あとで詳細をご連絡いたします。いまから、とても寂しくて。私はその間、夜寝られないかもしれません」


 ガウェインの、常ならぬしおらしい態度に、アルフォンスは興味をひかれたように「そうなの?」と聞き返した。


「いまは、いつも一緒に……?」

「はい。それで、ジュディがいない間、どうしたものかと……。アルフォンス義兄さま、その期間、我が家に来ますか?」

「なんで?」

「顔が似ているので。少しは寂しさがまぎれるかと。一緒に寝てくれてもいいです」

「閣下には節操というものがないのか」


 からかわれていると気付いたアルフォンスが、ぴしゃりと言い放つ。

 まったくこたえた様子のないガウェインは、楽しげに微笑んだ。


「ガウェインと呼んでください。あまりいないんですよ、名前で呼んでくれるひと。この名前、使わなすぎて、忘れるかもしれません」

「なるほど? ガウェイン」


 一応、誘い水には乗る付き合いの良いアルフォンスである。

 さらりと名を呼ばれたガウェインは、軽く目を瞬いた。次いで、白皙の美貌に甘い笑みを浮かべて、アルフォンスをまっすぐに見つめる。


「義兄さま、好きです」

「んんっ。ガウェインの『好き』は安いな、なんだか。そんなの私に言っていないで、ぜひ大切な婚約者に」

「ご心配なく。毎日毎晩、朝までずっと言い続けています」

「聞きたくない。そんな話は聞きたくない」


 止めなければまだまだ続けそうなガウェインに対し、アルフォンスは心底呆れた顔でそう言って、首を振った。





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