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手加減なし

 ブラックモア子爵です、と侍従が来訪者の名を告げたとき、ガウェインは素早く執務机の前から立ち上がった。


「火急の用件だ、失礼する」


 制止する侍従を振り切って部屋の中に入ってきたのは、光を弾く見事な金髪にすみれ色の瞳の青年である。

 その目元は涼やかで鼻梁はすっと通っており、唇は薄く形が良い。眉目秀麗でやや生真面目そうな印象の面差しには、色気よりも清潔感が漂っていて、体つきはすらりと引き締まって上背がある。長身の部類であるガウェインと、ほとんど同じ位置で目線がぶつかる高さだ。

 さりげなく前に進み、相手からガウェインをかばう衛兵のように位置取ったステファンは、青年の顔を見て「ん?」と目を瞠った。


 似ている。よく知っている人物と。


 それはガウェインも心得ていたようで、ステファンの肩を「大丈夫だ」というようにそっと押して前に立った。


「ガウェイン・ジュールです。わざわざのお越しをありがとうございます。お急ぎのようですので、先にご用件をどうぞ」


 決まり口上による挨拶は不要で、とガウェインは手を差し出す動作で示す。青年はその手をしっかりと握り返しながら、淀みのない口調で言った。


「アルフォンス・ブラックモア・リンゼイ。父から譲り受けたブラックモアの子爵位を名乗っています。妹がいつもお世話になっているようで、どうもありがとうございます。年上の義弟ができるのかと、心待ちにしていたところでした」


 誠実そうな口ぶりで言い終えるなり、一転してぶん、とガウェインの手を無惨に振り払う。不穏な仕草だった。顔つきががらりと変わり、眉が剣呑な形にひそめられている。


「妹をさらったのか? 目撃証言がある。当家のすぐそばで、ジュディの乗った馬車が事故を起こした。飛び出してきた子どもを避けようとして馬が棹立ちになり、車体が横転したらしい。駆けつけたのがジュール侯爵で、意識のないジュディを『手当てする』と言って連れ去ったのだとか。屋敷の方へ駆けて行ったことと、見覚えのあるジュール侯爵だったことから、足を折っていた護衛も道に投げ出された御者も、後を追うことなく任せたのだと。しかしジュディは屋敷に帰ってきていない。どこへ?」


 ガウェインは瞬きすら止めて、ブラックモア子爵ことアルフォンスの目をじっと見つめた。

 やがて、「それは俺ではない」と冷え切った声で答える。体から、じわりと殺気が漏れ出していた。


「もしものことを考えて、ジュディさんにはいつも俺の部下もひそかに護衛としてつけていました。そちらからもまだ連絡がないとなると、完全にしてやられたのでしょう。潜伏先になりそうな屋敷の目星はついています。彼らには協力者がいる。リンゼイ家のすぐそばです。馬車の前に飛び出した子どもは?」


「見失ったそうだ。怪我はなかったようで、事故を見て逃げ出したと……」


 アルフォンスは、ジュール侯爵としての柔和な態度をかなぐり捨て、野性的で物騒な気迫を漂わせたガウェインを前にして、聞かれたことを素直に答える。その豹変ぶりは、アルフォンスよりよほど劇的であり、緊張したように顔をこわばらせていた。ふいっと、側に控えているステファンに視線を流す。


「閣下、やばいひと?」


 わざとらしくひそめた声で尋ねられ、ステファンは泰然として無表情を崩さずおごそかに頷いた。「そのひとは、かなり」短い言葉で答えるステファンをよそに、ガウェインはポケットから取り出した紐で枯れ草色の髪を束ねて、ちらりとアルフォンスに視線を向けた。


「早めに教えてくださってありがとうございました。時間との勝負になるかと思いますので、この後すぐに出ます。リンゼイ家の前を通り過ぎるので近くまで同行頂くのは構いませんが、危険ですので待機をお願いした場所からは動かないようにしてください。胸襟を開いて親しく話すのはまた改めて」


 言いながら一歩進み、思い直したようにアルフォンスの真横で足を止めた。金色の双眸でアルフォンスの顔を見つめ、にこりとすることもなく告げる。


「またいつかって言っていると、全然実現しない。本当にここのところ、それを思い知ってばかりだというのに、ここでもやってしまうところだった。せっかくお目にかかれたので、いまでも良いですか?」


「何が?」


 当然のこととして聞き返したアルフォンスに対し、ガウェインは体ごと向き直る。腕を伸ばして強引に引き寄せ、胸に抱き締めた。


「なっ、ジュール侯爵閣下、……うっ、力が強い! 離すように!」


 慌てて暴れるアルフォンスの抵抗をものともせずにがっちりと押さえ込み、ガウェインはその肩に顎をのせて表情を変えぬまま囁く。


「大好きです。仲良くしたいです。これからよろしくお願いします、義兄あに上。年下なのにお兄さんって、なかなか良いですね」

「何がだよ怖いな! だいたい、会ったばかりで大好きってなんだよ!」


 絶対に受け入れられないとばかりにわめくアルフォンスの耳元に口を近づけ、ガウェインは低い声で告げた。


「顔が好みです。大好きです。似ています、さすが兄妹」

「うぁ……」


 身の危険を感じたようにおとなしくなったアルフォンスを解放し、ガウェインは大股に戸口へと向かって進んだ。

 後を追うステファンは、何が起きたのかわからないままぞっとした顔をしているアルフォンスを横目で見て「行きますか?」と声をかける。

 ハッと我に返ったアルフォンスは「もちろん」と答えて、並んで早足に進みながらステファンに確認するように尋ねた。


「閣下は」

「妹御のことが大好きです。似ていますから、ひとめでお兄様のことも好きになったのでしょう。その大好きな相手が、自分によく似た男にさらわれたと聞いて、いま怒髪天です。血の雨が降る」


 ああ、と呻き声で答えてアルフォンスは口をつぐみ、視線を前に向ける。

 先を行くガウェインの背からは、仄青い冷気のようなものが立ち上っていた。瞬きするとすぐにそれはかき消えたが、ひとを寄せ付けぬ強烈な怒気は見えずともたしかにそこに感じられて、疑いの目で見続けることは、どうにも難しいと知った。


 少なくとも彼は、ジュディのために本気で怒っている。自作自演の誘拐犯ではありえないように見えた。だが、信頼できるかどうかはまだ保留だ。


(よく似た男……、血縁で心当たりでも? 仲間割れか、それとも?)


 結論を急がず、ひとまずジュディのためにアルフォンスも足を速めて、ガウェインを追いかけた。



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