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次の一手へ、約束

 余計な口を挟まぬようにと黙っていたジュディであるが、ここにきてつい「少し気になるのですが」と発言をしてしまった。

 声に出してから、ハッと息を呑む。しかし、取り繕う前に父とガウェインの二人から「どうぞ」と促され、覚悟を決めて話し始めた。


「それはつまり、議席をお金で買うということですよね? 本来、地方から選出される議員というのは、地元の意見を吸い上げて中央へ届ける義務を負うのではないでしょうか。それが、貴族主導でお金の力に物を言わせてその土地とは無関係な者を議会にねじこむというのは、許されることなのですか」


 たとえ、有権者が十名に満たない土地とはいえ、選出されるべきはその土地の人間であるべきなのではないか?


(理想論なのはわかる。結局のところその票数では、現状でも他の地域に比べて公正な選挙がなされているとは言い難い。本来なら議席があってはいけない場所なのだわ。だから、選挙法に改正が入れば整理されると閣下も了解している)


 そのジュディの疑問に答えるのは、ガウェインだ。


「国政に関わる中央の政治家のひとりして、把握している限りの地方議員の偽らざる実態を話すのであれば、オールド・フォートを含む特にこの国の西部地域は議員候補による選挙区の移動が多く、完全に地元選出の議員というのは実に半数にも満たない。このことに関しては、あなたがいま指摘したように、ひとつは中央の御用聞きとして、下院での影響力を強めたい貴族が金銭的な援助をして子飼いの議員をねじこんでいる事実も一定数認められる」


「それは、議席を買収された地方にとっては大変な不利益なのでは?」


 地元の人間ではなく、議席を確保しやすい地域に移動して選挙に出る者に、中央での発言の機会を奪われてしまうというのは。

 ガウェインはジュディの目を真摯なまなざしで見つめて、落ち着いた声音で答える。


「国政というその性質を考えたときに、選挙区との強い結びつきによりその意向を尊重し、極めて限定的な地域の利害のためだけに行動する人間が多くては、舵取りがうまくいくとは言い難いです。地元そこだけにとらわれない視点を持つ者が、必要となる。また、政治家という仕事は席が空いているからといって、誰にでもできることではない。その意味では、この国全土に目を向けたときに、国政入りを期待される人材が、地元ではない選挙区からも政治に参加する機会を得られるというのは、非常に重要な意味を持つ。才ある人間を一箇所にとどめて順番待ちの列に並ばせ、くすぶらせるよりよほど効率的だとは思わないか?」


 実質、まともな候補を立てられない地域に、資質のある人間を後押しして移動させ、政治参加させる。彼らが選挙区をかえりみるかはわからないが、「国政」という観点からすると優秀な人材を確保できることは、結果的に国の利益につながるという考え方なのだろう。

 自分は中央の人間だ、とガウェインが最初に断ったのはそういうことだ。


「……地元出身の議員が半数にも満たないという現状は、存じ上げませんでした。であれば、閣下の仰る買収が決して暴挙ではないことも理解できますが……。それでも、地元のことを考える議員が増えるのも大切なように思います」


 納得はしたが、少しだけ反発も覚えてジュディがそう言うと、ガウェインはにこりと微笑む。


「連合王国の内、旧王国単位で見ると、古王国バードランド選出の下院議員は実に地元率九割を数える。自国の、つまり地元の不利益を呑まないつもりで一致団結しているよ。彼らは国という単位で政治を考えてはいないが、地元にとっては頼みの綱だろう」


 頑迷なのだろう。国全体のためではなく、ただでさえ虐げられているバードランドをこれ以上劣勢にしないために、戦っているに違いない。それを正しいとも間違いともにわかには言い難い。


(そのバードランドの王族筋のステファンさんに、バードランド以外の選挙区で議席を用意しようだなんて、下院からも睨まれるのでは……)


 現在ガウェインがどの程度下院を掌握し、影響力を持っているのかはわからないが、確実に敵を増やす気だ。

 ジュディは、それとなく父に伝わるようにと願いを込めてガウェインに質問をする。


「そうであれば、バードランドの民は国政へ影響力を得るために議席を欲しているでしょうね。そちらから、選挙区が買収される動きはないのですか?」


「いまのところ、そういった動きは押さえつけられていますね。バードランドの動きは皆、警戒して見ている」


 しれっと答えられた。

 それでもやる気なんですね? ジュディが目で尋ねると、ガウェインは目を輝かせ、口元をわずかに引き締めて小さく頷く。やる気なのだ。


「バードランドは、たとえ公爵でも連合国の爵位を得てなければ貴族院の議席がない、実質平民同様の扱いだからな。それを逆手に取れば下院でももぐりこめるのか」


 横で聞いていたリンゼイ伯爵が、何気ない口調で言う。ジュディは父とは反対側を向いて、自分の表情の変化を気取られないようにした。


(お父様、何を気づいてます……!? 閣下の企てについて、そこまで気づいています!?)


 ガウェインはといえば飄々としたもので、「まさに」と相槌を打っている。


「優れた能力を持つ者が、貴族ではないことを逆手にとって下院入りをし、頭角を表すというのはある意味で正道ですね。実際に現在は貴族院よりも下院の方が動きは活発です。いずれ宰相職は廃止となり、首相を下院から選出する方式となるでしょう。バードランドの貴族が、下院からこの国の事実上のトップに立つことも可能です」


 呼吸が苦しい。なんというすれすれなことを言い出すのだ、と。

 一方のリンゼイ伯爵はなるほどなるほどと膝を打つ。


「もしそんなことがあれば、私なら本人の父親に叙爵されるように手を回すかな。父が亡くなったところで自動的に本人が爵位を引き継ぐことになり、貴族籍に入ることで下院議員としての資格を喪失する、と。そこで政治家生命は終わりだ」


 黒さしか感じさせない伯爵が、政敵を追い落とす案を呟く。

 あはは、とガウェインが軽やかな笑い声を立てた。


「それはいいですね。本人に叙爵をといえば逃げ回られるでしょうから、父親を口説いてしまうわけだ。この国のご老人は名誉に弱い。功績を称えて国がぜひにと望んでいるといえば、爵位を受けてしまう可能性は高いです。親子仲も最悪の形で引き裂けそうですね」


 笑うところだろうか、とジュディはしくしく痛む胸を押さえた。唯一確信できたのは、この二人は楽しそうに会話をする、ということだった。

 そろそろ潮時と見たのか、伯爵は「よくわかった」とそこで話を終えた。


「投資の話は前向きに考えておく。この国の未来のために」


 ガウェインが、すっと笑いを収めてリンゼイ伯爵を見た。


「ありがとうございます。あの土地をお持ちの方と、私はさほど親しくありません。伯爵の協力が必要と考えていました」


「いつからだ?」


「かなり前からです」


 一切ごまかしたり、駆け引きする気配も見せずに、ガウェインは速やかにはっきりと答えた。伯爵は動きを止めて、しばしガウェインの顔を見ていた。


(買収に問題になるのは金銭ではなく、ひととの繋がりであって、お父様を味方につけておく必要があったと……)


 リンゼイ伯爵はやがて、小さく息を吐き出し、告げる。


「何かと忙しい身だろう。娘も疲れている。そのお茶を飲んだら、送ろう」


 帰りなさい、という意味のようだった。



 * * *



 送ろう、という言葉通りに伯爵は退席することなくお茶に付き合い、玄関の外でガウェインが馬車に乗るまで立ち会った。

 ウェインが「それでは」といよいよ乗り込もうとしたとき、突然声をかける。


「娘の仕事ぶりはよくわかったが、どうだろう。親としては少し真面目に過ぎるきらいがあるように思う」


 一緒に見送りに出ていたジュディは、突然話が自分に向いたことに驚き、横に立つ父を見る。それから、ガウェインを振り返った。


「たしかに、仕事に対して非常に真摯に取り組んでくれていますが、適度に気を抜いたり、楽しんでみてても良いのかなと思うことはあります。たとえば、普段はわざと地味なドレスを身に着けてますよね。王宮はその点、そこまで締め付けてはいません。もっとお好みのものがあるようでしたら、自由になさってよいかと」


 ドレス? とジュディは首を傾げそうになる。


(あまり目立たないようにはしていたけれど……。未婚のお嬢さんのように華やかに振る舞っても、遊びに来ているのかと眉をひそめられそうで)


 パレスでガウェインに用意してもらったドレスに袖を通したときは、素直に嬉しかった。そのことを思い出していると、リンゼイ伯爵がさらに言った。


「おそらく、自分ではよくわからないのだろう。娘はそのへんは、勉強ほどに熱心に取り組んでこなかったようで」


「わかりました。では、今度俺に贈らせてください」


 ふざけた様子もなく言われ、ぼんやりと聞いていたジュディはそこで我に返る。これを受けたら後に引けなくなる、と慌てて言った。


「そんなことをして頂いても、私は何もお返しができません」


「もし私からリクエストが可能であれば、ぜひ次の夜会でパートナーとしてご出席願えませんか。それならドレスを贈る理由になります。どうですか?」


 即答できなかった。

 ただ、父親の前ではっきり宣言をする豪胆さに、ガウェインはそもそも後に引く気はないどころか、前に進むつもりなのだと強く感じた。

 ジュディは軽く目を閉ざし、自問自答をした。

 呼吸を整えてから、目を見開いて彼を見つめ、返事をした。


「ご親切にありがとうございます。社交は不得手と避けてきましたが、閣下の足を引っ張らぬように復習しておきます」


 眼鏡の奥でガウェインは目を瞠り、すぐに滲むような笑みを浮かべて「ありがとうございます。お願いします」と言った。



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