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後始末と打ち明け話

 フィリップスは気を失っていたが、部屋に運び込んでベッドに寝かせたところで、ぱちっと目を開けた。

 がばっと跳ね起きようとし、すぐに頭に手を当てる。側に控えていたステファンが、腕を伸ばしてその上半身を支えた。


「痛みはどうですか? 急に動かない方が良いですよ」

「先生は無事か?」


 具合を尋ねたステファンの声に、フィリップスの問いかけが重なる。その視線がさまよい、ステファンの背後に立っていたジュディに向けられた。

 目が合ったところで、ふ、と皮肉っぽく笑われる。


(またからかう気ですか。起きたばかりだというのに、元気ですね! 結構なことです!)


 教師としての威厳を取り戻すべく、ここは毅然として対処をしよう。ジュディはそのつもりで気を引き締めたが、フィリップスはこれまで見たこともないほど優しげなまなざしになって、呟いた。


「無事なら良かった。ハッタリがきかなくてな、隙をつかれた。俺は、自分を過信していたようだ。ステファンが戻ってきてくれたのか?」


 飾らない言葉。

 後半は、ステファンに向けての確認だった。

 ステファンは「まだ横になっていてください」とフィリップスを支えながら横たえ、そっと腕を抜いた。


「宰相閣下です。普段、人前では武芸のたしなみがある素振りは絶対見せないんですけどね。先生の危機にカッとなったみたいで、それはもう月光に照らされた狼男ウェアウルフのように暴れてましたよ」


 ちら、とステファンがジュディに視線をくれる。


(狼男? そこまで凶暴……、だったかもしれない)


 否定できないものがあった。

 ガウェインは、日頃の所作は洗練されていて無駄がないが、あくまでおっとりとして優雅だ。しかし、過去に助けられた経験から、腕に覚えがありそうだとジュディは薄々感じていた。

 その上で、今晩目にした彼の振る舞いはまったく躊躇がなく、その分野においてもひとかどの者と知れた。おそらくなまじの護衛も必要としないほど、本人が強い。


「それで、全部終わったのか? ここは?」


 フィリップスが、ようやく一息つけるとばかりに、ため息を吐き出しながらひとつずつ確認をする。

 ステファンは「この部屋は貴賓室ステイト・ルームの一室で、公爵閣下がご用意してくださいました。安全です」と質問に答えてから、フィリップスが倒れていた間にあった出来事の説明を始めた。


 あの後――


 貯蔵庫に駆けつけた屋敷の者に言伝ことづてをし、主である公爵と連絡を取った。すでに館内での発砲音に気づいていたラングフォード公ヘンリーは、一室に集まっていた紳士たちに動かぬように言い含めてその場にとどめた上で、別室に集まっていた夫人たちの安全も確保。

 夫婦ともに、夜の集まりに参加していなかったアリンガム夫妻の部屋を真っ先に確認したところ、どちらの姿もなかったが、部屋はひどく荒らされていて壁に銃痕も見つかったとのことだった。


「夫人はいなかったのか?」


 落ち着かないのか、再びゆっくりと体を起こして、フィリップスが聞き返す。その視線がまた自分に向くのを感じて、ジュディは頷いてみせた。


「閣下が、手はず通り間男として部屋に忍んでいったそうなんですが、ノックをして入ると同時に撃たれたそうです。それはかわしたんですが、敵もさるもので、もう一発。そちらも回避したそうなんですけど、窓際から撃ってきた相手は、そのまま窓から逃げ出してしまったそうで。初めからユーニスさんの姿もなかったと。閣下はそこからすぐにアリンガム子爵の確保のために、こちらへ向かってきたそうで」


 聞いた通りの事実を告げたのに、なぜかステファンからの視線が痛い。何か? と目で尋ねると「先生から何度も『間男』呼ばわりされては、さすがの閣下も泣きますよ」と低い声で釘を刺された。


「なるほど。だとすると、捨て駒はアリンガム子爵だけで、夫人は最初から黒幕の一味だったとも考えられるな。一緒に脱出したか。案外、声をかけた時点でステファンの素性にも気づいていたんじゃないか。誘惑どころか、勧誘のつもりで」


 水を向けられたステファンは、いたって落ち着き払った様子で「さて、どうでしょう」と答えた。

 事情のわからないジュディは、聞いて良いものかどうか、もぞもぞと胸の前で手を組み合わせる。

 ベッドの横に片膝をついていたステファンは、すっと立ち上がった。透き通るような水色の瞳でジュディを見下ろして、抑揚のない声で言った。


「俺はバードランドの出身です。名目上は連合王国のひとつであり、あちらでは公爵家の血筋で準王家ですが、この国での貴族称号を得ていませんので、貴族院において議席がありません」


 とっさになんて答えて良いかわからず、ジュディは「そうでしたか」と返事をするにとどめた。

 内心では、思ってもみなかった素性にしっかり驚いていた。


 この国は連合王国で、複数の国が参加して成り立っており、それぞれに貴族階級制度がある。建前の上ではその扱いに差がないものとされているが、実際には各国間で格差はあり、特にバードランドはすべてにおいて冷遇されている国だ。ステファンが言った通り、貴族位をもっていても、この国の爵位()得ない限りは議会に席がなく発言権もないという。

 公爵家ということは、国に帰ればほとんど王子様のようなものだというのに。


「どうして、ここに……」


 聞かないで済ませてしまえば二度と聞く機会がないかもしれないと、ジュディはあえて尋ねる。ステファンは特に気にした様子もなく、淡々と答えた。


「爵位を得るためです。この先、なんとしても議会に議員をねじこみ発言権を得なければ、バードランドの冷遇は続くでしょう。俺の事情を知った上で、閣下が王宮に迎え入れてくださいましたので、かくなる上は爵位に近づくように活動をしていました。ただ、まだ素性は伏せています。あの国の人間であると知れれば、王家にたてつく反乱分子とみなされ、何かを成し遂げる前にさっさと排除されるのがオチですから」


「ぶしつけな質問でしたが、教えてくださってありがとうございます」


 ジュディはなんとかそれだけを言った。

 そのとき、ドアがノックされた。全員が黙って音の方へと視線を向けたところで、ドアの外から声がかけられる。


「私だ。だいたい、後処理が終わったので一度戻ってきた。殿下の容態を確認したい。みんな無事だろうか?」


 ひと仕事を終えたガウェインが、ようやく戻ってきた。




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