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何度も何度も

「私は全然平気ですよ。ご覧の通り、ぴんぴんしています。目に見えない部分は結構ぐっさりやられていますけどね!」


 存在が重くないと言われたり、ユーニスと美女比べされて満場一致の敗北を喫したり、どんくさい女と呼ばれたり。なかなかハードな扱いを受けた記憶がある。心が弱ければ挫けていたかもしれない。それを、あくまで恨みがましくならない程度に冗談めかして言ってみたつもりであった。

 だが、ガウェインはジュディのセリフを言葉通りに受け取ったらしい。


「服の下ですか? 血が出ていますか? 応急処置くらいならできます。手遅れになってはいけませんので、見せて頂いて良いでしょうか。こんなところで、あなたを失うわけにはいかない」


 押し殺した声で、早口に申し出られる。

 光が乏しい中でも、発光しているかのように輝く金の瞳。眼鏡で覆い隠されていないこともあり、いつもより眼力が鋭く感じられ、秀麗な美貌が際立つ。

 視線がぶつかって絡んだまま、ジュディは身動きもできずに固まった。


(「あなたを失うわけにはいかない」ですって……!? 今日一番の高待遇だわ!)


 さすがガウェインは、ジュディを見込んで雇い入れただけある。雇い主にここまで言ってもらえたら、少なくとも今すぐ仕事を失うことはないように思われた。ガウェインの真剣さにつられて、一瞬真顔になっていたジュディだが、再び笑みを広げてみせた。失職しないという安心感に、頬が緩んだのだ。


「その言葉だけで十分です。閣下の一言で、報われましたわ。ここに閣下がいてくれて良かったです。閣下は私のヒーローですね」


 言うだけ言ったところで、ジュディは状況に気付いた。ガウェインに抱き寄せられて、自分もまた寄りかかってその体に腕を回している。


「ジュディ、あなたは」


 耳元でガウェインが吐息混じりに甘い囁きを漏らしていたが、そのときにはすでに、ジュディは聞いていなかった。ガウェインの胸に腕を突っ張って距離を作り、勢いをつけて体を引きはがす。


「すみません! 思い切り寄りかかってしまいまして! 本当に、怪我はしていないんです! それなのにこれではまるで『感動の再会』みたいですよね! 私ってば、恥ずかしい……。閣下、失礼しました。忘れてくださいませ」


 恥ずかしい恥ずかしい、と言いながらジュディは両手で頬を覆う。


「何も、失礼では」


 ガウェインは未練がましくぼそぼそと呟いていたが、ジュディは「それよりも!」と強引に話題を変えた。


「殿下ですよ! ステファンさん、殿下の具合はいかがですか!?」


 灯りを手近な棚に置いて残し、ステファンはすでに通路の向こうに消えていた。角を曲がったところから、声が返る。


「心臓は動いています。気を失っているだけのように見えます。殴られどころが悪ければ、目を覚ますかはわかりませんが」


「ええっ」


 率直な報告に色をなして、ジュディは慌てて走り出そうとした。すっかり瓶のことを失念していたせいで、思いっきり瓶を踏んで、後方にふっ飛ばされるような勢いで倒れかける。

 どさ、とガウェインの胸に転がり込み、安定感のある腕に抱きとめられた。そのまま、両腕で抱き上げられる。


「足元が危ないみたいなので、通路を抜けるまで運ばせてください。暴れないでください。不埒なことは考えていません」


 男性から、こういった扱いを受けることのないジュディは、縮こまってしまった。必要があってのこととわかっていても、危険な道を自分以外の誰かが代わって歩いてくれるなど、これまでの人生では全然考えられない事態である。


「足元、見えていますか? すみません」


 恐縮してジュディが言うと、ガウェインがくすっと笑った気配があった。


「女性のあなたより、男である俺の方が体力があります。今日はまだ、そんなに疲れてもいません。気にせず身を任せてください。あなたの役に立てると俺も嬉しい」


 ガウェインの腕の中で、ジュディは参りましたの気持ちで目を閉ざした。


(私、閣下のこういうところが好きなんだわ。恩着せがましくないのに、しっかり優しい。私のこともきちんと見ていて、認めてくれる感じ。本当に、閣下に出会っていなかったら、私は今とは全然違う人生を生きていたわね)


 通路を抜けると、ステファンはもう一つの燭台の光の中で、倒れたフィリップスを抱き上げて怪我の確認をしているようだった。意識のないフィリップスの姿を見ると申し訳ない気持ちになり、ジュディは暗い声で告げた。


「殿下にかばって頂くなんて、あってはならないことです。私が盾になるべきところだったのに」


 すると、床に片膝をついていたステファンは、低い位置から見上げてきて言った。


「殿下は、目の前に自分の民がいて、危険が迫っているときに、自分だけが助かれば良いと考える方ではありませんよ。殿下があなたをかばうのは、当然のことです。それが殿下の矜持なので」


 それから、視線をガウェインに向けた。非常に何か言いたげな顔に見えたが、ジュディが窺ってみると、ガウェインは視線を背けている。なぜ? と思ったところでステファンが感情をのせない声で呟いた。


「何回か心臓握りつぶされてましたね。息してますか、閣下」


「心臓!? え、それ死にますよね!?」


 なんの話かわからぬまま、ジュディはぎょっとして話に割り込んでしまう。それが気に触ったのか、ステファンからは大変しら~っとした冷たい視線を向けられた。思わず、ごめんなさい、と謝ろうとしたところで素早く言われる。


「わかっていないなら、口を挟まなくて結構ですよ。あなたは少し、黙っていた方が良いと思います」





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