彼女、本当の自分を求められる
急いで瓶のラベルを確認する。
ラベルには、日本酒と書かれていた。
燐華さんは、躊躇いもなく日本酒を口に入れようとしていた。
おそらくアルコールに慣れており、臭いが分からないのだろう。
だから、日本酒が入っているとも知らずに、飲み物を口に入れる。
「ぶふっ......! ごほっ......!」
燐華さんは口に含んだ日本酒を吐き出す。
そして、思い切り咳き込んだ。
燐華さんは、テーブルにコップを勢いよく置き、立ち上がる。
「志永くん! 何で日本酒なんて出したの!?」
燐華さんが怒り、俺に詰め寄ってくる。
「す、すみません! 昔の燐華さんのことを考えてたら、無意識で......!」
「......っ!」
俺は、思っていたことを正直に言い、謝る。
それを聞いた燐華さんは、一瞬だけ悲しそうな顔をした。
そして、すぐにまた怒る。
「昔の私は忘れてっていったでしょ!」
「ご、ごめんなさい!」
本気で謝る俺。
「お酒を飲んだら......! 抑えてたのに、抑えられなくなって......!」
アルコールが回ってきたのか、燐華さんの顔が赤くなってきた。
それと同時に、燐華さんの目から涙が零れ始める。
もしかしたら、酔いで本来の性格が表に出てこようとしているのかもしれない。
出したいと思っているのかもしれない。
しかし、それを拒んでいる自分もいる。
感情がぐちゃぐちゃになり、混乱してしまっているのかもしれない。
燐華さんには、酒の話はするなと言われた。
それを約束するかのような、指切りもした。
燐華さんは、誰も傷つけたくないというその一心で自分を犠牲することを選んだ。
そうすれば、みんなが幸せになれると。
だが、本当にそうだろうか。
現に俺は、美湖さんは幸せではない。
そして、燐華さん自身も。
周囲の理想を演じ、自分を抑えている燐華さんは、幸せなのだろうか。
そんな疑問と諦めきれない気持ちが、無意識に俺を突き動かした。
その結果、日本酒を飲ませてしまった。
無意識の俺が。
本当の彼女を望んでいる俺が生み出した、おそらく最後の説得のチャンス。
(燐華さん......! ごめんなさい......!)
俺は、決意した。
燐華さんを取り戻すと。
「燐華さん!」
俺は大きな声で燐華さんの名前を呼ぶ。
突然の大声に、燐華さんは驚く。
「な、何......?」
「お願いです! 燐華さん! 元の......! 元の燐華さんに戻ってください!」
俺は、本気で思いを伝えるために土下座までした。
「し、志永くん......!?」
「俺は、燐華さんのためなら、燐華さんがありのままで生きる為なら、刺されようが構いません! お願いです! 戻ってください!」
燐華さんの目をじっと見つめ、宣言する。
「そ、そんなこと言われても......! 私は嫌だよ! 志永くんが......! みんなが傷つくなんて!」
「お願いします!」
勢いよく頭を下げる。
床に頭が衝突し、鈍い音が聞こえる。
額が痛もうが関係ない。
俺の中には、元に戻ってほしいという思いしかなかったのだから。
「俺は覚悟ができてます! 燐華さんが怪我をしたあの日から! ずっと支えていくって!」
「そ、そんな......。私は......!」
燐華さんが膝から崩れ落ちる。
そして、袖で涙を拭う。
「私だって戻りたいよ......! でも......。でも......! 怖いの! 傷つくのが......! もうあんな目に合うのは......!」
俺は、頭を上げた。
燐華さんの目はこすったせいで充血し、真っ赤になっていた。
幼い子どものように泣きじゃくる燐華さんを、俺は優しく抱きしめた。
「俺のことは大丈夫ですよ......。燐華さんを支えるって誓ったんですから......。お願いです......。俺のためにも、自分のためにも......」
「志永くん......! 志永くん! ひぐっ......。うわあああああぁぁぁぁぁん!」
燐華さんは、大人気もなく大泣きしてしまった。
そんな燐華さんの背中を優しく撫でる。
そして、長い間泣き続けた。
長い間泣き続けると、泣き疲れたのか、泣くのをやめた。
そして、突然立ち上がった。
テーブルの方に歩いていき、コップに入った日本酒を一気飲みする。
「燐華さん......!」
空になったコップを、テーブルに置く。
「......仕方ないなぁ。せっかく、本来の自分を捨てようとしてたのに......」
燐華さんが涙を流しながら俺のことを見る。
「私を戻した責任......。絶対、最後まで取ってね.....!」
真っ赤な顔をし、涙を流した燐華さんの顔は、久しぶりに見た満面の笑みだった。
その笑顔を見て、俺まで涙を流してしまった。




