彼女、戻らない
俺が病院に運ばれてから数ヶ月後。
十二月の朝。
季節はすっかり冬になり、寒い日が続いていた。
退院した俺は、通常通り大学に通い始めた。
そして、燐華さんと登下校する日々も続いている。
俺は、燐華さんの部屋のドアをノックする。
「今行くね」
燐華さんの声が聞こえてきた。
寒い空気の中、俺はぼーっとしながら待つ。
冬の冷たい風が、頬を撫でる。
今日はいつもより寒く、凍えてしまいそうな日だった。
そんな中、しばらく待つと燐華さんがドアを開けた。
「寒い中待たせてごめんね。じゃあ、行こうか」
俺は、燐華さんと手を繋ぎ大学へ向かった。
「......こんな寒い日だと、お酒を飲んだら温まってちょうどよさそうですね......」
俺がぼそりと呟くが、燐華さんは反応を示さない。
以前なら、じゃあお酒でも飲みながら通学するか、とでも言ってたと思う。
あの明るくて、陽気で、人として終わっていた彼女は、もうこの世にはいないのだ。
大学では、もうじき行われる学園祭の準備で、生徒たちが張り切っていた。
俺たちも例外ではなく、みんなが盛り上げようと放課後まで残り、準備をしていた。
「燐華さん! ここの飾りつけどうしましょう!」
燐華さんは、友人に飾りつけをどうするか聞かれていた。
「ここは、こうしたほうがいいかな......」
冷静に適切な案を出す燐華さん。
「なるほど! ありがとうございます!」
女子生徒はお礼を言うと、飾りつけの準備を始めた。
「燐華さんってすごいねー。頼りがいがあってかっこいいし」
「ねー」
生徒たちから、燐華さんを褒める会話が聞こえてくる。
俺たちは、講義室を利用し、休憩スペース兼喫茶店の運営をすることになっていた。
そして、燐華さんがリーダーというわけでもないが、頼りになると判断されたのか、場を仕切る存在となっていた。
夜八時くらいまで準備をすると、本日は解散となった。
外は朝と同じくらい寒く、俺たちは速足で駅まで向かった。
「燐華さん。明日はお休みですし、よかったら......」
俺は、家で飲まないかと誘おうとした。
「......志永くん。もう、そういうのはやめてほしい......」
悲しそうな顔をしながら燐華さんが言う。
そんな表情を見て、俺は黙ってしまった。
それから、特に会話は無かった。
その後、燐華さんを家まで送り、一人で帰ることになった。
暗く寒い道を、一人で歩く。
「どうしたら燐華さんが戻ってくれるんだ......」
俺が告白する前だったら、今の燐華さんこそ理想の彼女だった。
クールで美しい女性。
そんな彼女に惚れて告白したのだから。
だが、今は違う。
人として問題があるが、明るくて、優しい燐華さんこそが、俺が求めている本来の燐華さんだ。
燐華さんも、自分を押し殺しており、辛いはずだ。
だからこそ、お互いのためにもこの現状をどうにかしたかった。
水と言い張って酒を飲ませ、本心が出かけたところで説得をしようとも考えたが、そんな荒々しい方法は流石に良くないと思い、断念した。
退院してから元に戻るきっかけを探っているが、今のところ何もなかった。
あの彼女は、完全にこの世から消えてしまった。
もう、元には戻らない。
諦めた俺は、過去の燐華さんを忘れ、前へ進もうとした。
だが、俺の頭から陽気な燐華さんが消えることはなかった。
次の登校日。
朝の二人での登校。
「燐華さん......」
「......何?」
「こんな寒い日は......。......暖かいカフェオレとか飲みたくなりますね」
「......そうだね」
燐華さんは少し笑った。
「帰りにでもカフェに寄って飲みませんか?」
「......いいね。約束だよ」
燐華さんは小指を立て、俺の前に持ってきた。
俺も同じ様に小指を立て、指切りげんまんをした。
この指切りげんまんは、おそらくカフェに寄る約束を破るなという意味だけではないと思う。
二度と酒の話を、過去の話をするな。
そういう意味も含まれていたのかもしれない。
放課後。
俺たちは、近所のカフェへ来ていた。
朝に飲もうと話していた温かいカフェオレを注文し、席に着く。
「そういえば、もうそろそろ学園祭の準備も終わりそうですね」
「そうだね。みんなが頑張ってくれたおかげだよ」
「いやいや。みんなだけじゃなくて、燐華さんがリーダーとなってみんなを引っ張ってくれたからですよ」
「私は別に、リーダーになったつもりはないけどね......」
少し照れる燐華さん。
「そういえば、準備終了記念にみんなで食事に行くって言ってましたけど、断ってましたよね」
「うん......」
おそらく、酒を勧められて飲むのが嫌なのだろう。
飲んでしまえば、今の自分を維持するのが難しくなってしまう。
燐華さんは、それを恐れているのだと思われる。
「......俺も行くのやめます。燐華さんと一緒に居たいですから」
「そう......。ありがと」
「そうだ。料理を用意するので、二人で楽しみませんか?」
「......うん」
燐華さんは笑顔で頷いた。




