彼女、祝杯をあげる
追い払って以降、夏鈴さんは俺達の前に現れることはなかった。
俺達は平和な一日を過ごし、帰宅した。
帰り道、燐華さんが酒を飲みたいと言うので、俺は燐華さんの家に寄ることにした。
燐華さんは日本酒を取り出し、コップに注いでいく。
それを一気に飲み干す。
「うまーい!」
そう言いながらコップをテーブルに叩きつける。
そして、何度も何度もグラスに注いでは飲むを繰り返す。
「燐華さん......。すごいですね......」
「ん? 何が?」
「だって、夏鈴さんの記憶が戻って、あんなことがあったのにもう元気で......」
俺はコーヒーをかけられたこと。
そして、今日の大学のことを思い出しながら言う。
「正直言うと......。悲しいよ。泣きたいよ。でもね......」
燐華さんは話しながら酒を注ぎ、飲む。
「夏鈴ちゃんが私との未来よりもいじめを選ぶっていうんだったら、もうそれを受け入れるしかないよ。悲しんだところで未来は変わらないし。だったら、無理にでもお酒飲んで元気を出して、立ち向かうしかないよ」
酒を再び一気に飲み干す。
そして、面倒になったのか瓶から直接飲み始めた。
「燐華さん......。すごいですよ!」
燐華さんの心の強さに感動し、思わず本心が出てしまった。
「そう? えへへー」
照れながら酒を飲む燐華さん。
物凄い勢いでどんどん飲んでいく。
「だから安心して。私は絶対に負けなおええええええええ!」
かっこいいセリフの途中で盛大に吐く燐華さん。
「志永くーん! ごめーん!」
涙目になりながら謝る燐華さん。
俺は複雑な気持ちになりながら嘔吐物の処理を始めた。
一方その頃、夏鈴の家にて。
「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!」
夏鈴はそう言いながら壁を蹴っていた。
今朝の燐華と志永の態度があまりにも気に食わず、そのストレスによる八つ当たりだった。
「はぁ......。はぁ......」
壁を蹴るのをやめ、荒げた息を落ち着かせる。
そして、ベッドに座り、自分の太ももを強く叩いた。
「こんなんじゃ、私の方がおかしくなる......」
いじめて優越感を得ようとしていたのに、逆に劣等感を感じてしまっている現状に気が狂いそうになっていた。
そんな夏鈴は、何かを思い出したかのように机の引き出しを開ける。
そこには、ほぼ新品のカッターナイフが入っていた。
「......いつでも殺せると思っておけば、少しは落ち着くはず......」
そう一人で呟きながら、大学に持っていっている鞄にカッターナイフを投げ込んだ。




