彼女、試練に挑む
三週間後の大学にて。
本日は俺は午前しか講義が無く、午後は空きコマだった。
燐華さんはあと少しだけ講義が残っていた。
レポート課題の提出日が近づき、生徒たちはみんな焦っている。
俺もその一人だ。
そして、燐華さんも困っている、と思っていた。
「私? 私はもう九割は終わったけど?」
燐華さんは普段は俺頼りなのだが、今回のように丸パクリできず、定期的に確認される課題に関してはテキパキこなすのだ。
「じゃあ、俺は実家に用事があるので、先に帰りますね。レポート課題もやらないといけないですし」
「私も行っていい?」
俺は周りを見渡す。
そして、耳元に口を近づける。
「燐華さんが来ると酒飲んで暴れるかもしれないからダメです。そしたらレポートどころじゃなくなっちゃうので......」
燐華さんの耳元でささやく。
少し残念そうな表情をする燐華さん。
そんな燐華さんにさよならを言い、俺は先に帰宅した。
燐華の講義終了後。
持ち物をトートバックに入れ、帰る準備をする。
しかし、そんな燐華に試練が訪れようとしていた。
「おーい。燐華ちゃーん」
聞きたくない声を聞き、体がビクッっと震え上がる。
「あーごめーん。驚かせちゃって」
夏鈴が燐華に手を振りながら近づいてくる。
「あ、ど、どうしたの......?」
「いやー、実はさー課題がなかなかうまく進んでなくてさー。教えてほしいと思って!」
燐華の心臓がドクンと大きく動く。
そして、とてつもない早さで心拍数が上がっていく。
「い、いいけど......」
過呼吸になりそうな自分をうまく制御しながら返事をする。
自分の印象のために、断ることはできなかった。
「よーし、じゃあ行こっか!」
夏鈴は燐華の手を握り、歩き出す。
「えっ、どこに......?」
「え? 私の家だけど......」
「あ、ああ。家でやるのね......」
「だって、そっちの方がリラックスできるでしょ? 私、学校の雰囲気がちょっと苦手で、緊張しちゃうんだよねぇ。ということで、行こ」
夏鈴に手を引かれ、一緒に教室を出る燐華。
もう逃げることはできない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かせながら、燐華は夏鈴に付いていく。
夏鈴の家にお邪魔した燐華は、緊張していた。
時刻は午後二時。
予想解放時刻は、夕食が近い午後六時。
四時間の我慢。
(四時間頑張れば......)
「燐華ちゃーんお待たせー。適当に買ったお菓子ばっかりだけどいい?」
市販のお菓子とケーキ、ミルクティーを載せたおぼんをテーブルに置く。
「燐華ちゃん食いしん坊っぽいから、私よりケーキ多めにしといたよー」
「あ、ありがとう......」
「いいっていいってー。教えてもらう立場なんだし......。って、あれ?」
夏鈴が燐華の様子を伺う。
「汗凄いけど......。もしかして暑がり?」
「えっ!? う、うん。実は......」
「そーなんだ。じゃあ、エアコン付けるね」
夏鈴はエアコンのリモコンを手に取る。
電源を入れ、気温を二十四度にセットする。
(嘘ついちゃったけど、私寒いの苦手なんだよね......)
暑がりと言ってしまったことを後悔したが、撤回すると疑問に思われそうなので我慢することにした。
「じゃー早速なんだけど。私のレポート見て、感想教えてくれる? まだ途中だけど」
「う、うん」
燐華は夏鈴からレポートを受け取り、読み始めた。
(寒いし、吐き気が......)
寒さと緊張、そしてタバコを吸っていなかったことにより、早くも燐華は限界を迎えていた。
(レポートの内容が入ってこない......)
冷たく身を凍らせるような風と、呼吸ができていないような感覚を燐華が襲う。
紙を持っている手も、手の冷たさと緊張で無くなっていた。
だが、燐華は諦めなかった。
ここで失態を犯してしまえば、今まで保ってきた印象が崩れてしまう。
辛くても涙を流すことはできない。
心の中で泣くことしか許されないのだ。
そして、全てを読み切った。
ちらりと壁に掛けられていつ時計を確認する燐華。
時刻は三十分経過していた。
三十分という時間がここまで辛く、長く感じたのはこれが初めてだった。




