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♰01 姫と騎士とヴァンパイア。


ベリーベリーベリーハッピーデー。


ハロハロハロウィンもの!



 私達は、想い合っていた。

 身分のせいで、それは口にしたことはなかったけれど、確かに愛していたのだ。

 あの頃の私達は、十分だった。

 熱のこもった瞳で見つめ合う。ただそれだけでーー。




「ノルアっ」


 私は愛する騎士の名を口にした。

 息も途切れ途切れになりながらも、足を動かし続ける。

 ヒールで走ったおかげで、ひりひりして痛い。

 でも、それを言えるような状況ではなかった。


「姫様っ!」


 先を行くノルアは、立ちはだかった敵を剣で切る。

 肩から腹部までを切りつけたと言うのに、一度よろけただけで、再び向かってきた。


「っ! ヴァンパイアめっ!!」


 忌々しそうに吐いたノルアは、鋭利な爪を生やした手を両断する。

 流石のヴァンパイアも、手がなくなった痛みにのたうち回った。

 ヴァンパイア。

 不老不死と聞く存在の襲撃に遭っていた。

 この城だけなのか、または国中なのか。わからないほど、私達は混乱した。

 唐突に現れた夜の怪物達は、生き血を求めて襲い掛かる。

 私とノルアは、他の騎士達に逃がしてもらい、城を脱出しようとしていた。

 しかし、闇から出てくるかのように、ヴァンパイアはそこらかしこにいる。

 またもや、行く手を阻まれる。

 複数のヴァンパイアを骨ごと切っていては、剣が折れかねない。

 まともに戦うより、逃げることが先決。


「ノルア!」

「姫! そちらは行き止まりになります!」

「上に行くの! ヴァンパイアなら陽の光で灰になるはず!」

「しかし、まだ陽の出はっ」

「立てこもるの!」


 強行突破は無理だ。私はノルアの腕を引っ張って、階段を上がっていく。

 でもヒールで、くじいてしまいそうになった。


「抱えます!」


 ノルアは片腕で私の身体を持ち上げて、階段を駆け上がってくれる。

 どんどん上がっていくけれど、後ろも迫ってきている呻き声を聞く。

 最上階の塔に辿り着いた私達は、すぐに立てこもろうと扉を塞ごうとした。

 間一髪、テーブルで塞ぐことに成功。


「持ちませんっ」


 ノルアが他に武器がないかと探し始めた。

 陽の出は、まだなの!?

 私が振り返った先には、バルコニーがある。

 そこを突き破り、新たなヴァンパイアが侵入した。

 ガッと腕を掴んできたから、振り払う。ビリッとドレスの袖は破かれた。


「姫!」

「ノルアっ、後ろ!!」

「っ!」


 塞いだはずの扉を、壊してヴァンパイアが入ってくる。

 一人のヴァンパイアの首をはねたノルアのそばに駆け寄ろうとしたが、今度はドレスの裾を掴まれた。

 ノルアが私の元に戻ろうとしたが、ヴァンパイアに捕まってしまう。

 剣が床に落ちてしまった。


「うぐあっ!」

「ノルア!!」


 私は、悲鳴を上げる。

 ノルアの首に、ヴァンパイアが噛み付いたのだ。

 次から次へと、ノルアの生き血を狙って群がっていく。

 ヴァンパイアに噛まれたものが、どうなるかなんて今はどうだっていい。

 ドレスの裾を破くように振り払って、私は剣を拾って、投げ渡す。

 受け取ったノルアは、ヴァンパイアを切り捨てた。でもまだ背中にしがみつかれて、血を啜られている。

 私の足を掴み直したヴァンパイアが噛もうとしするから、ノルアが剣を投げつけた。

 頭に命中し、私は助かったーーーーそう思ったのだ。

 剣を掴んで抜いた時、私は囲まれていた。

 ここに来たのが間違えだ。

 なんでこんな判断をしてしまったのだろう。

 ノルアは噛まれてしまったし、囲まれていて絶体絶命。

 陽はーーーーまだ昇らない。

 藍色の夜空は、まるで闇にも見えた。

 伸ばされる手を、切りつける。何度も何度も、剣を振って切りつけても、迫ってくることに変わりない。

 ぐるぐるっと回ってしまう視界。


「ひ、めっ」

「ノルアっ!」


 獣のような呻き声の中、不思議とノルアの小さな声が届いた。


「っ! ヴィオレン!!」


 ノルアが、私の名前を叫んだ。


「ノル、アッ……!」


 襲い掛かるヴァンパイアを両手で切りしてたあと、よろけた。

 ヒールが折れて支えを失った私はーーーー。


「ヴィオレン!!!」


 バルコニーから、落ちた。

 床に倒されたノルアが、手を伸ばしていたけれど、届くことはない。

 身体全体を冷たさが、通り抜けていく。


「ノルアっ」


 金色の髪が、靡く。

 涙が、藍色の闇に飲まれた。

 多分、愛おしい人を呼ぶ声も、飲まれただろう。

 きっと最後の声は、届かない。

 でもせめて。

 一度だけでもいいから。

 伝えたかった。


 愛しているのだと。


 言えなかった。一度たりとも。

 言い合えることも、出来なかった。

 最期だけでもいいから、言えばよかったのに。


 奇しくも私は、とても長い時間、ノルアと過ごした庭園に、落ちた。

 愛しい思いでしかないそこがーーーー私の最期。




「はっーーーー!!!」




 私は、ベッドから飛び起きた。

 カーテンの隙間から、差し込むのは陽射しだ。


「ノルア……ああ、ノルア……!」


 陽射しで目が眩んでも、涙は溢れて止まらなかった。


「私の、ノルア……!」


 ”私”は死んだ。

 ヴィオレン・レジー・ヘルシング。ヘルシング王国の姫だった。

 何故、記憶が蘇ったのだろうか。

 脳だけじゃない。魂が、記憶していたのだろう。

 きっと思い出せと、今まで叫んでいたに違いない。

 今まで、ヴァンパイアという存在に怯えていた。恐怖が過って、仕方なかったのだ。

 けれども、百年が過ぎ去ったヘルシング王国は、ちゃんと自我を持っているヴァンパイアと共存している。

 あの時、私達を襲ったヴァンパイアには、自我らしきものなんてなかった。そして陽が上れば、灰になって消え去る。

 共存しているのは、陽の下を歩くヴァンパイアだ。

 今の父は、どうして私が襲われてもいないのに、ヴァンパイアを怖がるのか不思議がった。

 そして、歴史を教えてくれたのだ。

 ヴァンパイアが恐ろしい夜の怪物だったのは、百年も前の話だとーー。

 百年前の襲撃で、多くの人々がヴァンパイアになった。

 死者も大勢だ。私、ヴィオレンも、その一人。

 今の国王も、ヴァンパイアだと話してもらった。

 そして、国王の次に、有名なヴァンパイアの名前を教えてもらったのだ。

 美しいヴァンパイアの騎士。

 ノルア・キャッスルウ。

 その名前が、私の前世を呼び起こしたのだろう。


「ノルア、っうぅ……」


 ノルアは、生きている。

 百年経った今でも、生きているんだ。

 ヴァンパイアとしてーー。


 私はその日、ノルアに会いに行った。

 ノルアは、百年が経ったというのに、まだ独り身らしい。

 誰に言い寄られても、冷たく追い返す。

 美しい騎士なのに、昔と変わらない。

 一目見た時、漆黒の髪のままのノルアを見て、安堵した。

 本当に変わっていない。


「ノルアっ」


 呼んだ瞬間、私を振り返った。

 でも、昔と違うと思い知る。

 大違いだと、知ってしまう。

 近かった視線の高さが、違っている。

 そして何より、私の知るノルアの瞳とは違っていた。

 髪色と同じ、漆黒の瞳だったのにーーーー。

 熱がこもった優しい瞳だったのにーーーー。

 向けらえれたのは、血のような深紅の瞳。

 すごく冷めきった瞳だった。

 思い知る。

 私はもう、”私”ではない。

 私はもうーーーーノルアの姫なんかじゃない。

 その事実が、襲い掛かる。

 まるで、引き裂かれるような痛みが、胸の中でした。


「……っ」


 なんで。

 私はのうのうと会いに来てしまったのだろう。

 こんなノルアになってしまったのは、私のせいだ。

 私が選択を誤って、そして目の前で死んだせいじゃないか。


「ごめっ、ごめんなさい」

「……?」


 今朝、散々泣いたのに、私はまた涙を溢した。


「ごめんなさいっ」


 ごめんなさい、ごめんなさい、ノルア。

 目の前で、愛する人を失うのは、どれほど辛かっただろう。

 昔は、こんな瞳を向ける人ではなかった。

 誰に対しても穏やかな人だったんだ。

 きっと癒えない傷を与えてしまっただろう。


「ごめんなさいっ、本当にごめんなさいっ」


 百年もの時が過ぎても、癒えない傷を与えてしまって。

 ごめんなさい。

 私のせいでヴァンパイアになってしまって。

 ごめんなさい。

 あんな死に方をしてしまって。

 本当にごめんなさい。

 私は、泣き崩れた。

 麗しいヴァンパイアの騎士の前で、少女が泣き崩れたから、周囲の注目を浴びる。

 けれど、昔のノルアと違って、手を差し伸ばしたりしない。

 迷惑そうな目を向けては、ノルアは歩き去った。

 おとぎ話なら、きっとノルアは気付いたかもしれない。

 私とノルアが、生まれ変わっても、結ばれる運命ならば。

 きっと気付いてくれたかもしれない。

 そうでなくても、私は”私”だという証明が出来る。

 でも、しなかった。

 私は、もうヴィオレンじゃない。

 ヴィオレンだからって、また愛してもらおうなんて。

 なんて図々しいのだろう。期待していたなんて、浅ましい。

 もう、ノルアが愛してくれた姫じゃないんだ。


 どうか、許してほしい。

 もう、あなたの姫ではない私をどうか。

 許して、ノルア。




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