婚約破棄から始まる婚約を
「アリエル、キミとの婚約を破棄する」
第一王子のジフル・ケフ・アルケイナス殿下は私ことアリエル・ライオハインに言い放つ。
格好良く決めたつもりだろうけれど、ジフル殿下の軽薄な態度が全てを台無しにしている。
知っているのだ、ここの皆が殿下がどんな人物なのかを。
「謹んで、お受けいたします」
「な、なんだと! 婚約を破棄すると言っているんだぞ!」
「はい。ですから、お受けいたしますと申し上げました」
「何故だ! 嫌ではないのか!」
ジフル殿下の数々の愚行を思い出す。
思考に1秒かかったけど、微塵も後悔はないわ。
むしろ清々しい気分という他ない。
「私はジフル殿下の将来を考えて、身を引くことにいたします」
「クッ……お前ごときが、僕の将来を案ずるな!」
相当頭に来たようで、「クソ」の連発、近くの近衛兵を蹴飛ばしたりと見苦しい事この上ない。
キグオス・グルナ・アルケイナス王でさえ頭を抱えている。
私としては、これまで受けた数々の無礼を我慢していたせいで限界でもあった。
たとえ、殿下であろうが最低限の礼儀も弁えない人に付き合うほど、私もおバカではない。
背後では、私のお父様のルーファス・ライオハインが険しい顔を更に険しくしておとなしく話を聞いていた。
公爵であるお父様の偉大な功績により領土は安定して、高い税金も納めている。
人望も厚く、飢饉の際にも率先して保管庫の食料の解放、他国への食糧調達などを誰よりも積極に行うという、娘の私から見ても素晴らしいお父様である。
アルケイナス王国を救ったといっても過言ではありません。
そのお父様を前にしてこの醜態である。
「ジフル殿下、重要な話があるとお聞きましたが……」
さすがのお父様もジフル殿下の行動に言葉が無いようだ。
まさか娘の婚約者がこんな滅茶苦茶な人だとは思わないだろう。
はい。私も最初は驚きました。
私に向かって睨みながら歩いてくる、ジフル殿下。
一歩後ずさる私の前に立ち塞がるように立つ人物がいた。
「兄上の無礼をお許しください、ルーファス卿。それに、アリエル嬢」
現場にいる第二王子のアリツ・トス・アルケイナス殿下は、お父様と私に頭を下げてジフル殿下を止めに入った。
アリツ殿下は聡明な上に優しい人で、ルックスも断然私好みな紳士な方である。
ジフル殿下に招待されて宮殿まで行った時に、アリツ殿下とは何度も会った事も話した事もある。短い時間だけどね。
それだけに婚約をアリツ殿下に変えて下さいと何度思った事か。
お父様が私の後ろから小さな声で問い合わせてくる。
「これでよいのか、アリエル」
「はい。このままでお願いします。お父様」
私には不思議な能力があって、精霊の声が聞こえる事がある。
今回は婚約が破棄されるというものだった。
まさかと思いながら、もしもの為に情報収集をハンゾに依頼したのである。
それに加えてもう一つの事実のほうが少し困惑しているけれど……それは今は考えないようにしよう。
ハンゾとは私の従者である。
元シノビだと言い、一風変わっていて影は薄いのに発言がとても濃い。
呼べば瞬時に現れ、役目を果たせばすぐに消えるとても出来るヤツなのである。悔しいけどその点は認めなければいけない。
「その顔は何だ! 何がおかしい。お前がこのボクと婚約できたのは、ルーファス卿のおかげなのだぞ!」
「はい。ですから婚約破棄でございますよね?」
「その通りだ! こんな気に障る女は婚約破棄だ! パパ、聞いたよね!」
キグオス陛下をパパ呼ばわりするなんて、そんなだからあまり会いたく無かったのよ。
そして、無表情にジフル殿下に言い放つ。
「ここでは、陛下と言いなさい。お前がそこまで言うのならばアリエルとの婚約は破棄するものとする。アリエルよ、分かってくれ」
「ほら、婚約破棄だぞ! 今から泣きながらすがりつけば許してやらないこともないぞ?」
そんなアホ殿下の言葉に即答で返してあげる優しい私。
「いいえ、ジフル殿下。陛下からも言われたのです。私はあなたのために、喜んで身を引きましょう」
満面の笑顔を見せる私に、堪忍袋の緒が切れたジフル殿下は怒りの形相で怒鳴り声で返してきた。
「僕をバカにするな、アリエル! 追放だ、追放! お前は国外追放だ!」
そう言った瞬間、その場の空気が氷りついた。
それは当然である。
私を国外追放するという事はお 父 様を敵に回すという事と同意なのである。
「私を国外追放? 婚約破棄はまだ理解できますが、どういう理由でしょうか?」
「ジフルよ、アリエル嬢が国外追放となるべき罪を犯したというのか」
「こいつは、いつもいつも僕の言う事を聞かないんだ! 口うるさく文句ばかり、追放に値する罪だと思います、パパ!」
陛下が深いため息をついた。
ジフル殿下の身勝手すぎる言い分に呆れているようだった。
だったら仕方ない。本当に気が乗らないけど、そこまで言われたらね。
ジフル殿下の悪事を披露するしかないかな。
「ジフル殿下がそこまでおっしゃるのであれば、こちらも提示しなければなりませんね! ハンゾ!」
私が手を出すと、一枚の巻物状の紙がスッと現れた。
その様に見えただけで実際はハンゾが私の手に置いただけであるが。
「ここにあるのは、ジフル殿下の数々の悪行をまとめた一覧です。その一部をお聞かせしましょう」
私は気合いを入れるように大きく息を吸うと、一気に捲し立てるように声を出した。
「一つ、婚約者である私ことアリエル・ライオハインがいるにも関わらず他の令嬢に不貞行為に及んでいること。一つ、国内での取り扱いが許可されていない薬物をアクド商店から買い付け使用に及んでいること。一つ、同じくアクド商店から用途不明な貴金属類やアクセサリーなどを大量に購入していること。一つ、不当に国内、一部公爵領土の税率を強制的に引き上げ、その一部を着服していること。一つ………」
「うわああああああ!! やめろ!! 言いがかりだ! パパ、こいつまた僕を陥れようとしているよ!!」
私の読んでいる内容に耐えられなくなって、喚き散らしているジフル殿下。
読み上げを邪魔しているけど、まだまだ多くの罪状があります。
とにかく、腹立たしいのがこの私がいるのに不貞行為に及んでいること。
完全に私の事を馬鹿にしている。
「まだまだ言い足りない所ですけど、残りは陛下に」
私は手にしている紙を陛下に渡すと、ドレスの裾を持ち恭しく一礼する。
陛下が目を通すと、顔色が変わっていく。
そして、全部を読み終わらないうちに声を荒げる。
「これは真実なのか、アリエル嬢!」
「はい、真実でございます。このハンゾに証言も合わせ、サインもいただいておりますわ」
さっきまで絶対にいなかったはずなのに、ハンゾが私の隣でお辞儀をしていた。
頼むから黙っていなさいよ。
私の視線を感じているのか知らないけど飄々とした態度が鼻に付くのよね。
「某は、しっかりと証言を聞いたでござる。デュフッ」
やっぱり喋ってしまった。まあ、絶対に不審に思うわよね。
それですぐに消えるし、陛下も驚かれているような若干引きぎみである。
そして気を取り直したように、咳払いすると一言。
「事実確認をさせてもらうぞ」
陛下は重要な部分に印をつけると確認を急がせた。
待つこと一時間程度で結果が判明することになる。
「ジフル! 何か言う事は?」
「ちがうんだ、パパ……いや、陛下! 聞いてください、誤解なんです! 全て、アリエルの捏造です! 僕はハメられたんだ! 騙されないでく……」
陛下はジフル殿下の醜い言い訳を手で制すると、こう宣言した。
「今よりジフルの継承権を剥奪とし、アリツを次期国王とする事を決定する! ジフルはしばらく謹慎処分とし、追って処罰を与える!」
身振りで陛下が近衛兵に指示すると、ジフル殿下を連れて出て行った。
喚き散らしながら引きずられていく姿はみじめと言う他ない。
ジフル殿下が見えなくなると、その途端に部屋の中では大臣や兵達が歓声を上げていた。
「「「アリツ殿下万歳!!」」」
これでもかと、普段からの鬱憤でも溜まっていたのかというくらい喜んでいる。さっきまでの酷すぎる態度を見れば誰もが納得するでしょうね。
「まさかジフルがそこまで愚かとは……」
「殿下、兄上は皆の厚意に甘え過ぎていたのだと思います。きちんと反省するように私も協力していきます!」
「アリツ……余を許してくれ」
項垂れた陛下の状態を起こして、アリツ殿下はこう言った。
「まだ未熟な私ですが、陛下に並べる様に精進いたします」
あのジフルを見て、どうしてこんなに立派に育ったのかと不思議なくらいだわ。
アリツ殿下はきっと気になる令嬢とかいるのでしょうし。
性格もいいんだもの、相手なんて選り取り見取りよね。
「さて、大変だ。愛しの我が娘のアリエルが一人身となってしまった」
お父様の芝居がかったような言葉に、アリツ殿下がハッとした顔をしている。
そして急いで私の元に駆け寄ってくるアリツ殿下。
何も急ぐこともないはずなのに、どうしたのだろう。
「私は、兄上と婚約する前からアリエル嬢を見ていました。婚約が破棄された今、もう誰かに取られたくはありません!」
急な告白とも取れる内容に頭が真っ白になる。
私を見てくれていた……でも、確かに偶然にも何度もお会いしている。
まさか、精霊から伝えられた「もう一つの事実」が本当だったなんて。
その事実とは、私に好意を持っていること。急にそんな事を伝えられても「はいそうですか」とはすぐに頭が追い付かないものである。
するとハンゾが音もなく現れてニヤリと笑う。
「お嬢はうらやましい。こんな女性関係潔白で誠実な殿下はいないでござるよ、デュッフ! 某の調べによると、以前にお嬢が高熱を出した時に薬に必要な薬草を取ってきたり、毎年プレゼントを贈っていたり隠れて味な真似をするでござる、コポッ。まったくお嬢を泣かしたら許さんでござるよ、デュフゥーッ!」
「こら、ハンゾ! 勝手にしゃべらないの!」
私が怒る前にはシュッと消えていた。
まったくクセの強い。本当に語尾のアレさえなければ有能なのに。
お父様からのプレゼントが多くなったなと思ったらそういう事だったのね。
最近少なくなったのは……そっか、婚約してからだっけ。
そういえば宮殿でジフル殿下が迫って来たり、嫌がらせの様に事をしてくる直前には、すぐに駆け付けてくれていた。
思い起こすとアリツ殿下には、色々助けてもらった記憶がある。
ジフル殿下が嫌すぎて嫌すぎて、その事でさえも記憶の隅に一緒に押し込んでしまっていた。
「アリエル・ライオハイン。私からの婚約を受け入れてもらえないでしょうか」
真剣な眼差しで訴えるアリツ殿下の言葉に、断る理由は無かった。
精霊も私に囁いてくれている。
たとえ精霊が認めなかったとしても、彼を選んだだろう。
私は、私を見守っていた彼とこれからの思い出を紡いでいきたい。
差し出された手を取り、私は答えを返す。
「はい、喜んでお受けいたします。アリツ殿下」
アリツ殿下の喜びの表情を見てから、私は一呼吸おいてこう伝える。
「だ・け・ど、『婚約を破棄する』なんて言ったら許しませんからねっ!」
冗談で言う私の声に、アリツ殿下は「幸せにしますよ」と小さく口にした。
その後、二人は結ばれ大いなる繁栄をアルケイナス王国にもたらした。
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ハンゾとの出会い編を書きました。
n3557hhもよろしくお願いします!