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丁稚奉公と忍者一家(改訂版)  作者: 犬山猫三
丁稚奉公と忍者一家
18/18

第18話 念願の京都本願寺、比叡山参り叶う

盗難財宝の引き取りへ京都代官所へ


 与作は子供の頃から何故だかお寺さんが好きで何時もの様に顔を覗かせていた。これは法要がある度にお婆さんと一緒にお参りしていた所為(せい)でもあろう。そのうちに庭掃除からお使いなどの雑用をさせてもらうのが嬉しくてたまらない。可愛いがられ、そのうちに御隠居さんより学問を教えてもらう様になる。

 段々と齢をとる程に伴僧をするまでに仏教に通じていた。三次の薬種問屋の浅田屋で丁稚奉公をしている時、奥屋の山中で住まいし、そこから通う折に道端で犬、猫、カラスと巡り会った。

 そうした時、何の因果であろうか与作と忍者一家は因縁と果報に恵まれ、尼子国久公と知己を得ることとなる。そして後に備後比叡尾山十三代城主到高に認められ、貧乏農家の倅が、丁稚奉公の身分から士分にまで取り立ててもらう事となった。

 段々と見識を高めるに従い、何故にこんな田舎の山奥の地に平安の世の時代、華やかな京都と近江の間に聳え立つ気高き霊山比叡山の名を模した山が有るのであろうか何時も不思議に思っていた。

 今は仏門を離れ幾年過ぎて比叡尾山城のお殿様付きの便利屋稼業となっている

 然しながら、子供の頃から長きに渡り浄土真宗のお寺さんに尽くして来た為、本家本元の京都本願寺へは是非一度は御参りしたいし、何よりも遠い遠い昔、近江國から備後三次へ下向し、比叡尾山城主三吉家を代々四百年に渡って続く礎を築いてくれた藤原兼範公の故郷、大津京を見下ろす霊山比叡山に登ってこの目で見てみたいと常に願望を持っていた。

日頃の精進のお陰かどうかその願いは意外にも早く実現する事となる。

そのきっかけとは、過去に石見銀山より比叡尾山城に石州丁銀を搬送中、布野村で強盗殺人事件に遭い盗まれていたのだが、ここに来て新たに発見された事である。この事件は暫く後まで解決せず迷宮入りしていた。

 その当時、三次藩としては事件を公けにすることが出来ず、その為に世間のヒソヒソ話しで布野村の猿猴によるお宝隠し騒動と呼ばれていた。

 其れを三次代官所の上里次席から与作と忍者一家への再探索依頼があり、鉄、玉、ラー助の活躍で一旦解決している。

 然し、その時に紛失していた大八車の積荷の財宝はとっくに持ち逃げされており、結局は分からずじまいであった。

 其れが、何と今になって京都の山科の焼失した屋敷の床下から見つかったというのだ。何という因縁であろうか。

この場所からすぐ近くの逢坂山の関を越えると目の下は大津で広大な琵琶湖が見渡せる。

 大津京といえば約四百年前に備後三次比叡尾山城の三吉家の礎を築いてくれた藤原兼範公の故郷なのである。

 盗んだ犯人達は遠い昔、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人崩れであったが、この建物は夜間に大風が吹き荒れた日に隣家が燃えて其れが多くの家々に延焼した。

 翌朝、現場検証に役人が立ち会った際に、地下に埋もれた五個の堅牢な箱を発見する。京都代官所に持ち帰えって中を開けて調べてみると、あまりにも特殊な石見丁銀であり、此れは軍資金や恩賞用に鋳造されたものである事が判明。此処、京都では始めて目にする物で市場には一切流通していなかった。

 そして箱の中には一通の送り状が認めてあった。

其れを盗んできた犯人は何も知らずに暫く経ってから売却しようとして箱ごめ両替商に持ち込んだのだ。然し、業者は一箱を開けた途端、すぐに盗品と見抜き、此れが西国の石見銀山製と即座に判断、此れは犯罪絡みだと訝り断っている。

 犯人は価値の有る資産とは分かっていながらどうする事も出来ず床下に埋めて隠していた。だが今となってはこの建物の主も焼死しており、送り状通り比叡尾山城の三吉家に返還される事となる。

 早速にも京都代官所より連絡が有り、荷主に返還するによって引き取りに参らせしとの通達が届いたのだ。

比叡尾山城のお殿様は時ならぬ朗報に大喜びだ。

 「おい、こりゃどういうこっちゃ、あちらさんとはさしたる利害関係がありゃせんのに。太っ腹な代官所だな」

 「こりゃお土産を弾まにゃならんぞ」

 早速、与作に呼び出しがあり、是非、この役目は大将と忍者一家に大役を担ってもらいたいとお殿様より直々の強い要望があった。

 「大将よ、この度は目出度い事が京都から舞い込んで来てな、是非、忍者一家と共に荷物を引き取りに行ってもらいたいんじゃ」

 「其れは又、何事で御座いますか」

 「昨年だったかな、迷宮入りしとった布野村の猿猴による荷車神隠し事件のけりを忍者一家がつけてくれたわな。その時に持ち逃げされとったお宝が何故か京都で見つかったのよ」

 「何という、そんな事があったんですか」

 「そうよ、其れを京都代官所が持ち主の三吉家に返してくれるというのよ。粋な事をしてくれるではないか」

 「其れは大変喜ばしい事ではないでしょうか」

 「そうよ、其れで大将が行ってくれたら何時も言っていた本願寺参りも(ついで)に叶うであろうが」

と配慮してくれたのだ。

 「エッ、本当に宜しいんでしょうか」

 「そうじゃ。四,五十日も有ればええか」

とお殿様の声掛けがあった。

 出発に際しては与作とお付きの者二人、其れに鉄、ラー助が任命されたのである。玉は長旅の為に今回は此方にて留守番、帰りの荷運びはその都度現地雇用ということで予算を計上してくれる。

 三次からの京への旅立ち行程は、前回と同様に尾道千光寺訪問と一緒の道程だ。其れから瀬戸内筋を大坂、京へと遡って行く。

連れは二十歳の若くて頑強な二人の役人が選定された。其れに健脚という。

 彼等はこの大役に大喜びだ。  

 「大将様、有難う御座います。この経験は何れ代々我が家の言い伝えになる事でしよう」

 「大袈裟な事を言うな」

 「いえいえ本当でございます」

 何せ、この時代に一般人が各地を往来するなど簡単にはままならぬ時代だ。其れが中国山地の山奥育ちの人間が初めて海を目にし、更には憧れの大坂から京都見物まで出来るとあってこの上ない喜びようである。

 「大将様、この度は長旅をお連れさせて頂く嘉助と八郎でございます」

 「おおう、そうか。こちらこそ宜しくな」

 「そりゃええがな、大将様はやめてくれるか。ほんま不細工じゃ」

 「でも何とお呼びすれば宜しいか・・」

すると他の一人の八郎が

 「大将殿では如何でしようか」 

 「おおう、そうじゃ、今後ずっと其れでいこうや」

 「分かりました」

 「こりゃ日和も続くええ時期じゃし快適な旅になるかなぁ。じゃが大切な御役目じゃ。気を引き締めて行くでぇ」

 「はい、分かりました。頑張ります」

 「よしよし、互いにな」

早速にも旅支度を整えていると気配で分かるのであろう、玉が隅っこで拗ねている。

 「玉ちゃん、今回はごめんな。長旅になるから寂しいじゃろうが堪えてくれるか。あとは皆んなが可愛いがって面倒見てくれるからな」

 出発に際しては早朝から多くの家臣が見送ってくれる。

 お殿様から激励の声をかけられた。

 「滞りなく役目を果たせるように無事を願うとるからな」

与作は感無量の心持ちで

 「有り難う御座います。必ずお役目を全うして参ります」

 比叡尾山城の本丸から朝霧の立ちこめる中を旅立ちの坂道を下って行く。これからの行程は全て徒歩である。鉄、ラー助、それに健脚の三人であれば難無くこなすであろう。

 今から行く先々では荷車の通行可能な道の下見、其れに帰りの荷の運搬人夫の手配の仮予約をしなければならない。物見遊山気分の配下の二人であるが

 「わしも気楽に行くか」

と先を走る鉄に声を掛ける。

すると空からはラー助もご機嫌なのであろう。

 「ソロリトマイロウ」

この一声に三人は全く呆気に取られてしまった。 

 「ほんま何処で覚えてくるんじゃ」

 馬洗川沿いを三良坂、吉舎と遡って行く。やがて大田庄に入って来た。此処からは尾道方面からの今高野山へ参拝客も多く道が整備されている。大八車の通行も難儀しないだろう。今、三次から通って来た道は後々の石見銀山街道として交通の要衝となる。 

 然し、三人共に凄い健脚で急な峠坂など全く苦にしない。常に小走りでとにかく速い。

 それもそのはずで何せ先頭を鉄が引っ張りまくるので尚更だ。先に行っては待ちの繰り返しが嬉しくてたまらないのだ。

 やがて峠を越えると視界が開け瀬戸内の海が遠くに見えてくる。

 「うわぁ~、海だぁ!」

 「とうとうここ迄来たぞ!」 

若い二人の喜びようたら最高の面持ちで興奮しまくっている。

 「鉄ちゃん、ラーちゃんちょっと千光寺さんに寄ってくるか」

 「ゴォ~ン、ゴォ~ン」

日も暮れかかった丁度その時、山の上から梵鐘の音が聞こえて来た。

 「オッ、こんな時間か」

 いきなり鉄が坂を駆け上がり、ラー助が飛びたった。かなり先のお寺さんに向けて一直線、すると門前の前で

 ''ワンワン,,

 ''カァカァ、モンヲアケイ!,,

と大騒ぎしている。それに住職が気付くと

 「オゥオゥ、又、来なさったな」

と頭を撫でてもらっている。

ようやく息を切らせながら与作達が到着、前回訪問時のお礼を述べながらお布施を包み渡す。

 「何時も何時も有り難う御座います」

 「して今回は又、何用で尾道までお越しですか」

 「其れが今回はこれから大事な用事がありまして、瀬戸内沿いを更に大坂、京都に参ります」

 「何という!其れは又、大変なお役目で御座いますね。それでこれから今夜の泊まりの手配はできていますか」

 「いえ、これから下に降りて探すつもりですが」

 「其れならば何のおもてなしも出来ませんがどうぞお泊まり下さい」

 「えぇ、そんな事までして頂けるんでしようか」

宿泊施設の少ない平安時代、多くの部屋がある寺にて精進料理を提供して旅人の便宜をはかる宿坊と呼ばれるものが徐々に各地に出来つつあった。

これは元々行き来する僧侶等の宿泊施設であったが段々と寺社参詣の普及により貴族や武士、更に一般の参詣者をも宿泊させる様になりだす。

 「有り難う御座います。私一人であればいつも動物と一緒で野宿に慣れておりますが、今回は連れがおりますもので宜しくお願いします」

 こう言った途端に鉄とラー助が外に飛び出した。

 「こりゃ駄目だ。今夜はこの二人をお願い致します」

 「オイッ。ちょっと待てや!」

もう聴く耳持たず

 「コタロウ!コタロウ!」

 「ワン、ワン!」

と叫びながら、坂の途中のボロ小屋に一直線、この滑稽な光景に皆大喜びであった。

すぐ近くの弥太さんの家に駆け付けると小太郎が玄関戸を開けて飛び出して来た。

 「キャキャァ、キャキャァ」

 近所迷惑になる程の大騒ぎだ。

弥太さんに事情を話し今夜一晩お世話になる事にした。

 早速、坂下を降りて多めの食材を仕入れに行く為に皆んなで店に駆けていく。とにかく嬉しくてたまらない。

 積もる話しも尽きる事なく、小太郎、鉄、ラー助と枕を並べて家族の皆んなと一夜を楽しく泊まらせてもらった。

 又、帰りの時、立ち寄り尾道名物のデベラを購入して殿様へのお土産とすることを約束し早朝に旅立って行く。

 「小太郎、京都土産を買ってくるからな」

「キャッキャ、ギィッ、キャ~」「ワンワン「ガァーガァー」

 何と賑やかな見送りである。

これから備後の國から西国街道を通る長道だ。

 此の名称は文武一年(697年)に記されている。あくまでも京都中心に考えられており備前、備中、備後となる。

 暫く広々とした長閑な田園風景の中の街道筋を東に進む。これが又、結構大きな川が多い。

 「こりゃ橋も無いしな、渡し舟での荷の積み下ろしが何度もあって難渋するかもな」

 「まぁしゃないか」

 「お任せください。力自慢の二人が付いておりますから」

 「大丈夫ですよ」

 「そうかそうか、心強いのう」

 やがて一行は吉井川にかかって来た。川幅も広く流れも穏やかだ。多くの舟が行き交いしている。ここは刀造りで名高い備前長船なのだ。

 渡しの舟に乗船している時にある事が急に思い浮かんできた。

 「おおそうじゃた。この地は確か竹澤屋の故郷じゃったな、挨拶がてら寄ってみるか」

 与作は内心、自分も尼子国久公から兼光作の腰のものを拝領しており、更に伝家の宝刀の盗難の後、我が殿様が所望されている事もあり是非挨拶に立ち寄らねばと思い立つ。

 然し、何故に備前長船が名刀造りの産地となり得たのであろうか。

それは西国街道の人の流れの多い交易路、そして上流の中国山地から採取された大量の良質な砂鉄、炭になる松やコナラ等が手頃に確保出来、上流からの吉井川の水運に恵まれた事であろう。それに大消費地の京、大坂に比較的近かった事も有るであろう。

日本の超有名な武将達が好んで使った備前長船の銘刀。千年頃から始まった刀造りの長い歴史。

 愛好者には源頼朝、足利尊氏、織田信長、上杉謙信等々がいた。

 下船するといきなり土手下から

「トンカチ、トンカチ」

と音がするではないか。

竹澤屋の生家はすぐに分かった。与作は主人に三次における貢献に感謝の意を述べる。

 「有り難う御座います。弟がそこまで三次藩の為に頑張っているとは嬉しい限

りで御座います」

 「刀剣鑑定から時には事件現場への立ち合いとこちらも重宝しとります」

 「折角、三次からお越しになられた事です。是非私どもが鍛刀場をご覧になって下さいませ」

 「其れは思いがけずにも良い機会に恵まれました。是非共に」

 「実は私も以前に一寸したご縁で尼子国久公のお腰の小刀を頂戴致しまた」

 「長船兼光と言われました」

 「其れは其れは!」

 「尼子家へは代々に渡りお付き合いが御座います。若い頃に一度ですが月山富田城へお邪魔した事が御座います」

 「正しく其れは間違いなく、大小は私が心を込めて打ったものでございます」

 職人さんが力強く鋼を打つ、飛び散る火花に迫力満点で見入っていた三人は度肝を抜かれる。与作は此れこそが息のあった''相槌を打つ,,という語源になったであろうとその場で感じ入るのであつた。

何せ備北地方の鍛冶屋といえばせいぜい刀の修理か鍬か鎌の農機具製作ぐらいしかなく全く規模が違っている。

この時も、吉井川上流から何艘も作業場の近くに砂鉄や炭を乗せた舟が河岸にやってくる。

 やがて其処を離れて西国街道を更に東へと進んで行く。すると道の両側の山の中から多くの煙が立ち込めている。

 「おい、ありゃ山火事かいな」

 「さぁ、とんと何の事やら分かりません」

すると道端のあちこちに焼き物がぎょうさん無雑作に置いてあるではないか。

 「オオゥ、此れがあの有名な備前焼かいな」

 「然し、この辺りは古くから砂鉄といい、粘土といい、ええもんが出るんじゃろうな」

 「三次でもええ粘土は取れる筈ですがねえ」

 「そうか、うちのお殿様にも話してみるか」

 この時、目にした体験談が後々の代に伝わり 浅野長治公の三次人形製作につながっていく事となる。

 暫くは途中に民家はなく道の悪い長坂が続く。

 「こりゃ結構急なでぇ、難儀する事になるかなぁ。帰りは人夫を増やさにゃならんだろうな。よしゃ、今夜は此処ら辺りの宿に泊まるとするか」

 峠の一軒宿に腰を据えることにする。鉄、ラー助も疲れたのであろうか一息も二息もつき安堵している。

 朝立ちは早い。ラー助は夜も明けきらぬうちから喚き散らしている。

山道を暫く歩くと比較的なだらかで広い道が続く。やがて姫路にやって来た。

 然し、不思議な地形に気付く。それは平野の中にあっちこっちと小さな丘のような小山が点在している。

 何と不思議な光景だなと思っていると平地の先の小山の上に城らしき建物が見えて来た。

近付くにつれてその大きさにただ驚くばかりである。

 「オイッ!何じゃ有りゃ。これかぁ姫路城というのは」

 「然し、凄いですね。田舎から出て来るとほんま恥ずかしゅうなりますね」

 この城の歴史は結構古くから存在している。

 「不戦、不滅の城と云われてはいるが城主が何代にも渡って変わっているんじゃ。その度に城の改修、増築を繰り返しておる。これで名城といえるか。自慢にはならんぞ」

 「じゃがな、城は小さくてぼろちぃが歴史でいえば比叡尾山城も負けてはおらんぞ。ここよりは百年以上は古いからな」

 「其れにな、我が城は四百年近くに渡って三吉家が代々継続しておるんじゃ。

こりゃ負け惜しみに過ぎんが凄いことでぇ」

 素人の城談義を続けながら早駆けで次を目指していく。道も広くてなだらかだ。

 やがて右手に瀬戸内の海の中に淡路島が見えて来た。

 「何と見晴らしのええとこを歩いとるなぁ」

それも暫く続く波穏やかな砂浜の近くだ。

こんもりと茂った小高い山裾を歩いて行く。

 「おおぅ、此処らか」

 「何のことでしょうか」

 「其れはなぁ、宮島の厳島神社を立派に再建してくれたのは平清盛公というのは知っとるわな」

 「其れは子供の頃からよく話しは聞いとります」

 「その清盛公が京都からここら辺の摂津国に福原京を遷都しようとしたところよ。ところがここへ来るまでに亡くなられてしもうたのよ」

 「其れからはな、しゃしゃり出てきた源頼朝に勢いつかせてしまい源平の政権奪回を賭けた天下分け目の合戦が始まるのよ」

 「そいで火蓋を切った場所がここ鵯越えの一の谷の戦いというんじゃ」

 「然し、戦さは平家側の劣勢で屋島から最後の決戦地の壇ノ浦で敗れてしもうた」

 「右手の入り江が兵庫の津と呼ばれ日宋貿易で莫大な儲けを生じた港じゃ」

 与作は手を合わせながら暫く黙祷するのであった。

 広々とした田園地帯のなだらかな道を早駆けして行く。遥か東の向こうには信貴生駒連山が見渡せる。やがて北東に向かい淀川沿いを遡ると山々に囲まれた盆地の行く手に町並みがみえてくる。そして北方には平安京の鬼門と言われている一段と高い比叡山が見渡せる。与作にはすぐに分かった。首を垂れて手を合わせ暫く黙祷をする。

 やがて京都入りだ。段々と街中に歩を進めるに従い、初めて眼にする光景や行き交う人々を見てただ驚くばかりだ。

 何より道が碁盤の目の様に整備されており、其れも広くて数限りなく続いているではないか。立ち並ぶ建物の大きく立派な事。

 これには西国の山の中から出て来た田舎者にとってまず度肝を抜かれる思いであった。其れに大勢の人々が町中を歩いている。

 武家や貴族、其れに僧侶と様々な装束の方達ばかりが多く、百姓姿の人を見かける事は全くない。

 「天皇様のお住まいになる京都だけの事はあるなぁ」

変な関心をしながら、そこら辺で聞いた道順どうりに進むと碁盤道の一角に在る代官所に到着した。

 さすが京の都だ。門構えからして断トツの違いだ。

早速にも備後三次から来た事を門番に知らせると、事前に知らされていたのであろうか丁寧に案内をしてくれる。

 其れから代官と面談する為に、殿様からの礼状と手土産を携え丁重に挨拶を済ませると大広間に役人達を集め労を労ってくれた。

 「遠路遥々出向いてくれたが疲れたじゃろう。休養がてら京都をゆっくり見物して行ってもらいたい」

 「有り難う御座います」

 「どうじゃ、京の町並みは」

 「はい、何もかも新鮮で驚くばかりで御座います」

 「碁盤の様に整備された街並みの立派さは何処にも見る事が出来ません。三次の地において小規模ながらでもこの様な区画整理が出来れば良いと思うのですが。盆地の中に結構広い平らな用地が有るのです。然し、何せ、絶対数の人口が足りません」

 「只々、驚くばかりで羨望の眼で見つめております」

 「そうよな、日本各地には京の都に憧れ小京都と呼ばれる造りを真似た処が結構あるよな」

 「そりゃそうと側に付いとる犬は一緒に来たのか」

 「そうです」

 「なんちゅうこった!ほんま、こりゃ凄い警備担当だな」

 「左様で御座います。いざという事になれば人間の十人まえ以上の戦闘能力があろうかと。普段は根は優しい性格で御座います」

 「だろうな。このデカさは狼犬か」

 「そうです。私が勤めの途中、山中で彷徨っていた仔犬を確保したのです。まさかこんなにデカくなろうとは」

 「心強い限りじゃな」

 「でももう一羽、空からの偵察の役目をしてくれる頭の良い奴も来ております」

 「ウヌッ、何処にもおらんじゃないか。其れに一羽とは鳩か何かかいな」

その時、与作は口を尖らせながら

 「シュッ」

誰にも聞き取れない様な口笛を吹いた。

すると屋根上から声がした。戸が開けっぴろげの外から

 「ウオッホン!ココジャ、ココジャ、ヨワココジャ」

 「・・・」「・・・・」

 「何じゃ、今の声は!?」

忽ち音も無く降りて来ると与作の肩に止まった。

 「ヨハラースケナルゾ」

 与作はニコニコしながら

 「茶目っ気のあるお殿様が、このもの達を忍者一家と認定してくれています」

 「ほう、こういうのをお主の方では忍者一家と名付けておるというのか」

 「左様で御座います」

 「京都方面ではな、この様な隠れた存在のものを水波、透波(すっぱ)と呼んどるんじゃ」

 「京都、奈良の近くには古くから伝統的に続く伊賀、甲賀という里があってな目立たぬように各地で活躍、蠢いておるのよ」

 「してまだ他にも居るのか」

 「猫もおります」 

 「なんちゅうこった!」

 「何という愉快な殿様だな」  

 「今回は長旅という事で連れて来てはおりません」

 「そりゃ寂しがっておるじゃろう」

 「然しながら忍者一家は凄い能力を有しております」

 「そうかそりゃ又、面白そうじゃな。色々と話しを聴かせてくれるか」

与作は鉄とラー助に手で合図し

 「ちょっと控えとってくれるか」

と言うと肩から下りて鉄と一緒に末席に歩いて行くとちょこんと並んで座り込んだ。歩く動作が又可愛い。

すると隣の京都役人が頭を撫でてやると嬉しそうに舐め返している。

 「何と可愛い犬とカラスだな」

 「行儀がええなぁ」

 「凄い!ちゃんと礼儀をわきまえておる」

京都では絶対に見る事がない忍者一家のしぐさに一同が驚きまくった。

 「大将、早速じゃが返還品の件で盗まれた物を確かめてもらおうか」

 「有難う御座います」

 「別の棟に置いて有るでな、それでは案内しよう」

代官にそう言われ立ち上がった途端、鉄とラー助は競うように外に走りだした。

 「オイオイ、どしたんじゃ。まだ何処に置いとるとは言うとらんぞ。何でじゃ!」

 然し、皆んなを先導する様に遺失物が保管してある別棟の建物に向かい開けてあった扉の中に入って行くではないか。そして重ねて揃えてあった木箱の上にラー助、鉄がその前に座り込む。

そしてラー助が叫んだ。

 「コレジャヨ」

 「何でじゃ。どうして分かる?」

 「其れはですね、何年か前に盗まれた時に、犯人の住まいの外に捨てられていたカマスの袋に付いていた臭いを未だに覚えているのです」

 「凄い!凄い!」

 「何という犬とカラスじゃ!」

 「こりゃ、正しく忍者一家だな」

 「これは何時も鉄、玉、ラー助が私が住んでいる広い山中で宝探し遊びをすることにより常に嗅覚、視覚を発揮をする様にしているのです」

 「特に鉄は私が隠しに行った先を確実に臭いを嗅いでその跡を追うのです」

 「猫の玉は其れはあんまり得意ではありませんが、近場の探索は物凄い嗅覚で見つけ出すのです」

 「其れにラー助は此れも凄い視覚ですから、あっという間に上空から見つけ出して来ます」

 「其れでか」

 「お陰で三次の比叡尾山城では忍者一家として大活躍をしてくれております」

 「そうじゃろうて。何年も前からの臭いをも確実に嗅ぎ分けるなど物凄い嗅覚じゃ」

 「嗅覚といえば狼犬の鉄は人間の何千倍と優れております。何里離れていようが犯人の臭いを嗅がせば確実に足跡を追って行くのです。現にこれをやってくれて何度も犯人逮捕につなげているのです」

 「ウ~ン、こんな事が出来る犬なんぞ、全国から多く情報が集まる京の都でも聞いたことがないぞ」

 「いえいえ、鉄だけではありません。玉は近場でしたら鉄に負けない程ですし、ラー助に目を付けられると逃れる事は出来ません」

 「なぁ、ラーちゃん」

 「ソウジヤ」

 「ヨワアタマエエ」

この珍回答に一同大爆笑に包まれた。

 「凄い、凄い!」

 「其れにラー助は今日のこのやり取りを書簡に記し、持たせ飛ばせると、確実に京から備後三次の比叡尾山城へ届けるでしょう。其れもたまげる程に早い時間にやるでしよう」

 「大将!そりゃあまりにも嘘くさいぞ」

 「さぁどうでしようか」

 「ラーちゃん出来るよな?」

 「ダイジョビダ」

 「ウ~ン、こりゃほんまにやりかねんな。ラーちゃん、すまん」

 「ヨイヨイ」

 「然し、面白いな!人間の言う事が殆ど分かっとる」

 「ラーちゃんは以前に急用で、三次から尾道千光寺の十五里を一日に二往復をしております。日頃はしょっちゅう各支城への通達事項の書面をあっという間に届けてくれております」

 「西洋の国には伝書鳩がいるようですがこれは一方通行のみ、然し、ラーちゃんは何処から何処までも飛んでくれるのです」

 「又、大きな荷のときは鉄が背中に括り付けて走ってくれます。これは早馬よりも速く其れも音も一切発しません。馬は人間が乗り騒々しく走って行きますからね」

 「然し、ラーちゃんの言葉遣いは面白いな」

 「此れはさる藩のお殿様がですね、カラスが大好きで全く冗談半分で仕込まれた事なんです」

 「このラー助も物凄い嗅覚、視覚、記憶力を持っております」

 「其れに猫までやるんかい」

 「はい、玉は人間より何倍もすぐれた霊感を有しており過去に何度も迷宮入り事件を解決してくれております」

 「此れだけ活躍してくれても皆んな無報酬です。ただ食べ物をやるだけでいいのです。ラーちゃんは其れを何時も 褒美をホウベと言っております」

 「何ちゅこった。然し、大将は物凄いものを見せてくれたな。おかげで目から鱗が落ちた気分じゃ、ほんま有り難うよ」

 「其れとな、書簡にはお主の名には大将と書いてあるがこりゃ苗字か」

 「へへへ、其れはですね、私は元々百姓の倅でして其れが士分に取り立てて頂いた頃のあだ名が大将だったのです。でも名前はいいんですが、本当は犬猫カラス達のくだらない親分と(さげす)まれておりました」

 「子供の頃から浄土真宗のお寺さんにお世話になり二十歳頃まで修行を積ませて頂いております。今は其処を離れましたがなんといっても京都本願寺様は私の心の故郷です。今、此処にいられるのは京都代官所の皆様と本願寺様のお陰で御座います。本当に一生に一度は此処に来たかったのです。有り難う御座いました」

 「そうかそうか、よかったのう」

 「然し、忍者一家は冗談抜きにマジで凄いな。こりゃやり方次第では物凄い戦力になり得るよな」

 「是非、我々も忍者一家を見習って早急に検討せにゃならんな」

 「犬の活用は西洋の国では軍用犬として戦場にて大いに活躍しているようですね。然し、カラスは世界中の何処にでも生息しているようでもの凄い数でしよう。でもラー助の様な能力を発揮出来のは何処にもいないでしよう。物凄い潜在能力を秘めているのです。これも訓練次第ではないでしようか」

 「ウ~ン、凄い!」

 「何せ空を飛びますから邪魔者がおりません。今回此方へ来る道中でも、常に空から見張りをしてくれているのです。上空から一里先でも目がいいから簡単に敵、味方の判断をし下りて来て''テキテキギョウサン,,と連絡してくれるのです」

 「いっ時、三次でのある戦時態勢に直面した時でした。馬上のお殿様が木陰から弓矢で心臓を狙われ危機一髪の時、空から嘴を使っての急襲で敵をやっつけたのです。殿様の頭上すれすれに矢はすり抜けていきました」

 「其れに凄く速い紛争時の全体を見渡しての情報収集と其れを伝逹する能力、とにかく頭が良いのです」

 「然し、我々素人にこんなにも超能力を発揮してくれる犬、カラスをどう鍛錬すりゃいいんじゃ」

 「其れは今言える事は、此れだけの能力を発揮させる為にはお互いを共同生活をさせる事です。其れにより動物達の共通語が発生し話せる様になるのです。

 「其れと私は鬼ごっこや隠れんぼ、宝探し遊びを山中で何時もさせておりました。この子達の先導役は鉄がしてくれるのです。鉄は頭が良く全く人間に忠実です。その動作素ぶりを皆んなが見習うのです」

 「其れとラー助の話し上手なカラスにしてくれたのはさる藩のお殿様です。此方にお越しになる度にラー助にホウベをやって可愛いがられるのです。それで人間の言葉が理解できて会話が出来る様になりました。本当に頭のいい空飛ぶ忍者なのです」

 「でもカラスが話せるのはたまたまの事で全部が全部出来る訳ではありません」

 「ただカラスはおおよそ群れをなす習性を持っております。一羽二羽を育てるのは容易な事ではありません。たまたま、ラーちゃんの場合は巣から落ちて親カラスが見つけきらず、其れを玉が連れて帰り犬、猫、カラスが一緒に暮らし育ったのです」

 「だから動物どうしが本当に親子兄弟の様に仲がいいのです。ですからお互いの共通語が有り意思疎通が出来るのです。

 兎に角、人里離れた隠れ里にある我が’’忍者の家,,は誰に邪魔されることもなく、其々の超能力を引き出せ互いが確かめ合う事が出来るのです」

 「其れにカラスは食べ物をくれた人は必ず覚えています」

 「そうだ!今度、比叡山に登りますが根本中堂辺りから代官様宛に書簡を届けさせます。その為にはラー助と仲良くなっておいて下さい。そうすれば必ず実行してくれます」 

 「ほんまかいな信じられん」

 「今、此処で何か食べる物が御座いますか」

 「よしゃわかった。オイッ、すぐに何か食う物を持って来させろ」

慌てて駆けつけた賄い方は

 「何方様の食事で御座いますか」

 「ハハハ、ここにおる犬とカラスじゃ」

賄い方はただ呆れるばかりだ。

 「其れをほうべだと言って食べさせて下さい」

 「あとは代官様が何処の建物に隠れておられようと必ずお届けに参ります。そしたら返事を書いてラー助に渡して下さい」

 「然し、とんと信じられん事ばかり言うよな」

其処へ急遽飯が運ばれてきた。

 早速、代官が

 「さぁ、ラーちゃん、鉄ちゃん、ほうべだよお食べ」

目の前に並んだ美味しそうな食べ物をチラッと見ても口をつけない。

 「もういいんだよ。頂きなさい」

と与作が一声かけると嬉しそうに食べ出した。

 「私が居ない時はほうべだよと言ってやって下さい」

 「然し、物凄い躾だな」

 「こんな忍者一家ならなんぼうおってくれてもええわ。京都にも大将みたいな人材が是非必要だな。色々と話を聞かせてくれるか」

 「承知致しました。幸いな事にお殿様より出張に一カ月半くらいの猶予を頂いておりますもので」

 「そうか、そうかそりゃ楽しみだな」

 「其れともう一つは是非ともに比叡の御山に登りたいと思っております」

 「其れなら簡単な事じゃ。すぐ目の前に聳えておるからな。えかった、えかった」

 「私のど田舎の備後三次の地に比叡尾山なる低い山が有り其処のてっぺんに城が御座います。霊山比叡山を騙るなど本当は罰が当たります。然しながら、この名の由来は約四百年前からあるといわれております。その昔、平安時代末期の頃、大津京に住まわれていた藤原兼範公が三次へ下向されました。その当時、寂しさのあまり故郷を忘れまいとされたのでしよう。懐かしむ様に比叡山に何時迄も敬い従っていく気持ちで尾っぽの尾を付けられ命名されたものと思われます」 

 「ですから今回の京都旅では僭越(せんえつ)ながら私どもが成り替わりましてお参りさせて頂きたいと思っております」


  霊山比叡山


 京都の空は今日も抜ける様な青空だ。

 「オイッ、鉄ちゃん、ラーちゃんよ、いよいよ比叡の御山に登って来るぞ」

この与作の一声に嬉しくて堪らない。鉄、ラー助にしてみれば此方に来て京都など何の関心事でもなく賑やかな街など何の興味もない。やはり田舎の山育ちで自由に飛びたったり走り回われるのがどれだけ良いことか。

 連れの二人にはのんびり京見物をさせる事とし、事前に教えてもらっていた道筋に従い 鴨川を遡って行く。

 左に皇室の京都御所がある。天皇様がお住まいの場所で何と広大で立派なことか。其れにしてもさすが京都だ。歩く道すがら神社仏閣の多い事、其れも桁外れに大きい。

 道中から右手に折れて小さな音羽川を駆け上がるといきなり険しい山道となる。これが京都街中から比叡山に向かう一番の近道で高僧達も修行がてら何度も登りつめている。浄土真宗開祖の親鸞聖人様も雲母坂(きららさか)途中にて休息をとった御旧跡の石碑の前を駆け上がって行く。

 「鉄ちゃん、こりゃ険しいど」

ところが全く涼しい顔だ。一路延暦寺を目指す。

 それにしても健脚だ。修験道と云われる険しい山坂で一般人、あるいは修験者と出会すがいとも簡単に追い越して行く。

 「オオッ、ようやく着いたか。然し、山ん中に凄い数のお寺さんの建物があるなぁ。さすが天下の比叡山だけの事はあるなぁ」

 「ラーちゃん一筆書くからすぐに代官様に届けてくれるか」

 「マカセトケ」

 「鉄ちゃんはワシと一緒にここら辺で待つぞ。其れまではお参りをしてこような」

 眼下に見える見晴らしの良い京都の街並みを目指してラー助が落ちるように飛んでいく。

 「アァア、わしらも羽根が欲しいなぁ!」

 代官所の役人が各部屋で執務している時 

 「ダイカンドノヨジャヨ」 

の声が屋根の上から響き渡る。

 此れには代官がすぐに庭先に飛び下りた。そして目の前に来てポトリと書簡を落とす。

 「ラーちゃん、もう根本中堂から帰って来たんかい。やっぱり大将の言う事は本当の事じゃったな」

 「ガミガミ」 

 「オウオウ、ご苦労じゃったな。今、返事を書くからな。ホウベを食べて待っとってくれるか」

 「アリガトサン」

 「ところで山の上の寺の様子はどうじゃったかな。へへへ、こりゃワシの言う意味が分からんじゃろうて」

悪戯(いたずら)半分で聞いてみた。

するとラー助が

 「ツルパゲオルオル」

 「なぬっ?どういう事じゃ」

これを聴いていた配下の者が大笑いしながら

 「代官様、それは坊主頭のことですよ。それにぎょうさんおるという事で」

 「ハハハ、そりゃもっともじゃ!」

 「ヨイヨイ」

 「其れにしても忍者一家は凄いな。とにかく、大将の言う事は大風呂敷で話し半分に聞いとったが、正しく本物だぞ。今の時代、こんなカラスは世界中何処を探してもおらんぞ」

 「其れに大将と忍者犬は物凄い健脚だな。修験者の倍は速いぞ」

其れもそのはず、丁稚奉公時代に朝夕一里半の山道を鉄と共に毎日早駆けして浅田屋まで通って鍛えている。

 ラー助が食べ終えると代官が書いた返書を爪で掴み

 「ヨイカ、イツテマイル」

そして再び延暦寺に向かって飛び去った。

 「何という事じゃ!」

空を見上げていた役人達は、この早業に只々、呆気に取られているだけであった。

 代官は配下の者たちと

 「こりゃ今は戦国の世と云われ、お寺さんまでが僧兵を囲う戦時態勢の世の中じゃ、ラー助みたいな忍者カラスがいてくれてみろ、物凄い戦力になるぞ」

 「ごもっともです」

 「今までに何度も紛争に関わり、横暴さが目にあまり天皇も手を焼いておられる延暦寺だが、下からは動きが全く分からなかっよな」

 「たがラー助がおってみろ、高い空から丸見えじゃ。僧兵の動きや寺の様子がみんな丸分かりだぞ」

 「こりゃ早急にも対策を立てにゃならんな」

 「ワシは陰でこそこそ動き回る水破(すっぱ、忍びの者)はどうにも好かん」

 「時代と共に武家社会に代わりつつあって京都も大変わりしよる。じゃが京都は京都じゃ。日本の中心にかわりない。大将のとこみたいな忍者一家なら大歓迎じゃ」

 兎にも角にも、京都代官所は忍者一家に対して驚愕したのであった。

 丁度この頃の比叡山延暦寺は時代の流れとともに大きな転換期を迎えていた。荘園の中で大きな寺社は重要な地位を占める為に特に抗争に巻き込まれてしまう。

その為に寺の権威や荘園を守る為に僧兵を擁し立ち上がざるを得なかったのだ。延暦寺の山法師と呼ばれ強訴、抗争を繰り返す。それは寺の権威、あるいは荘園を守る為にやむを得ぬ事ではあった。

 この時期の暫くの後、織田信長による延暦寺焼き討ちという驚天動地な大事件が勃発している。その為に根本中堂は戦禍により焼け落ちて途絶えてしまう。長年にわたって燃え続けていた消えずの火も失せてしまう。後に再建された時、山寺の立石寺より献火され、其れが現代に至るまで千二百年もの間営々と燃え続けている。

此れは宮島の大聖院の霊火堂と他はない。

 この比叡山は元々、平安京にとっては鬼門にあたる。その災厄から京の都を守る為に鬼門除けの役目を担ったのが延暦寺である。

 延暦三年に時の天皇は年号の延暦を冠し、京都の人々の平穏無事を願う為に命名したのである。

 この時代に年号を用いた名称を付けるなど有り得ない出来事であった。

 その延暦寺を創建したのが最澄である。

日本仏教の母山と称され、法然、道元、親鸞、日蓮など日本仏教界各宗教の始祖も此処で学んで出家得度している。

比叡山延暦寺とはそれ程までに近寄り難き霊山。


 「鉄ちゃん、漸く長年の夢だった比叡山登頂が叶ったよ」

 時間をかけて各所をお参りしてから中腹の展望所から眼下を見やりながら感慨に耽っていた。

 今、比叡山から眼下にのぞむのは、長年にわたって備後三次の礎を築いてくれた三吉家創設者の藤原兼範公がかって住まいし大津京だ。

 周囲の山々に包まれた雄大な琵琶湖。更に古きに渡っては天智天皇が遷都していた時代から続く大津の町並み、其れに遠くまで続く湖の先にある雪を被った伊吹山。何故か目にした光景が兼範公になり代わった様で感慨無量の涙が溢れ出た。

 暫くじっと眼下の景色を眺めていたが

 「オオゥ、一句出来たぞ」

 「秋の田のかりほの庵のとまをあらみわがころもてはつゆにぬれつつ・・」

 「ありゃりゃ、こりゃ百人一首の天智天皇の一句じゃった」

 「げにこりゃ冗談じゃ」

和歌を詠む機会など更々に無い三次の地に転じて来られ、如何に寂しく辛い思いをされた事であろうか。

その比叡山に登頂を果たす事が叶ったのである。   

 「兼範公様、この気持ち帰ったらすぐに報告に参ります」

 与作は晴れ晴れとした気持ちで下山して行く。

 其れから幾日はのんびりと京見物をさせてもらい念願の本願寺参りも果たす事が叶った。京都に派遣させてくれた殿様に心から感謝の気持ちで一杯であった。

 京都に暫く滞在し、やがて荷車の運搬態勢を整えるといよいよ里帰りの時が来た。出発に先立ち大勢の役人達が門前で見送ってくれる。

 そして代官自らが

 「こりゃな大将よ、おまじないじゃ。行く先々で役に立つぞ」

と新品の荷車に''京都代官所御用達,,の立札を立ててくれた。

この行為には

 「有り難う御座います」

 「重ね重ね御礼申し上げます」

三人共に感謝感激、感涙に咽んだのであった。

 何せ此れが有るだけで、長旅道中の安全を保証してくれた様なものだ。各地に有る関所や河川渡しの利用等が無条件で優先通過が可能なのだ。

 「ウォーン、ウォ~ン」

 「サラバジャ!カナシイ」

 「カァ、カァ」

 「オォゥ、ラーちゃんはやっぱりカラスじゃったか」

この忍者一家の泣き叫ぶ声に、仲良くなっていた役人の中には涙する者が多くいた。

 短期滞在ではあったが実に見事な忍者一家の活躍振りは、京都の街中の人々にあっと言う間に広まっていったのである。

 狼犬の鉄の頭のいい行動と其れこそ前代未聞の鴉の人間擬きの会話といい、今回は見る事が出来なかったが更に猫もいるという忍者一家のもの凄い活躍振りに人々は驚愕したのである。

長年に渡り続いている京都の厳しい局面の中、一服の清涼剤たり得るには充分であった。

 代官所を出立してからすぐの高台に有る岩清水八幡宮を観上げながら大坂に向かう。此処は兼範公が三次の地に下向したおり、あまりにもの寂しさに、いつ迄も故郷を忘れまいと勧進し若宮八幡宮を建立している。

 一行は広々としたなだらかな道を荷車を引いて行く。暫くは助っ人を雇用するまでもなくのんびりと西国街道を西に進む。

 然し、何という忍者一家であろうか。一行が京都を経って以来何日も道中を重ねて三次を目指して帰って来る。その間、宿泊先は関所の詰所もあれば宿場町の宿屋とその都度毎に変わるのだが変わらない不思議な事があった。

 其れは夜中に保管場所に置いてある荷車に、鉄とラー助が代わるがわりに付いて見張りを怠りなくやっている事だ。

 動物なのに何という責任感のある行いであろうか。与作は陰からこっそりそれを覗き見て涙が溢れて止まらなかった。

 播磨国から備前辺りの山間部で道が悪く急坂が続く為に事前に予約しておいた人夫を増やして乗り越えてきた。

 しかし、備中から備後に掛けては西国街道も比較的になだらかである。荷の積み下ろしに難儀なのは大河のみであったが何せ力自慢の連れがいる。

 「オオゥ、又、尾道迄帰って来たぞ。小太郎が待っとるぞ」

 帰りの頃合いを見計る様に弥太一家は尾道名物のデベラや海産物を大八車一杯に積み込んでいるではないか。

 「オイオイ!どしたんじゃ。こんなには持っては帰れんぞ」

 「大将殿、大丈夫ですよ。わし等がお持ちしますから」

 「たまげたなぁ」

 「今度、又、三次や備北の地で興行を行いますから」

 「そうかそうか。そりゃ嬉しいのう」

 一行は尾道から三次迄の帰りが一気に気軽になり足取りも軽かった。

 何よりも喜んだのは小太郎、鉄、ラー助であろう。一緒の道中で山坂が急であろうと何の苦にもならない。嬉しいばかりである。

 与作一行は長旅を終えて比叡尾山城へと帰ってきた。待っていた門番が上に皆を呼びに駆け上がり、皆して荷の受け取りに下迄出迎いに来てくれた。

 お殿様もご機嫌で正門で待っている。

するとお殿様の懐から玉が飛び降りてきた。

 「ニャ~ン、ニャ~ン」

 「ワンワン」

 「タマチャ~ン」

忽ち忍者一家は久しぶりの対面に大合唱が暫く続く。

 「おうおうこの度の大役ご苦労であったな。皆もようやってくれたな。疲れたであろう褒めてとらすぞ」

 「有難う御座います」

 「今回の件ではな、当てにもしていなかったお宝が帰って来たばかりか、お主達の帰りよりも先に京都代官所より丁寧な返書が届いてな」

 「まぁ、読んで見てくれや。大将をはじめもの凄い忍者一家の活躍に、丁寧な礼状が届いてな。こっちが全く恐縮するばかりじゃ」

 「ほんま嬉しい限りじゃ。ようやってくれたな大将!。有難うよ」

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