壊れた窓から覗く赤い月
ワクチン接種1回目が迫ってきました。更新止まったら察してください。
担架に白い布を被せられて運ばれている遺体。別荘地に来た貴族が、挨拶に来たが返事がなく、中を覗いたら亡くなっていた。
青ざめた男性が、隅っこで丸くなり、ガタガタと震えている。彼が、第1発見者であり……悲惨な殺害現場を見てしまったために頭がおかしくなってしまっていた。
「……あの、すみません。何があったのですか?」
チョコチーナは、後ろの方で見物していた女性に話しかけた。
「タモラ侯爵が、10何年ぶりに再会した娘に殺害されたんですって」
続けて、女性は近づかないようにと後ろの方に追いやられたのよと教えてくれた。騎士でも青ざめている者が見られる。
チョコチーナの嫌な予感は的中してしまった。呪術の書物を所有していたタモラ侯爵が娘に殺害されるとは……一体何があったと言うのだろうか。
「その、ご令嬢は……?」
「それが、よくわからないの」
「捕まえたけど逃げられたって聞きましたわ」
「あら、私は亡くなったと聞きましたわ」
噂話が大好きな貴族の女性達が集まってきた。これでは話にならないと、チョコチーナは隙を見て逃げ出す。慌ただしい騎士達の側へ身を隠し、会話を盗み聞きすることにした。
「何が、どうなっているんだ? 令嬢がやったとは思えない惨状だぞ?」
「オフェリア嬢がナイフを持って、血まみれで立っていたのは事実だ。本人も、認めたのだから間違いない」
「だが、滅多刺しにするなど出来ると思うか?」
聞こえてきた会話にゾッとする。
タモラ侯爵は娘を事故で亡くした後、夫人も病気で失っていた。そのため、よくここに静養するために来ていた。今ではここで暮らすようになったほど、気に入った場所だという。
そんなタモラ侯爵の前に、死んだと思った娘が現れ、感動の再会と思ったら、娘に殺される。なんて酷い話しだろうか。
「オフェリア嬢の姿をした悪魔とは考えられないか? 現に、身柄を拘束した後、消えたんだろう?」
オフェリアを拘束し、連行しようとしたがふっと空気に溶け込むように姿を消した。数名の騎士達は辺りを捜索しているが、未だに見つかっていない。
――見つかるわけがない。
オフェリアはファタモルガナがいる空間に引きずりこまれたのだから。
ファタモルガナ達は、オフェリアを見ても襲ってこない。オフェリアもファタモルガナを気にすることなくぼーっと突っ立っていたが、身体を拘束していた縄や、手枷が外れて落ちる。
「派手にやったわね」
「……うん。殺した。わたしに報告しなきゃ」
ここにオフェリアを引きずりこみ、拘束を解いた、暗い紫みの青の髪の女性は呆れている。
「殺すのはわたしの願い……。だから、今とっても嬉しい」
「……それは構わないけど、関係ない人達に見つからないように殺害することは出来なかったのかしら?」
おかげで、面倒なことになってしまったとため息をついたが、オフェリアは首を傾げて物騒な事を言い放つ。
「……わたしを見た人、全員殺す?」
「余計なことはしないで。それより、廃棄体を発見したわ。回収しに向かいましょう」
本来は「廃棄体」の回収をするために来ていたのだが、オフェリア自身の願い――家族を見つけ出して殺す、という絶対に忘れることのない強い意思を……やっと果たすことが出来たことが嬉しい。
しかし、それを尊重して単独行動を許した結果がこれだ。自身を知る者との接触は障害となることを改めて認識した。
「……えー……」
報告しなきゃいけないのに……と呟いたオフェリアに背中を向けた。
「タウと向こうで合流することになっているの。オフェリアに報告するのは後にして――オメガ」
オフェリアであってオフェリアではない。彼女の名は「オメガ」。――そして、目の前にいる女性は「アルファ」という名前で、オメガ達より先に生まれた個体だ。
「……うん。わかった」
アルファの後ろをついて歩く。オメガは血まみれのままだ。さすがにそれは仕事に支障をきたすため、空間から外へと出る。殺害現場から遠く離れた場所にある湖で血を落とすと、濡れた髪と服を魔法で乾かした。
「……廃棄体、どこに居たの……?」
歩きながら話を聞く。彼女達が探している「廃棄体」。それは、彼女達が生まれることとなった場所を壊滅させて逃げ出したと聞いている。
「ジャクリーヌという街よ。ほら、ここから見えるでしょう?」
「ジャクリーヌって……もしかして……?」
「……ええ。すべての始まりの場所……ね」
そこに、足を踏み入れることになるとは思ってもみなかったが、
「呼ばれたということかしら?」
アルファは数日前に廃棄体を探して、オメガが身体を洗った湖まで来ていた。その時に、ジャクリーヌの近くということに気が付き、見てみたくなったのだ。
――血にまみれた街を。
そうして散策していると、タウに会った。この街に、廃棄体が隠れていると言うではないか。アルファは、タウに任せてオメガを迎えに行った。
迎えに行ったら、オメガが人間に捕まっていた。まあ、関係ない人を殺さなかっただけよしとする。
アルファの隣で街をジッと見つめていたオメガは、しおしおと項垂れた。
「何かごちゃごちゃして、ぎゅっ、って感じの街……」
「……何を言っているのかはわからないけれど、言いたいことはわかるわ。さあ、行きましょう。廃棄体とは言え、油断ならないわ。タウ、1人だけでは危険よ」
「うん」
2人は走り出す。廃棄体の回収……否、排除という使命を達成するために――。
「タモラ侯爵」
娘のオフェリアを失い、夫人は心を病んでしまいました。そんな妻に耐えられず、目を背けた結果、おかしくなった夫人に殺されそうになりました。
負の連鎖、全ての憎しみ、哀しみ……それらは憎悪に変わっていく中、リリベットの話が耳に入ります。怒りは彼女に向けられ、殺してやろうと考えたタモラ侯爵でしたが、オフェリアに似た女性を見つけ、探すために別荘地で準備していました。しかし、オフェリアの姿をしたオメガに殺されてしまいました。