霞がかった月の穢れ
章にタイトルつけると、サブタイトルとの間に空欄が無いから微妙な感じになりますね。
時は、自警団について話し合いが行われていたころまで遡る。ジャクリーヌから遠く離れた街「ムタビリス」にリリベットの侍女である「チョコチーナ」がいた。
リリベットの両親は「ルブラン」の王様の恩恵を受けているため、国を出なければ狙われることは無い。
問題は、国を出たリリベットのみだ。彼女を守るために、チョコチーナはムタビリスまで来ていた。ムタビリスはルブランとジャクリーヌのほぼ中間地点に存在する大きな街である。後方には山が聳え立ち、冬は旅人の命を奪うほど過酷な雪山と化す。
そんなムタビリスの街の裏路地を進み、チョコチーナは錆びた鉄の扉の前で足を止めた。辺りを確認し、ゆっくりとドアノブを回す。
「いらっしゃいまーせー。あれー? めずらしいおきゃくさまだー」
部屋の奥から現れたのは、鳥の着ぐるみを着た子供のような喋り方をする謎の人物。チョコチーナが妖精族だと気が付き、大げさに驚く。
「――フェアリーテイルは死んだ」
チョコチーナの言葉に動きを止めた着ぐるみは、「なるほど」と呟くと、カウンターに寄り掛かった。
「欲しい情報は何かな?」
喋り方、雰囲気もガラッと変わった着ぐるみを着た人物「リサリサ」が、チョコチーナにどうぞ、と椅子に座るよう促す。
ここは、情報屋であることを隠している魔法道具販売店だ。合言葉を言えば、情報を売ってくれる。
チョコチーナは椅子に座ると、鞄から布に包んだナイフを取り出す。それを見たリサリサは「ああ」と声を漏らした。
「それは、ここで売った物だね。間違いないよ」
ナイフに刻まれたルーン文字。リサリサが、お客さんからの注文でやっているサービスである。顧客台帳を取り出すと、それを購入した者の名前を探し出す。
「ああ、いた。購入したのは半年前。名前はロブロイだけど……多分偽名だと思うよ?この店は噓偽りの人しか来ないからね。で、死んだの?」
「はい。捕まえて、情報を聞き出そうとしましたが……真実を話そうとすると、死ぬ呪いがかけられていたようで……残念ながら」
ロブロイは喋ろうとした瞬間に事切れた。恐らくは、そのことを知らなかったのだろう。ロブロイ以外の刺客にもそれがかけられていたため、話にならなかった。
「呪いだね。なるほど、なるほど。それで、ここに来た方が早いと判断したのか。うん、賢明な判断だ。キミは妖精族。つまりは、主に向けられた刺客がロブロイだった。合ってるかな?」
「はい」
「呪術師はうちのお得意様だからね。だけど、犯罪になる仕事をする呪術師なんてうちのお客には存在しないが……」
ベルが鳴る音が聞こえて振り返る。ドアをすり抜けて店内に入って来た白猫がニャアと鳴いた。その猫の尻尾は二股で、リサリサがいらっしゃいと声をかけると、カウンターの椅子に飛び乗った。
「ナエマさん、ちょうどいいところに」
リサリサが事情を説明すると、白猫は人へと姿を変える。
「――人を殺す呪いか。報酬が良くてもやらないぞ。呪いはかける側にもリスクがあるからな。ワタシの仲間も同じだ。呪術師以外の者が使ったんじゃないか?」
過去に、呪いを教えて欲しいという人間が来て断ったが、勝手に呪術を盗み、人を殺すのに使ったという事例がある。ナエマはそのことをチョコチーナに話した。
「その人間は?」
「器が耐え切れなくなって、死んだよ。20歳の青年だったが、死んだ時は老人のようになっていた。それが、リスクの1つさ。寿命を縮めて、身体はボロボロに朽ちる。穢れた器は我々がクレバスに埋葬した。全く、面倒なことだ」
積雪が1年中解けずに残っている山のクレバスに落として埋葬するのは、昔から続いており、落とすことで穢れを祓うと言われていた。聖女教会が出来るまでは、悪魔に憑りつかれた人間などもそうやって埋葬されていたと言われている。
「……ああ、かわいそうに。死んでもまだ呪詛に蝕まれている」
ロブロイのナイフを見つめ、ナエマは無表情で呟いた。
「面倒だが、それも埋葬してやろう。妖精族といえど、所有するのはオススメしない」
チョコチーナは、ナイフを布で包むとナエマに手渡した。ナエマはそれを布袋にしまう。
「代わりに良い情報をやろう、妖精族よ。クレバスに埋葬した男が盗んだ呪術の書物が最近見つかった。ある貴族の書庫に眠っていたんだよ。――さて、それを見つけた貴族はどうなったかな?」
はっと、何かに気が付いたチョコチーナはお金が入った袋をカウンターに置き、お礼を言うと店を後にした。
「おやおや、お金はいらないのに……」
「ナエマさんには心当たりがあるんだね?」
「それと関係があるかわからないけれど、まあ、90パーセントの確率でアタリだと思うよ。10年以上前だったか、馬車の転落事故。あれさえなければ、ね」
その転落事故が起こった貴族の書庫から見つかった呪術の書物。回収しに向かった呪術師が、あの者達は長くは生きれないと言っていた。それは恐らく呪詛によるものだと。
転落事故で亡くなったのはその貴族の娘「オフェリア」。崖から転落し、川に流されてしまったため、遺体は回収されていないことも拍車をかけている。
「彼女が生きていれば、ジャクリーヌに嫁いだのはリリベット嬢ではなかった」
オフェリアの父親が現在暮らしているのは、ムタビリスより南に下った場所にある別荘地。最近になって、ルブランから離れてひっそりと暮らしている。
チョコチーナはそこへと急いだ。何故だろう。
――――嫌な予感がする。
別荘地についたチョコチーナの目に入って来たモノは、家の前に集まる貴族達と、騎士達の姿だった。
「……まさか、ねえ……」
ヒソヒソと話している貴族達に近づくと耳を疑う会話が聞こえた。
「娘に殺されるなんて――」
3連休ですが、コロナのせいで何もできない。けれども、家に引きこもるの苦痛じゃない。むしろイヤッフゥ!