殺意を抱く
オリンピック始まったなぁ。
街中に現れたファタモルガナを契約武器の機能で、空間を認識して重ねて切り取る。その切り取られた空間は、血の臭いが充満していた。
『ひいぃぃっ!』
中央にある血だまりに群がるファタモルガナ達は、その大きな拳で何度も何度も何かを殴っている。そこから少し離れた場所には、腰を抜かして震える半透明の男性がいて、キャラメルはその男性を剣で斬り、この空間での存在を消滅させた。
新たな獲物が現れたことに気が付いたファタモルガナ達は、咆哮をあげて向かって来た。キャラメルは走り出すと、地面を蹴り上げて剣を振り下ろす。半曲刀の刃がファタモルガナを真っ二つに斬り割いた。
「――次」
いつものほわほわした感じでは無い、鋭い目つきに変わっているキャラメルは、武器を自分の身体の一部のように扱っていた。ダリアはアプリコットから、彼女が戦闘になると人が変わるタイプであるとは聞いていたが、実際に目の当たりにして本当だったのかと驚いた。
「ダリアちゃん、どうしたの?」
「――ああ、なんでもない」
思考を切り替えて、目の前のファタモルガナに集中する。魔物とは違う異形。それはあの男の言う通り「化け物」だった。
「……こんな奴らが普通にウロウロしてんのかよ」
自分達を認識できているダリアを殺そうと攻撃してくる。その攻撃を避けながら、武器を振るった。腕を斬り落とされたファタモルガナが、反対の腕でダリアを捕えようとする。ダリアは冷静に敵の動きを見て、かいくぐると剣で貫いた。息絶えたファタモルガナは小さな水滴の様な光の玉になり、消えていく。
「……へえ……こういう感じか」
「うむ。問題なさそうじゃな」
モニカの声に顔を向ければ、同じく初陣であるヴェロニカが難なくファタモルガナを斬り捨てていた。元々傭兵であるヴェロニカは何度も死線を超えている。自警団の仲間たち、今まで出会って来た傭兵達とは違う。ここにいるヴァルキュリア達はあいつらより信用できる。そう思えるからこそ、思いっきり力を発揮出来ていた。
問題ないと判断したモニカは、目の前のファタモルガナを斬り捨てて、血だまりの方へ走り出す。血だまりに近づくと、目をそむけたくなるほど悲惨な光景を目の当たりにした。
「犠牲者が出てしまったな……」
もう、誰なのかも、人数は何人なのかもわからない。ただ、大きな血だまりに肉の破片が散らばっていているだけ。
ファタモルガナの人への強い殺意。息絶えても殴り続けるという恐怖。ファタモルガナの思考は人を殺せ――それだけだ。
立ち尽くすモニカの背後に迫ったファタモルガナを振り向きざまに剣で斬り割いた。
「うわぁ、スプラッタ……」
「すごいのねぇ。ここまでしちゃうんだ~」
エクレールの力で、空間に入って来たエスメラルダは、モニカの隣に移動した。
「おお、2人とも。外に様子がおかしい男がいなかったか?」
「うん。いたわよ。地面に座り込んだまま放心状態になってたわ」
通りかかった人が声をかけると我に返り、パニックになった男を眠らせてから、ちょっと覗かせてもらい、ここで何があったかを確認しておいた。
男性が見たのは、前から歩いてきた2人組が何かを指さしている横を通過しようとした瞬間にその2人の身体が吹っ飛んで、地面に叩きつけられたと思ったら腕や足が引きちぎれ、グチャグチャに潰されていく。ファタモルガナが見えなければ、何故そんなことになっているのか分かるはずもない。ただ、今も彼らの断末魔が耳に焼き付いていた。
「マスターに言われた通り、記憶操作しておいたから、目が覚めた時にはここであったことを忘れてるわ」
「そんなことも出来るのか。それはありがたい」
3人の元へ、ファタモルガナが突撃してくる。武器を振るおうとしたモニカを制し、エスメラルダが一歩前に出た。
「契約武器が無くても、ファタモルガナの認識と切り取られた空間で存在できる。――なら」
ベルトに固定された魔導書が輝きだす。
「倒すことが出来るんじゃないかな?」
エスメラルダの周りに、魔導書に書かれている文字が輝きながら現れると、頭上に集まって1つの塊となり、水へと変化する。避けようとして、右へと飛んだファタモルガナに襲いかかると瞬時に凍りつき地面に突き刺さった。それは――氷の楔。ファタモルガナの息の根を止めると粉々に砕け散った。
「おお! 見事じゃ」
幻獣と契約ができるという事は、それなりの実力を持っているのだろう。それはわかっていたが、モニカの想像よりエスメラルダの実力は上であった。彼女に拍手を送る。
「――エクレール」
名を呼ばれ、エスメラルダの前に出ると青の光を放つ。雷が周囲のファタモルガナを捕え、爆音を轟かせた。
「……うん。問題なさそう。モニカさん。わたし達も戦闘に参加します」
「うむ。よろしく頼む!」
メンバーが増えたヴァルキュリア達は、ファタモルガナを難なく倒すことに成功する。殺されてしまった人は、モニカの指示に従い、燃やして灰にしてから瓶に纏めておく。血溜まりもキレイにしてから、空間を離脱した。
「それ、どうすんだ?」
「きちんと調べてから処理するの。なるべくなら、家族の元に帰してあげたいでしよ? でも、今回は難しいかも……」
悲しそうな表情のアプリコットに、モニカは何とかするといい去っていった。あとは、モニカに任せるしかない。
「さあ、帰りましょう」
次は、犠牲者を出さないようにしなければ。そう心に誓うのだった―――。
自警団と衛兵で悩んだのですが、結果的に自警団で良かったかなーと思ってます。