彼女の食器 アメリカ
残された彼女の食器を、段ボールにしまうかどうか迷う。
2年同棲していた彼女。
大きな喧嘩もなく、互いに尊重しあえて居心地のいい生活だった。
このまま結婚できたら…なんて考えがよぎり始めた頃、彼女の海外研修が決まった。
3年間のアメリカでの研修。
期間が過ぎたら高確率で戻ってこられるらしいが、絶対ではない。
彼女は、僕を付き合わせるのは悪いからと、別れを切り出してきた。
互いにいまの仕事を気に入っている。
僕が仕事を辞めて彼女に付いて行くことはできないし、彼女も海外研修を止めることはできない。
遠距離で頑張ればいいじゃないかと僕は思うのに、耐えられる気がしないと彼女は言った。
1人でいる寂しさに、きっと誰かを求めてしまうだろう。
連絡手段はいくらでもある。
声も、姿も、簡単に届けられるけれど、決して温もりは得られない。
そんな寂しさには耐えられないという。
わかったとは、僕ははっきり承諾したわけではないけれど、別れる流れだった。
きっと彼女は別れたと思っているだろう。
慌ただしい引っ越し作業に、彼女の私物はいくつか残された。
食器。
クッション。
傘。
タオル。
入れ忘れて残してった物があると思うけど、気兼ねなく処分してくれていいから。
幸せになってね。
飛行機に乗る前に、最後の連絡が届いた。
幸せに、なんて、君となりたかったのに。
傘は物置にしまった。
クッションとタオルは、洗濯してから押し入れにしまった。
どれも可愛らしい柄で、僕は使えないし、彼女がいなくなった部屋に残しておくのもあれだった。
しかし。
彼女の残した食器を手に取る。
黒地に青いラインが入った、シンプルな平皿。
同棲をし始めた頃に、彼女が買ってきた食器だった。
食へのこだわりが薄い僕は、料理の盛り付けや食器に対しても興味が薄かった。
食器は料理が乗ればよくて、見た目を気にしたこともない。
食器の数も必要最低限だった。
物が少ないのは良いことだと思うけどさ、料理を美味しそうに盛り付けるのも大切だと思うのよ。
そう言って、何枚かの食器を買ってきた、その1枚だ。
彼女の教えのおかげで、少しは料理の見栄えというものに気を使うようになった。
手に取った平皿を食器棚に戻す。
…食器は、使わせてもらおう。
彼女の残した物を処分する気は、さらさらなかった。
未練がましいと言われてもいい。
アメリカにいる3年間、彼女がどう過ごしていたっていい。
けれど、帰ってきたその日、その時に、彼女がフリーだったなら。
付き合わせるのが悪いから、なんて考えが入る余地のない、確たる関係を結びたい。
結ばせてほしい。