少年の稲妻 海老の尻尾
俺は雷様の息子である。
雷を操って、雨を降らすのが雷様の仕事。
親のこの仕事を、将来は俺も継ぐのである。
まだうまく雷を操れないけれど、いずれは立派な雷様に俺もなるのだ。
けれど努力は嫌いだ。
何度練習しても雷は小さい静電気を起こす程度のものしかでない。
イライラしてしまう。
そもそも雨を降らせる意味ってなんだ?
晴れてた方が気分も晴れて気持ちがいいだろう。
雲の上に暮らし、足元に雷を発生させるのが雷様。
足元が雨であっても、頭上はいつだってお日様が眩しく照らす。
常に良い天気なのだ。
雷を発生させて雨を降らす仕事をしている横で、ぐちぐちと不満を言っていたら、親父に怒られた。
ちょっとした愚痴だ。
よく言ってるのに、今日は虫の居所が悪いのか、雲から突き落とされる。
地上で雨の重要性を学んで来い、だと。
息子を突き落とす親ってなんだよ。
へへーんだ。
しばらく地上で遊んでやる。
絶賛雷様の仕事をしていた親父。
落ちた地点では土砂降りの雨だった。
濡れる。
服が濡れてぐっしょりと体に張り付く。
不快感しかなくて、雲のない空を目指して地面をかける。
やっぱり雨なんて嫌いだ。
親父の仕事はかっこいいと思ってるけれど、雨を降らせる意味なんてさっぱりわからん。
走って、走って、太陽が顔をだす晴れている地点までたどり着いた。
服の裾を絞ると水が滝のように出る。
人間じゃないから風邪は引かないが、濡れた衣服は気持ち悪い。
眉を寄せて絞れる範囲で服を絞っていると、声がかかった。
「びしょ濡れだけど大丈夫?」
黒い服を纏った子ども。
俺知ってる。
中学生ってやつだ。
「大丈夫じゃない。気持ち悪い」
「この辺の子じゃないよね。僕ん家近いんだ。お風呂貸したげる」
なんていいガキだろう。
喜んで付いて行き、風呂に入り、脱いだ衣服は乾燥機というやつで乾かしてもらう。
初めて入る湯舟。
中々に気持ちいいじゃないか。
衣服が渇くまでの間、ガキの服を借り、ご飯を出してくれたからいただく。
神に貢ぎものをするとは、わかってるじゃないか。
白いご飯に味噌汁。
エビフライに千切りキャベツ。
湯気を立てるそれらをかかかっとかきこんで食べる。
うまい。
人間の食べ物ってのはこんなうまいのか。
「わ、海老の尻尾まで食べちゃったの?口の中痛くない?」
ガキも隣に座って食べていたが、俺が皿をまっさらにしたのを見て驚きの声を上げていた。
軟弱物め。
こんなのへでもないわ。
食後の茶も出してくれたのでそれも味わう。
いい味だった。
俺は決めたぞ。
しばらくここで厄介になる。
「え、親が心配しない?」
「追い出された」
「まあ帰る家がないの?しばらく家でゆっくりしていきなさい」
うむ。
いい心がけだ。
遠慮なく居候することにする。
寝て、起きて、ご飯を食べて、暇つぶしに近所を散歩したり、家庭農園を手伝ったり。
これはこれは、悪くないぞ。
米農家だと言い、週末には田んぼの整備も手伝った。
この乾いた茶色いものが白くてつやつやなあの米粒に変わるのだとか。
不思議なことだ。
とある日、ばあやが呟いた。
「雨が不足してるから今年は不作かねえ」
「雨が必要なのか?」
「植物が育つには水が必要だろう。この田んぼのように大きい範囲だと、雨の降る量も大事なんだよ」
ここらの地域の雷様は、最近体調を崩している。
雨を降らせたくともそうできない状況なのだ。
つまり、あの美味しいコメが食べられなくなる可能性があるということか?
それはまずい。
ごはんのためにここにいるようなものなのに。
「待ってろばあや。俺が何とかしてやる」
親父に声が届くよう、俺が落とされた地点まで急いで戻った。
「親父、聞こえるか。雨がないと米が育たん。晴れだけではだめだ。よくわかった」
俺はずっと、あのうまい米を食べていたいのだ。
「隣地の雷様は近頃仕事ができていないだろう。俺にさせてくれ。代わりに俺が雨を降らす」
地区を割り当てられた雷様は、担当外では雷を呼んではいけない規則なのだ。
その点、まだ担当地区が決まっていない俺なら問題ない。
通り雨が降ったかと思えば、ぐいっと雲の上に引き寄せられていた。
「雨の大事さがわかったか」
「ああ、わかった。今すぐにでも雨を降らせたいんだ」
「まあいいだろう。見ててやるからやってみろ」
移動して、下を見る。
ばあやの田んぼ。
待ってろ。
今雨を降らしてやるからな。
雷を呼ぶ儀式をすると、不思議なことにすんなりと雷を呼ぶことができた。
以前はあんなにも苦労したのに。
「雨の大事さがわかったお前に、雷も協力する気になったのだろう」
親父みたいに量を降らすことはできなかったけれど、柔らかく雨が降り注ぐ。
田んぼにいるばあやが笑った気がした。
「親父、地上行ってくるな」
「そんなほいほいと地上に行くもんでは…、おい」
今日のごはんはエビフライだと言っていた。
あの香ばしい海老の尻尾をバリバリと食ってやるのだ。