どす黒い雪 ラー油
どうして。
どうしてこうなったんだろう。
しんしんと降り積もる雪。
白い雪は地面に触れて汚れに染まる。
白とは程遠い、どす黒い色。
心底冷えていて、手はかじかんで感覚もないのに、震えもせずに私は立ちすくんでいた。
どうしてもラー油が必要だった。
どうしても中華が食べたい気分で、辛い物を食べて汗をかきたい気分だった。
それなのに家のラー油を切らしていて、近所の歩いて数分のコンビニへ買いに出たところだった。
玄関を出てすぐに、もう少し着込んで外に出ればよかったと思ったけれど、でもすぐにコンビニに着くし、と早足で道を進む。
「ねえ」
ざわりと鳥肌が立った。
なんでここにいるの。
その声は、忘れたくて、思い出したくなくて、今の今まで記憶の底に沈めていた人物のものだ。
「どうして突然、消えちゃったの」
いつからそこに居たのか。
被ったフードの上には雪が積もっている。
「ねえ、どうして?」
問いかけと共に首をかしげ、その振動で雪が少し落ちる。
どうしても何もない。
自分の身を守るためだ。
声が出なかった。
問いかけに答えることも、助けを呼ぶことも、単純に叫ぶことすらできない。
反応しない私に対して、苛ついたようにじりと動く。
その瞬間、通常持ち歩くはずのない、理由なく持ち歩いていたら捕まる、鈍く光る物が見え、瞬間的に走り出した。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
殺される。
ちょっとそこまで、という気の抜けた格好だったため、脱ぎ履きしやすい、走りにくい靴だった。
雪に足を取られながら、靴が脱げそうに、いや、もうどこかに脱げた後だった。
靴下で必死に走る。
けれど腕を掴まれ、その拍子に転んだ。
振りかぶる包丁が視界の端に映り、咄嗟に横に転がる。
「僕を裏切るから悪いんだよぉ…」
にたぁ、と寒気がする笑みを張り付けて言う。
また振りかぶった腕をどうにか押さえて、逃げ出そうと暴れて、包丁を奪って…。
無我夢中で何をしたのか覚えていない。
気づけば、静かになっていたのだ。
気づけば、白い雪は白くなくなっていたのだ。
どうして、こんなことに。
何を間違えたのか。
ラー油を手に入れることはもうできない。