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スティル・ウォーターズ・ラン・ディープ

 生きてなーい……って、死んでるってこと⁉︎ ちょ、待て。この女性、何者⁉︎ こんなとこで何してる⁉︎

 見た目は若い……というかむしろ幼いが、年齢も人種もよくわからない。人間なのかどうかもハッキリしない不思議な印象。ただ、死んでいるようには見えない。特にゾンビや幽霊って感じもない。どういうこと? と思っても当のブラザーは行方不明。ぷかぷかとお湯に浮いたまま、どこかに流れていってしまった。

 どうしたもんかと眺めていた俺の前で、彼女はひらひらと手を振り、驚いた顔で首を傾げた。


「……やっぱり。あなた、わたしが見えるのね?」


 見えるわ。つうか、いろんなとこ見えてるんだけど。前くらい隠せや!

 つるぺたーんとした幼児体型だから、特にどうこうは思わんけれどもさ。それが早世した子供の霊とかだとしたら、痛ましくてやりきれん。


「ぷしゅんッ!」


 まあ、いいか、どうでも。つうか、もう無理。風の吹き荒ぶ極寒のなかで立ち話とか、縮み上がるわ。

 今後のことは後で考えようと、俺はいったん温泉に浸かった。緞帳でも降りるみたいに湯気が吹き上がって視界を覆い、正体不明の“いきてなーい”ガールは見えなくなった。見えないものは存在しないのと同じだ。


「めでたしめでたし」

「たしぃー♪」


 湯船で潜水していたらしく、スライミーなボディが俺の隣に浮上してきた。怖いもの無しのブラザーもあんまり寒いのは苦手らしく、温泉に浸かってご機嫌である。

 それよりこのお湯、ムッチャ良いぞ。なんかトロリとした白濁湯で、いかにも効能ありそうな硫黄臭。これは日本人好みの泉質だな。


「ふはああぁ……♪」

「はー♪」


 心身ともに満たされた俺はようやくホッとして湯船の先を見ると、ふわりと湯気が流れる。さっきの子が鼻から下をお湯に埋めて不満そうな顔でこちらを見ていた。なんだよもう、構ってちゃん幽霊か。


「あなたは、何者ですか」


 それはこちらが訊きたいところなのだが。不審者を見るような目で見られてしまった。まあ、若い子が知らんオッサンと全裸で見つめ合う羽目になったら、そんな顔もするかと受け入れる。


「このダンジョンの、マスターだよ。王国の連中からは、メイヘムなんて呼ばれてた」

「いまは違うと?」

「さあ。呼んでた連中が生き残ってるかどうか、だな」


 で、君は何者なのかね。俺が目を向けると、少女はふうと小さく息を吐いた。


「わたしは、リーセ。この地に宿る水の精(ネイアド)です」

「ご丁寧にどうも」


 とかなんとか答えつつ、俺は傍らの<ワイルド・スライム>に念話をリンクする。


“ねえねえブラザー、ネイアドってなに?”

“みずの、れい? せい?”

“精霊のこと?”

“そー、それ♪ えるでらの、なかま?”


 エルデラは<水蛇(ハイドラス)>だから、聖獣とか神獣とか呼ばれる存在らしい。けど精霊と神獣の続柄やら上下関係など俺は知らん。


“エルデラのお仲間かどうかはともかく、精霊ってことは、生きてるだろ?”

“いきてないよ? せいれー、しなないしー?”


 知能も知識も経験も豊富な<ワイルド・スライム>だが、生命への感覚は少し独特な感じ。


“そっか、精霊は死なないのか”

「死にますよ」

「うわぉ⁉︎」


 念話だから大丈夫、みたいに思ってたら精霊にはふつうに聞かれてた。スライミーな情報検索してたのバレとるし。

 リーセによれば、精霊というのは最下級の神みたいなものだそうな。神獣は神の使徒で、階位に幅があるため一概には言えないが、精霊とはほぼ同格。どちらも不老だが、不死ではない。


「じゃー、いきてる?」

「……ええ、生きてます、なんとか」


 ブラザーの質問は、なんでか自嘲気味に返された。生きてない発言に怒っている様子はないが、いくぶん凹んでいるようには見える。


「それで……水の精霊が、なんでまた、こんなところで風呂に入ってるの?」

「この熱泉が、わたしの棲処(すみか)だからです」


 ということは、俺たちって不法侵入的な感じ? と尋ねてみたが、そういうわけでもなさそう。

 水の精霊にとって、近付いてくる者は悪意がない限りは興味の対象らしい。そして、貴重な“体内魔素(オド)”供給元でもある。彼女たちは自然界のあちこちに宿る女精霊(ニンフ)であり、なかには気に入った男性を連れ去るワイルド系女子もいるのだとか。

 なにそれ怖い、けど反面ちょっと興奮するわ。


「驚いたのは、こんなところに人間が入ってくるとは思っていなかったからです。まして、わたしの姿が見えるなんて思いもしませんでしたから」


 彼女がこのエルマールの地に湧く熱泉の精となってから数千年。かつては豊富に流れ込んでいた“外在魔素(マナ)”も少しずつ減り始め、いまではほぼ絶えて泉脈も枯れかけていた。死を覚悟していたリーセだが、なぜかここにきて急激なマナの流入が発生したのだという。


「熱泉は渾々と溢れ、そこに満ちたマナはわたしの身体にも注がれましたから。きっとそれで、ひとの目にも映る姿で顕現することができたのでしょう」

「……ああ、それはよかった」

「よかったー♪」


 ブラザーは相変わらず合いの手を入れてくるが、そんなに興味なさそう。当のリーセがそこそこ幸せそうだから、まあいっか。

 彼女と彼女の温泉パワーが爆上げしたのは、ダンジョンの二十四階層を活性化させた影響だろうな。マールが熱暴走し掛けていたので気持ちに余裕がなく、手持ちのダンジョン魔力(DMP)を考えなしにゴッソリ突っ込んでしまった。こんな大規模な配置を行ってしまった以上、いまさら解除(リムーブ)再配置(リプレイス)もできない。


「それじゃ、ここに来たときは温泉を使わせてもらって良いかな?」

「ええ、もちろん」


 温泉の精霊リーセは、こちらの事情を知ると快く共存共栄を約束してくれた。もちろん俺たちも、彼女が快適に過ごせるように環境の整備とマナの供給を行うつもりだ。

 お湯のなかで大きく身体を伸ばしながら、リーセはホッとした吐息を漏らす。


「りーせ、どしたのー?」

「いえ。ただ……幸せだなって、思ったんです」

「ちから、もどったことー? ひとりじゃ、なくなったことー?」

「……両方、ですね。いままで、ずっと……死んでいたようなものでしたから」


 途中で照れ臭くなったみたいで、精霊ガールは背を向けるとぶくぶくと潜っていってしまった。

 なるほど。ブラザーのワイルドな精霊評は、あながち間違いではなかったわけだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 焦って適当にダンジョン魔力つぎ込むとかただの素人じゃん。
[一言] 書籍化された場合は、紐のシーンは表紙には使えませんな。
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