アンダーザウォーター
「水路って、どこの?」
あれこれ開かれたコンソールの画面で、エルデラは<ハーピー>からの上空映像を指す。
王都の西部、滅びた西領の南端あたりか。彼女はそこに指で線を引く。
「ここじゃな」
王国中北部、かつてエルデラの棲んでいた巨大な湖、エイルケイン湖があった場所だ。いま湖水は枯れてしまって、地形も変わって再生の望みは薄い、のだが。
「エイルケインに水を引く?」
「そうではないのじゃ。あれの再生は無理じゃな。地形が崩れとるから、引いた端から水が漏れよる」
「そうね」
彼女が指した地点は、湖水があった場所から少し離れた王国の中西部。“魔物暴流”で滅びた西領の東側だ。古い地名で、エルマンエイルと呼ばれていたらしい。
「エルマンエイルには、王国最古の地下水脈があるのじゃ」
「あった、ではなく?」
「“外在魔素”の不足で水量は減っておるが、枯れてはおらん。エルマール・ダンジョンと繋げれば、再び湧き出してこようぞ」
「へえ……いま北端のダンジョンが最大の水源になってるって聞いたけど、エルマンエイルが再生したら王国は水に困ることはなくなる?」
「そうじゃ。そして、エルマールの湖水と循環させれば、王国全土のマナと繋がることになる。足りないときは奪えるぞ?」
理屈はわかった。状況も理解した。でも彼女の真意が不透明だ。何かをやりたいと思っているのは察しがつくが、それが何なのか、つかみきれない。
そもそも、いまエルマール・ダンジョンのマナは潤沢だ。むしろ王国側環境の貧弱な環境に、こちらの余剰マナを流すことになる。
……いや、違うな。
そんなチンケな問題にこだわるのは、俺みたいな小者だけだ。エルデラは神獣、彼女は大局しか見ていない。王国の大水源と接続することで、エルマール・ダンジョンは互いに支え合うことができる。王国政府ではなく、王国の自然環境と直接リンクすることで共存共栄を図るわけだ。それは結果的に、弱き者たちの助けになる。
「エルデラ……」
「なんじゃい、そのにょろーんとした顔は。ウチは誇り高き神獣じゃぞ? 鳥獣の雛でも見るような目をしよってからに」
このツンデレ神獣は、弱者に優しい。なんでかそれを表明するのを恥ずかしがる傾向が見受けられるのだが、根が素直なのか演技が下手なのでバレバレである。
「お主が不服なのであれば無理にとは、言わんが……」
「いいよ」
「へ?」
「いいよ。水源を再生しよう。ダンジョンの【迷宮構築】機能が外にまで延長できるかどうかは、やってみないとわからないけど」
「そ、それなら、問題ないぞ! エルマンエイルは、もともとエイルケインと繋がっておった水源じゃ。ウチの力で、エルマールまでは水脈とマナを伸ばしてきてやろう」
「うん」
「だから! その薄気味悪い半笑いをやめい!」
ひでえ。
なんやかんやと言いつつ、俺たちは地下水源をエルマール山脈の地下水源と連結した。地表に出ている部分は王国中西部の河川だけだが、大きなマナの流れができると枯れていた河や水路に水が満たされ始める。
「中西域の枯れたマナが満ちるまでには、ふた月ほど掛かるかの。その間はこちらの持ち出しじゃが、そこからは利銀を乗せてエルマールに戻ってきよるぞ」
そんなに悪ぶらなくても良いのに、と思うが彼女の心意気を支持するため黙って頷く。まだ生温かい目になっていたらしく、神獣様にはムッチャ怒られた。
「水が出入りしたら、水棲の魔物やら肉食の魚やらが漏れ出したりしない?」
「心配せんでも良かろう。ダンジョン固有種は、ダンジョンの魔力から離れては生きられん。もし外でも生きられるとしたら、元々そこの環境に居ったものじゃ。ウチやお主の咎ではない」
「なるほど」
その間にも流民の流入が続き、造成したばかりの島は早くも百名を超える大所帯になっていた。
「この小さな森で木の実や果実が採れるというのは、大した発想じゃの」
「生活系のお約束だからね」
「ぬ?」
「いや、こっちの話」
気温は少し温暖に調整したし、湖水も飲用可能なように調整した。小舟にあった種と農具で開拓開墾も順調だし、なんでか森の端に折り重なってる倒木から、小屋の建材や燃料用の薪も手に入れてる。漁だけでなく生簀で魚の養殖もしてるみたいだ。
どんどん進んでゆく開発風景を俯瞰で見てると、開拓育成のシミュレーションゲームでもしてるみたいな気分になる。
「流民というから、絶望して蹲ってる弱者をイメージしてたけど。みんな思ったよりも能動的に動いてるな」
「うむ。ウチの啓蒙を受けたからじゃの」
神獣様の激励が効いたのは間違いないが、もともと勤勉な農民や漁民が暮らせなくなって流れてきたのもあるだろう。使える人材が百とかの単位で難民化する状況は、いかにもヤバい。
今後は収容可能な人数を、もう少し上げることを考えなくてはいけない。他の階層にも居住可能な環境を整えるか、攻略者用のルートと分けて居住者用のテリトリーを作るか。難民保護はダンジョン・マスターの仕事ではないが、本来の責任者である王国が滅びかけているのだから致し方ない。せいぜい彼らにはダンジョンの“外在魔素”を上げる助けになってもらおう。
なんかエルデラみたいになってるな、俺。
「そんじゃ、神獣様に天の恵みを下賜してきてもらおうかな」
「おお、良いぞ。またウチが湖水からドバーッと現れるのじゃな⁉︎」
いや、そろそろ普通に現れても良くないすか、その娘さんの姿で。神の使い的な感じで。こちらとしては、やりたいようにやってもらって構わんけどな。
「元々あった中島まで、歩いて渡れる浅瀬を作っておいた。女子供と農民適性のある流民はいまの島、狩りができそうな連中は新しい島に移動させよう」
「ほう……流民がひとつの島に固まるのではなく、分けることで利益があると踏んだか」
いや、そこまで考えてません。
単に、素っ気無い平地がポンポン増えてくのが、ゲームデザイン的にブサイクだと思ったからです。
最初に設定した中島は鬱蒼とした無人島。いまいる平らな島の倍くらい大きいけど、起伏が激しいから農耕には向いてない。最初のステージと次のステージでは雰囲気とタスクを変えるのがセオリー。なので、捕まえやすくて卵を生む鳥と、飼いやすくて乳を出す獣を置いてみた。これで流民のなかでも役割分担ができて、二島の居住者がバラけるだろうとの判断だ。
適度に危険な動植物を配置して住み分けに必然性を出そうとしたが、それで死傷者が出ても面倒なのでやめた。
「これでも、ダンジョン・マスターだからな」
ふふ、なんつってドヤ顔で言ってはみるが、分けることで発生する利益ってなんじゃいと心のなかで首を傾げる。
増えたっつったって、どうせ同じ王国の庶民だ。生きてきた環境も適性も似たようなもんだろうよ。一緒にしておいたって離したって大差ないだろうに。他の勢力から抽出されたとかならまだしも……
「あ」
よく考えてみれば、おかしいんだな。
流民が増えた時期。増えた数。人口構成。王国が傾いてから、初動があまりに早過ぎる。目指す先も隠していた裏口だなんて、確定的過ぎる。そもそも、戦闘能力もない一般人が喰うに困って目指す先がダンジョンなんて、普通は考えないだろ。
誰かの誘導か扇動でもない限りは。
「なんじゃ、そこまで考えが至らんかったか。お主も案外お人好しじゃのう?」
ニヤニヤ顔のエルデラから、逆襲されてしまった。何も考えてなかったのがバレたな。でも笑われてもしょうがない。ダンジョン・マスターだからな、なんてドヤ顔でほざく立場なら警戒して当然だったのだ。
「それじゃ、やっぱりあの流民のなかに……」
「うむ。間諜が混ざっとるのう」
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