帝国軍人の意地
帝国軍特別先遣隊指揮官、タイレン子爵は馬を止める。残る部下はふたり。しかも、ひとりは手負いだ。これ以上逃げ回ったところで、敵の罠に嵌まるだけだ。
タイレンの隣では、副官のマイル准男爵が静かに警戒を続けている。その顔に追い込まれた焦りはなく、怖れも動揺もない。肝が座っているというのとは、少し違う気がした。
「こいつは、とんだ鬼札でしたねえ」
マイルが、背を向けたまま笑う。
国内勢力が拮抗しているうちに、潰したかった不確定要素。エルマール・ダンジョンが、これほどの鬼札だったとは。
「王国の兵を喰ったのは、魔物か」
「ええ。あれは……<スピネイトブルーム>? 聞かない名ですがね。ここまで一方的にやられたのは、喰いに来た魔物の能力じゃないですね。<スライム>と<ハーピー>による監視と連携、それらを操る階層の長の手腕」
「……兵ではなく、将の差か」
タイレンは馬上で自嘲の笑みを浮かべる。ずっと上官の無能に苦しめられ続けた自分が、最期に自分の無能さを突き付けられるとは。
「何者だ、それは」
「<食肉妖花>と出ていますね」
「出ている?」
そうか、こいつは鑑定持ちか。いや、それはどうでもいい。それより、動き回るアルラウネなど聞いたこともない。しかも、あんな機敏に。
「あいつら冒険者なら人外ランク、それも二つ名持ち級ですよ」
「あいつら、というのは」
「ええ。向こうの女、あいつは攻撃が速すぎて、俺でも見えねえ」
そいつが飛び出してきて、部下の首を搔き切る。手負いとはいえ帝国の精鋭。それも騎兵を歩兵が殺すのは異常だった。
矮躯に双剣、見たところ斥候兵のようだった。タイレンの指摘に、マイルが首を捻る。
「適性は、そうでしょうね。ただ魔物を相手にする冒険者にしちゃ武器が軽い。ありゃ王宮の汚れ仕事でもさせられてた暗殺者じゃないですかね」
野良のアサシンなどいるものか。それもダンジョンに、魔物側として。そう言いかけてやめた。素性がどうあれ、面倒な連中だということはわかる。最悪の敵で、最期の、最強の相手だということも。
「隊長、やっちまいましょうや」
「あ?」
「帝国軍人が、真の武人てのがどれほどのもんか。あいつらに見せてやらねえことには……死にきれねえでしょう。ねえ?」
ようやく本性を現したのか、マイルは酷く嬉しそうに笑う。その顔は何かに呆れているかのように歪んで、タイレンは奇妙な既視感を得る。
「いい面構えになったな。最初っから、そんなんだったら……」
「そんなんだったから、ここにいるんですよ」
帝国軍特別先遣隊。少人数で強行突入し、軍事的・政治的・経済的な橋頭保を築くのが任務の切り込み部隊だ。個々の能力を見れば精鋭ではあるが、軍内部では浮いている訳ありの連中ばかりだ。そのほとんどが、有能な下級貴族。
タイレン自身、無能な上官を破滅に追い込んだ結果として飛ばされてきた。あれは公爵家の三男、だったか。タイレンの左遷と前後して、自裁させられたと聞いたが。
「部隊で過去の詮索はしないのが鉄則だったが……これが最期だ。聞いても良かろう?」
「……ええ。帝北では、生皮剥ぎ、なんて呼ばれていました」
タイレンも、話には聞いたことがある。
Sランク冒険者で、あらゆる魔物を殲滅する魔力硬化鞭遣い。“魔物暴流”で攻め滅ぼされ、その責を問われて爵位を剥奪された子爵家の嫡男。
「昔の話ですよ」
実家を潰されたことへの報復に、帝国内の魔物を滅ぼして回った。その結果として、皮肉にも排除された帝国軍に士官として加わることを強要されたのだ。もう貴族になる気はないと拒否していたら皇帝の怒りを買い、冒険者資格を剝奪された。それも吹けば飛ぶような准男爵の位と引き換えにだ。
「ずっと願っていた返り咲きの戦場が、こんな縁もゆかりもねえ王国のダンジョンとはね」
「ああ、まったくだ」
草原は、静まり返っていた。敵兵は去り、味方の兵は死に絶えたのだ。
ざわざわと草が掻き分けられ、ふたりの女が姿を現す。返り血も浴びず、汗ひとつ掻かず。息を荒げる様子もなく、こちらに据えられた目は冷静なまま。手には武器さえ持っていない。
「まあ、いいさ。あれほどの相手なら、最期の敵として不足はない」
連休で多めに更新できましたが、明日(今日)から本業の進行しだいになります。
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