堕ちる国の澱
「エルデラ、どうしたの?」
デッキチェアから起き上がって、待ち兼ねたとばかりに伸びをする。
ふだん湖では<水蛇>形態なんだろうけど、いまは黒髪の少女姿だ。前に見たときは和装っぽい格好だったが、少しラフなワンピースっぽい服を着ている。このお姐さん案外……と言ったら失礼かもしれんが、お洒落なのかも。
「お主に訊きたいことがあってな」
「ああ、三階層から兵士を追い込んだことは伝えようと思ったんだけど、その話?」
「兵士? なんぞ水辺の端でウロウロしておる連中か。いや、それはどうでもいいんじゃ」
いいんかい。それじゃなんだろ。四階層ステージに関しては、特筆すべきギミックもトラップもアイテムもない。彼女に疑問を持たれるようなことが思い当たらない。
「北西側の奥に、小さな出入り口があるじゃろ」
「うん。ある……というか、あったね。使わないので塞いだはずだけど……いや待て」
思い出した。塞ごうとして、そのままだ。特に害はないと思って、後回しにして忘れてた。
洞窟を通ってダンジョン内に入り込んでも、攻略ルートから分断された湖のなかの小島に出るだけ。そこから先には行けない。無理すれば泳いで他の島に渡れなくもないが、水中は肉食の魚や魔物がいる。水温もかなり低い。さらに言えば他の島に渡ったところで上級冒険者用の攻略ルートに繋がるだけだ。
生きてどこかに到達はできない。はず。
「それが、どうかした?」
「そこに、流民が溜まっておる」
るみん? 難民のことか。なんでまた、と考えたところで自分に呆れる。
外界に対して、あまりに無関心になっていた。当然だな。ダンジョン爵による謀反が起きて、四領伯のひとつ西領伯が斃れて。王都は壊滅して。王家まで絶えて。その後の内乱で国外二勢力から占領と国土割譲を受けようとしているのだ。庶民の生活が、そのまま維持されているはずがない。
むしろ、流民難民貧民が大量発生してて当然だろう。というよりも、庶民の生活がままならない状態は、俺たちが召喚される前から長く続いていたと見るべきか。
これから先は、おそらくさらに激化する。
「どこから流れてきたんだろ」
「わからんが、痩せこけて怯えて震えた連中を殺すのも寝覚めが悪くてのう」
<ハイドラス>な姐さん、弱者に優しいタイプのようだ。
人数を聞いたところ、老人と女子供を中心とした総勢二十七人だそうな。眷属となった水鳥を使って魚を投げてやったら怯えられてしまったらしい。
まあ、そうだろうな。生食なんてしないだろうから、調理しないと食べれないしな。
「その人数、四階層で引き受けられる? それとも、他の階層に収容する?」
「……なぜ、それをウチに訊くんじゃ。ダンジョンに入り込んだ連中の生殺与奪はマスターの決断すべきことじゃろがい」
「そうかもね。でも、わざわざ訊きにきてくれたってことは、何か要望があるんだろ?」
エルデラは俺を見て、意外そうな顔で首を傾げた。なんか失礼なこと考えてそうだけど、それはいい。
「人の子は鳥獣の肥育をすると聞いたのじゃ」
「え? ……ああ、家畜とか? うん、そうね」
もしかして、太らせてから喰う気か? たぶん違うな。なんかモジモジしてるのは、おそらく言い難いことがあるのだ。
「あやつら流民にここで“体内魔素”を高めさせれば、回り回って、この階層の“外在魔素”が増えよう?」
「えー、っと。うん、そうね。かなーり長期的にはね」
「であれば、我が庭として借り受けたこの湖に、あやつらを肥育する……マナ農場を作るのも悪くないと、そう考えておるのじゃ」
「……うん」
なんだよもう。照れ隠しなのか怒り顔でムッチャ早口になってるし。
「弱い者たちを庇護したいって、ふつうに言えばいいのに」
「そ、そんなことは! 思っておらん! ウチは猛き神獣、魔を統べる存在ぞ⁉︎ なぜ人の子を、あれじゃ!」
なんかモニョモニョ言うてますが、どうやらウチの神獣はツンデレのようですな。
ダンジョン・マスターとして、外の人間を入れることを反対する気はない。特に推奨もしないが。
以前、三階層の入り口に配置した案内役的安全地帯では盛大にやらかしたっぽいので、もう人間を【使役契約】でNPCにする気もない。この階層のボスはエルデラなんだから、魔物も生き物も人間も眷属扱いにして管理は任せよう。
「それじゃ、一緒に来てくれるかな」
「ぬ?」
俺はエルデラを、目の前のログハウスに招き入れる。マールが事前にセッティングしてくれたのか、書斎として使おうとしていた部屋には機能制御端末の画面が展開されていた。
画面のひとつに、薄汚れた格好のひとたちが映っていた。もう疲れ切って動けないのか、裏口から入ってすぐの水際でグッタリと座り込んでいる。小島から先は泳がない限りどこにも行けないから、彼らにしてみたら詰んだのは明らかだ。
「それじゃ、新しい地形を設定して、面積は……直径百メートルくらいでいいかな」
また後で増えたら二度手間なので、新しい島は少し大きめにしておく。土地は平坦にして、気温を少し上げて。土壌に“外在魔素”を含ませる。端の方に小さな森を作って、食用の動植物を多めに配置しておく。
あとは、煮炊きするための枯れ木と竃を組むのに使う石、どっかから漂着した感じで壊れた小舟に鍋釜くらい置いといてやるか。閉じた空間の湖で、どこから漂着すんだよとかいうツッコミはナシだ。ゲームデザインに関して言えば、遊技的利益を超えてまで現実性追求は要らん。
「メイヘム、それは何をしとる?」
「【迷宮構築】だよ。ダンジョンの地形を調整してる。彼らが暮らせるような島をね……」
「こっちの島と繋げてはどうじゃ? ほれ、水の下を遠浅に底上げしてやれば貝や魚が獲れるしのう。そこの平地は、こっちからこう……そうじゃ、それで水に困ることはなかろう?」
姐さん、あんたムッチャ世話焼きやないか。なんで水棲の神獣が畑の灌漑まで心配してんのさ。
「よし、こんなもんか。でもエルデラ、この島どうする?」
「ぬ? どう、とは?」
「いや、いきなり目の前に現れたら驚かないかな」
「驚いても良かろうが」
うん、神獣は考え方がシンプルすな。
あえて驚かすならそれでも良いけど、だったらキチンと意味と価値が欲しい。
「そんじゃ、エルデラが神獣の姿でさ、なんかアピールしてきてよ」
「あぴーる、ってなんじゃ」
「なんか、魔力でピカーッて光らすとかしてさ、注目したとこでザバーッて水から姿を現して、“迷える者どもに神獣エルデラが、慈悲と加護を与えてくれようぞ”……みたいな?」
「……ウチが言うのか⁉︎ それを⁉︎」
「うん。そしたら俺が、新しい島データを実装処理するから。神の使いからもたらされたってわかれば、彼らもちゃんと感謝するし、真面目に暮らすと思うんだよね」
「……うむむむ……それは、そうだが……」
姐さん、ムッチャ悩み始めた。
「ますたー? えるでら、なんか、かお、あかいね?」
「それは言うたるな、ブラザー。きっと恥ずかしいか照れ臭いかで苦悩してるんだから」
「ほらー、えるでらー、いくよー!」
「ぐぇ!」
<ワイルド・スライム>は乙女の機微など気にせず、ヒョイヒョイと跳ねていってボイーンとド突いた。さすがブラザー、ワイルドの名を冠するだけのことはある。
ぷにぷにボディなのでダメージは無さそうだけど、それで迷いは消えたようだ。
「よかろう。神獣たる役目として、いまこそ愚者どもの蒙昧を啓いてやるのじゃ!」
「おー!」
その後、ワイルドなスライムとツンデレな神獣は、ものっそいノリノリで流民たちの前に姿を現した。
それがあまりにも過激に過剰に演出されたものだったため、流民たちは恐怖と畏敬と感動とに打ち震えた。
島には巨大な<水蛇>像が祀られ、新たな安住の地を下賜された者たちは朝な夕な祈りを捧げるようになったそうな。
すげえよ姐さん。“外在魔素”と“体内魔素”、一気に爆上げである。
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