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不確定要素

「くそッ……これは、どうなってんだ⁉︎」


 領地軍の兵士たちは、混乱のなかで走り続けていた。あちこちで怒号や悲鳴が飛び交い、金属が打ち合わされる音が響いているが状況は皆目わからない。走り続けるうちに方向を見失い、いま自分がどこにいるのかもわからなくなる。すべてを投げ出して逃げたいと思いつつ、どちらに逃げれば良いのかわからないのだ。

 指揮官から突撃を命じられて生茂る草のなかに踏み込んだ途端、この環境の恐ろしさを思い知った。平坦で広大な草原は丈のある草が密生し、歩兵の視線では周囲が見渡せないのだ。

 おまけに茎が恐ろしく硬く、低質量産品(かずうち)鈍剣(なまくら)では切り裂くどころか角度が浅いと弾かれる。揺れるたびに穂先がガサガサと騒がしい音を立てるので、こちらの接近は敵に露呈する。移動している本人は、その音で周囲の気配がわからなくなる。

 最悪だ。これはまるで、草原自体が巨大な罠だ。

 だが騎兵の目からは、状況が見えているはずだ。彼らは上級指揮官なのだから、有効な対策なり命令なりが出されるはずだ。そのはずなのに。


「……あッ」


 ちらりと草の間から、騎兵の姿が覗いた。彼は血走った目で周囲を見渡し、狂乱状態で何かを叫ぼうとしていた。その首が、()ね飛ばされて宙に舞う。胴体だけが馬上で棒立ちになると、血飛沫を振り撒きながら崩れ落ちるのが見えた。


「もうダメだ! 俺たちは、このまま、ここで死ぬんだ!」


 誰かの泣き叫ぶ声。きっと誰もが、同じ気持ちだった。何も見えず、何もわからない。どこかで悲鳴が上がって静かになる。怒号は、もう聞こえない。金属を打ち合わせる音など、とっくに聞こえなくなっていた。どこかで弱々しく呻く声。命乞いでもしているのか哀願する声がして、すぐにそれも途絶えた。


「ひッ!」


 蹲って震えていた兵士のひとりが、草を掻き分ける音を聞いて息を呑む。


「しずかに。このまま、にしがわに、むかって」

「え?」


 友軍兵士にしては声が幼いとは思ったが、生きるか死ぬかの場で信頼できる()()()()()()相手を突き放せる者などいない。


「西って……」

「いま、たいよう、みえるほう。そっちは、すこし、たかくなってる。そのさきに、ぬけみちが、ある」

「……待て、お前、は……?」

「しにたく、なかったら、すぐに、うごいて」


 声の主は何者か不明のまま、その人物は再び草を掻き分けてどこかに去っていった。


◇ ◇


「くそッ……(ハナ)から面倒な場所に誘い込んだな……」


 領地軍の背後で、馬上のタイレンは目の前の草原を見渡す。

 百名の領地軍部隊に突撃を命じたは良いが、その直後から兵たちの姿は草のなかに消えてしまった。いまいる草原の入り口と西側は少しだけ高台になっているが、それ以外は鬱蒼と茂った草に覆われている。

 なにかが草を掻き分けるのは見えているものの、それが敵なのか味方なのか、人間なのか魔物なのかもわからない。長距離攻撃能力を持った魔導師たちも、手を(こまね)いてタイレンの指示を待っている。

 同士討ちを避けるか、手近な脅威の排除を優先するか。待っていて状況が好転することはない。


「攻撃魔法、用意! 目標、奥から接近中の集団」


 タイレンは、広がって草が動いている地点を指示する。進行方向からまとまってこちらに向かってくる以上、味方ではあり得ない。


「前方二十メートル(ニム)、“焼尽炎弾(アンクェンシェブル)”!」

「「「“アンクェンシェブル”」」」


 八人しかいない魔導師だが、内ふたりは帝国軍の精鋭だ。領地軍の低級魔導師六人を合わせたより素早く濃密に練られた“体内魔素(オド)”が燃え盛る瀑布となって、周囲十ニムを正確に焼き払った。


「……おい、あれは何だ?」


 草が焼けた後に現れたのは、細長い棒を頭上に振り上げた生き物。身体の下半分は枝分かれした根のようになっていて、それを動かしながら移動していたようだ。

 魔物なのだろうが、見たことのない種類だ。<食肉妖花(アルラウネ)>にしては枝だけで花弁や葉がなく、<樹木精霊(トレント)>にしては細く小さい。対象を燃やし尽くすまで消えない“焼尽炎弾”を浴びて、正体不明の物体は焼け焦げながら踊り回る。


「隊長……ッ!」


 副官マイルの声に、タイレンは指差された方向を見る。焼き払われて視界が開けた場所に、敵の後続が入ってくるところだった。そこに遅れて放たれた領地軍魔導師の炎弾が降り注ぐ。だが後続の魔物が巻き込まれ炎上する瞬間、彼らは見てしまった。焼け焦げる前の、魔物の正体を。


「……あの布切れ、帝国軍の制服……だったように見えたが」

「はい」


 変形した腕と頭を必死に動かしながら、よちよちと歩いてきたのは逆立ちした帝国軍兵士だ。肌は黴びたような燻んだ緑色に変わっていた。頭上で振り回していた細長い棒、と思っていたのは脚だった。腕は枝分かれして根のように変わっていたが、それでも。

 元は人間だったと、ハッキリわかる姿をしていた。


「「……にぃひゃああぁああぁ……!」」


 その身を焼き尽くすまで消えない炎に包まれながら、“元は帝国軍兵士だった何か”は、甲高くひび割れた声を上げる。知性など残っているようには見えないそれが死による解放を喜んでいるように聞こえて、タイレンたちは炭化して崩れ落ちてゆく異形の最期を見据えていた。


「……おい、それじゃ、さっきから草のなかで上がってる悲鳴は……」

「兵たちは、あんな化け物に喰われてるっていうのか……」

「冗談じゃねえ……こんなの、無駄死に……」


 タイレンは振り返りもせず、鞍に差していた手槍を声のした方に振り抜いた。

 ゴスッと、鈍い音がしてお喋りが止む。見下ろすと領地軍の魔導師がひとり、泡を噴いて倒れていた。頭蓋骨は陥没して、ピーンと伸ばした手足を痙攣させている。

 すぐに治癒魔法を掛ければ生き延びられるかもしれないが、周囲に動く者はなかった。タイレンも、作戦行動中にそんな戦術資産(リソース)浪費を許す気はない。


「もう一度、言ってみろ」

「……あ、あの……」


 地方領地軍の末端兵士とはいえ、魔導師であれば大半は貴族。最低でも高等教育を受けた知識階級のはずだ。その質の低さに、タイレンは呆れを通り越して思わず笑いそうになる。

 そこでようやく帝国軍側の怒りを感じられるようになって、王国の魔導師六名は身を強張らせる。いつも冷淡なほど冷静な副官マイルも、タイレンの隣で怒りを浮かべていた。


「我ら帝国軍人を王国(きさまら)の都合に巻き込んでおきながら、大した口の利き方だ」

「いえ、そんなつもり、は……」

「いま貴様らが攻撃魔法で焼き殺したのは、魔物どもに取り込まれたとはいえ我が方の兵だぞ」

「も、申し、わけ……」


「進め」


 え、と魔導師たちは口を開け、目を見開いて固まる。すぐに立ち込めた殺気を意識して、キョロキョロと目を泳がせ始めた。


「憎むべきダンジョン爵どもから、アーレンダイン王国の領土を取り戻すのだ! 祖国のため、貴様らの命を費やせ!」


 今度は聞き間違いのないように、タイレンは前方を指しながら魔導師たちにハッキリと命じた。


「王国軍魔導師、総員ただちに前進せよ!」

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