神の子ら
「エイダリア・ダンジョンが、弑逆を果たしたそうです」
「王を殺したか。マスターは健在?」
「……いまのところは」
俺はダンジョン・コアに映った俯瞰映像を見る。上空警戒に当たってくれているエルマールの<ハーピー>から送られてきたものだ。
西端のダンジョンには、領地軍と思われる大部隊が迫っている。国外勢力からの支援を受けているのか、かなりの数だ。北東方向から来る集団と、南東方向から来る集団。旗色が違うので別部隊か。合わせると目算で四、五百。自分らの王を討った逆賊の討伐と考えれば少ないようにも思えるが……兵を差し向けた彼らだって同じ穴の狢だ。漁夫の利を得ようと王都に兵を向かわせているからだろう。
なんにせよ王都攻略で魔物の大多数を喪ったエイダリアのダンジョン・マスターが生き残れる可能性は、ほぼない。
「ええと……あれはどうなった? 南東部で、ずっと頑張ってた新規ダンジョン爵」
「スイエレ・ダンジョンは先ほど、陥落しました」
「……そうか。残念だな」
面識もなければ思い入れもないが、それだけに何の恨みもない。最後に残った同期だから、心情的には頑張って欲しかった。
ウルダ・マイスというダンジョン爵は死亡。残るは俺たちエルマールの他に、東西南北の国境近くにある既存の古株四ダンジョンだけ。西端エイダリアは風前の灯だが。
「やっぱダンジョン爵って、体の良い不可触民なんだな」
「あうとかーすと?」
俺の独り言に、マールが怪訝そうな顔をする。
彼女は俺の思考と記憶もリンクしているようなのだが、それでも通じていないのは理解力というより社会通念の差か。
「社会や階級の制度外に置かれた、穢れた存在だよ。彼らが不満や憎しみを引き受けることで社会が安定する」
「この世界にはない言葉ですが、意味合いとしては正しいです。以前にも別のダンジョン・マスターから似たようなことを言われたことがあります」
「言葉はなくても、似たようなものはあるのか?」
「はい。近い表現としては……“聖贄”でしょうか」
あるんかい。そら、あるよな。ダンジョン爵なんて珍妙なシステムが、あっさり受け入れられる時点で類例はあるんだろうと思う。
「対処不能な呪いや魔力的汚染を呑み込んで、封印される魔物です。封印された後は、聖なる存在として祀られます」
「ひでえ」
アウトカーストに近いのか知らんけど、艦隊で敵の攻撃を引きつける“被害担当艦”みたいな印象。
「マール、七階層までは【迷宮構築】を済ませた。配置する魔物を、ダンジョン外から連れてきてもらってたはずなんだけど……」
「はい、届いてますよ」
機能制御端末に一覧表示された魔物を確認するが、種類も数も膨大過ぎて目眩がした。
そうだ、忙しくて忘れてた。ウチの魔物たち、自由で気まぐれな印象ばかり先行していたけど、それを補って余りあるほどパワフルなんだった。特に<ワイルド・スライム>と、新勢力としてグングン実力を伸ばしてる<ラッシュ・コボルト>。彼らってば、個体数の伸びがハンパないから人海戦術みたいに近隣の魔物をゴソッと根こそぎ集めてきてくれてた。
拙い、これ“程々に”って伝えとかないと魔物のオーバーフローで意図せず“魔物暴流”を起こしてしまう。うーん……でも彼らの語彙力に“程々”がある気がしない。
「「ますたー♪」」
「ん? ……おおブラザーたちどうした」
ひょいひょいと跳ねながら<ワイルド・スライム>が五体ほど、最深部まで訪ねてきていた。
彼らはレベルがまた上がったことで通常発声も可能になってる。能力はガン上げ状態なのに口調は子供っぽいままなのが性格を物語っているようだ。可愛いからヨシ。
後から続いているのは<ラッシュ・コボルト>の群れ。というか、整列して戸板みたいなのに載せた何かを運んできている。どうすんの、それ。
コアのあるエルマール・ダンジョンの中枢は、拡張したと言っても居住のためだ。比較的広い中央のスペースでも、テニスコートの半面くらいしかない。運び込まれた謎の物体は、そこを半分以上占領してしまった。
急激に、嫌な予感がした。いや、ホントに予感かこれ。
「どうした、これ。つうか、なにこれ?」
「もー、ちかくに、まもの、いなくなっちゃってー」
「う、うん」
「どうしよっかなーって、おもって」
「うん、それで?」
「「これー」」
これー、って。だから、それを説明してくれと言っているのだが。
運び込まれた“代物”は、なんか“にょろーん”というか“ぬひょーん”としたウェットな物体。話の流れからして魔物であることは理解しているのだけれども。いまひとつ形体に捉えどころがなく実態がつかめない。色は軍艦色で、形は……なんとなくギャグ漫画のウンコに似てる。それを見るマールが驚きの表情で固まっているのが、すごく不安を煽る。
【鑑定】があっさり拒絶されたことで、目の前の異物は予感でも何でもなく明白な危機としてヘタレなダンジョン・マスターに突き付けられる。
「マール、何なんだ、これ」
「……<水蛇>です。どうして、王国にこんなものが……」
待て、待て待て待て。ハイドラスが何かは知らんが、こいつニョロニョロと動き出してるぞ。
戸板の上でとぐろを巻いてただけらしく、空いてたスペースいっぱいにゆるゆると伸びながら細長い姿になってゆく。
「ハイドラスって、これ蛇? 蛇の魔物?」
「……すごく大きな括りで言うと……蛇の仲間と、言えなくもないですが。魔物と呼ぶには、語弊があります。世が世ならば、聖獣……あるいは神獣と称される存在ですから」
なにかコア本体にアクセスして検索してたっぽいマールが、息を呑んで固まる。
「これは、“聖贄”です」
「え? ……さっき、話に出た?」
「はい。数百年前、“聖贄”として封印された、水棲の龍、そのものです」
「「「りゅー♪」」」
ああ……あのね、あなたたち。幸せそうな顔で、なにしてくれてるの⁉︎
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




